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消えた文字に想いを馳せて─「北浜東1丁目 看板の読めないBAR」

実在するBARにあて書き

音声SNSのclubhouseで親しくなったナレーターの下間都代子さんが毎週月曜に開いているリアルな飲み屋が大阪の北浜にある。その名は「うっかりBAR」。全国うっかり協会会長を自認する都代子さんらしいネーミング。そのお店で毎年、新年会を兼ねた朗読初めの会を開いている。

「北浜東1丁目にあるBARを舞台にした掌編を15人の読み手が読む」というもので、基本の作品に各自がアレンジを加え、読み手の数だけ色の違うストーリーが生まれる仕掛け。

2023年版の朗読作品の書き下ろしのご指名を受けた。2022年版の作者は川上徹也さん。お互いコピーライターだった頃に出会った川上さんを、clubhouseで初めてしゃべったばかりの都代子さんにつないだときに、「この週末に旅行先で二人で読む原稿を描いて欲しいんですけど」とおねだりされ、猛スピードであて書きしたのが都代子さんとの濃いつき合いの始まり。

その会話劇「たゆたう花」に続いて、去年の秋には「酔っ払っていても読める作品」のリクエストに応えて「酔ったフリして好きって言わせて」をあて書きし、今回で3度目の無茶振り、いや、膝蹴り、いや、可愛がり。

今回も面白い作品を引き出していただきました!

太字になっているところがアレンジパート。言葉遊びが好きなので、BARの名前で遊んでみることに。

もしも、頭の文字のいくつかが消えた「◯◯かりBAR」の看板を見つけたら、どんな言葉が思い浮かびますか。

📢お知らせ(2023.1.9追記)
1.8に開かれた朗読会のアーカイブを1000円で視聴できます。

今井雅子作「北浜東1丁目 看板の読めないBAR」

名前を呼ばれた気がして振り返ると、そこに人の姿はなかった。だが、道端に置かれた小さな看板が目に留まった。チョークで手書きされた頭の文字のいくつかが消えている。

残されているのは、ひらがなの「か」と「り」とアルファベットのB-A-R。

消えた文字を想像してみる。なぜか「がっかり」が思い浮かんだ。

がっかりBAR」

口にしてみて、笑みがこぼれた。そんなBARがあったら、どんなお酒を飲ませるのだろう。誘われるように地下へ続く階段を降りて行く。重みのあるドアを開けると、カウンターの向こうにマスターの顔が見えた。どこかで会ったことのあるような顔立ちに柔らかな表情を浮かべている。

「お待ちしていました」

鎧を脱がせる声だ。私はコートをマスターに預け、革張りのスツールに腰を下ろす。

「ようこそ。がっかりBARへ」
「ここって、がっかりBARなんですか⁉︎」

ついさっき看板の消えた文字を補って、私が思いついた名前。それがこの店の名前だった。そんな偶然があるのだろうか。

「ご注文ありがとうございます。はじめてよろしいでしょうか」

おや、と思った。マスターはどうやら他の客と私を勘違いしているらしい。

人違いですよと正そうとして、思いとどまった。その客は、ある程度、私と属性が共通しているのではないだろうか。年齢、性別、醸し出す雰囲気……。だとしたら、注文の好みも似通っているかもしれない。

「はじめてください」
「かしこまりました」

マスターがシェイカーを振る音を確かに聞いた。だが、カウンターに出されたグラスは空っぽだった。

「これは、なんですか」
「ご注文の『がっかり』です」
空っぽで『がっかり』というわけですか」
「どうぞ。味わってみてください」

自信作ですという表情を浮かべ、マスターが告げた。

なるほど。そういうことか。

私はマスターの遊びにつき合うことにした。芝居の心得なら、ある。空白は想像を膨らませる余白だ。空っぽのグラスに目をこらし、そこにある「がっかり」を想像する。さもあるがごとく。さもあるがごとく。

グラスを手に取り、口に近づけたそのとき、「あ……」と声が漏れた。

鼻先を香りが通り抜けたのだ。

雨に打たれて匂い立つ金木犀。

その香りに連れられて、遠い日の記憶が蘇った。

「粘ってもしょうがないと思ったからね」とため息混じりの声がした。
「サンプルだと、もう少しできる感じだったんですけど」ともう一人が消え入りそうな声で応じた。

ラジオCMの収録を終えたスタジオ。ディレクターと、私を指名してくれた広告代理店のコピーライターのやりとりを聞いてしまったのは、忘れ物の傘を取りに戻ったからだった。

3テイク目で「いただきました」と言われた。一時間はかかると思っていたら、30分足らずで済んだ。出来が良かったからではなかった。時間をかける張り合いがないと判断されたのだった。

自分の思い上がりを思い知らされ、打ちのめされた帰り道。傘を叩く雨の音がこたえた。雨に打たれた金木犀の花が匂い立っていた……。

香りと記憶がよぎったのは、流れ星が通り過ぎるような一瞬のことだった。手にしたグラスからはもう、なんの香りもしなかった。空っぽになったグラスを置くと、「いかがでしたか」とマスターが聞いた。

「『がっかり』でした。今の私に必要な。マスター、どういう魔法を使ったんですか」
「ここは『がっかりBAR』ですから。あなたが、この店の名前をつけたんですよ」

マスターがにこやかに告げた。私の「これまで」も「これから」もお見通しのような目をして。

頭の文字のいくつかが読めない看板を見たとき、思い浮かんだのは「がっかり」だった。あの日の「がっかり」があったから、今の私がある。そのことを思い出すきっかけを心のどこかで求めていたのかもしれない。

がっかり」の日の私と今の私はつながっている。そう思えたら、風船の端っこを持ってもらっているような安心感がある。

階段を昇り、地上に出ると、文字が消えて読めなかった看板は、看板ごと消えていた。歩き出した足取りが軽くなっている。鼻の奥に、雨に打たれた金木犀の香りがかすかに残っていた。

※2023.1.8の朗読会を聴かせていただき、原稿に一部加筆しました。

✔︎チョークで手書きされた頭のふた文字が消えている。
→ チョークで手書きされた頭の文字のいくつかが消えている。
(マス目がついているわけじゃないし、
「何文字」消えているかより、何文字かが「消えている」ことが大事)

✔︎グラスを手に取り、口を近づけたそのとき、
→ グラスを手に取り、口に近づけたそのとき、
(皆さんの朗読を聞いて、グラスを近づけるほうが自然だなと。
都代子さんは「口に」と読まれていて、さすが。
「口を」近づけるのも、もちろんあり。恐る恐るの場合とか)

✔︎文字が消えていた看板は、看板ごと消えていた。
→文字が消えて読めなかった看板は、看板ごと消えていた。
(目で読むとリズムが良いと思った「消えていた」の繰り返し。
耳で聴くと意味が入りづらいと感じたので、
タイトルの「看板の読めないBAR」につながる形に)

読み手の数だけBARが生まれる

2023.1.8に「うっかりBAR」にて開かれた朗読会へ。

出演者(読み手)が都代子さん含めて16人。お客さんとあわせて35人。楽屋とステージと客席と食事のテーブルが混然一体。出演者とお客さんも当然入り混じり、ドアを開けると、作品中の「マスターひとり、客ひとり」の対極にあるようなワイワイガヤガヤ。

半分くらいは見知った顔(膝枕erさんたち)、あとの半分の半分ははじめましてだけどやりとりしたことのある人(clubhouse関係)で、アウェイ感はまったくなし。

「うっかりBAR」のスクリーン。「新年朗読初め2023  「看板の読めないBAR」今井雅子作 プロデュースby うっかりBAR

16人の読み手それぞれの「なんとかかりBAR」は期待をはるかに上回る面白さ。ほぼ全員が実話ベース。読み手の人生のある部分に光を当てているので、香りがよぎった一瞬に呼び覚まされた記憶の解像度が高い‼︎

「消えた文字を補って最初に思い浮かんだ名前が、その人が今いちばん必要な一杯、お店、概念を言い当てているのでは」という物語の仮定が実証されたようで愉快。

自分が書いた作品で皆さんがこんなに面白がって遊んでくれて、それを聴いた人も喜んでくれて、これぞ作者冥利。細かい泡のお酒が進むこと、進むこと。

新年会を兼ねた朗読初め、いや、朗読初めを兼ねた新年会。食べるものは皆さんの差し入れで。

皆さん持ち寄りのおいしいものたち。惣菜パン、おいなりさん、揚げものなどなど。

わたしは創業1887年、堺のフルーツ屋さん「千総(せんそう)」さんが手がけるコンフィチュールを差し入れに。前日に社長の西辻宏道さんが堺商工会議所の有馬洋一さんとともに宿泊先を訪ねて届けてくださったもの。

カウンターに瓶を並べてもらい、おいしいもんばっかりBAR開店。

堺の千総さんのコンフィチュール5種類。

「ん〜」とおいしさに身悶える人続出。「でしょー」と自分が作ったかのようにドヤ顔。「アトリエ コンフィチュール」の味を知ったのは2012年に都庁で開かれた堺物産展で、10年来のファン。自分が好きなもんを他の人も気に入ってくれるのってうれしい。新参者を迎える古参のキモチ。

いろんな味の「ひとさじの幸せ」(リーフレットにある言葉)を分け合い、感想を言い合うのは、いろんな味わいの物語を持ち寄って分かち合う朗読会にぴったり。リアルイベントの醍醐味を存分に味わえた。

主催者の都代子さんのブログにも当日の様子が。

看板は熱いうちに打て!

こちらのnoteに公開したオリジナル版と読み手本人によるアレンジ版のclubhouseでの朗読は自由。事前許諾は必要ありませんが、よろしければコメント欄にてルームアドレスをお知らせください。追いかけます。clubhouse以外での使用、replayの外部公開についてはご相談ください。

朗読会に読み手で参加された方、これからアレンジ版を作られる方、よろしければ原稿を公開してください。全文を公開される場合は、アレンジ部分を太字にし、

今井雅子作「北浜東1丁目 看板の読めないBAR」
宇津田狩蔵作「どっかりBAR」バージョン

のようにアレンジタイトルと作者がわかるクレジットを入れていただき、こちらのnoteへのリンクを貼っていただけるようお願いします。

朗読会に聴き手で参加のやまねたけしさんが、読み手さんより早く、翌日にアレンジ第1号「かっこかりBAR」をnoteに公開。

うまい、早い、読みやすい! しかも「毎月『○○かりBAR』の新作を発表する」という新年の目標も立てられ、年末までお楽しみは続く予定(仮)。

noteに公開された作品は、マガジンにまとめます。

目指せ、「○○かりBAR」チェーン展開!?

「○○かりBAR」のネーミングを一人アイデア出しを始めたら止まらなくなり、「日本語、あんたっちゅう人は、ほんま天才やな」をあらためて実感。

チェーン展開して、都道府県に一店ずつ開ける勢い。

「○○がかり(係)」「○○ばかり/ばっかり」はいくらでも量産可能。

こちらのラインナップを見て、ピンと来た名前で作ってみるのもあり。

あかりBAR
あしがかりBAR
あずかりBAR
あるかりBAR
いいがかりBAR
いかばかりBAR
いきがかりBAR
いきものがかりBAR
いねかりBAR
おいかりBAR
おしかりBAR
おもんぱかりBAR
かみがかりBAR
かりかりBAR
きがかりBAR
きっかりBAR
くさかりBAR
こしひかりBAR
こころばかりBAR
さかりBAR
さずかりBAR
しっかりBAR
しばかりBAR
すっかりBAR
ずらかりBAR
そだちざかりBAR
たばかりBAR
ちゃっかりBAR
ちらかりBAR
つかりBAR
てかりBAR
てがかりBAR
とっかかりBAR
とっちらかりBAR
どっかりBAR
ななひかりBAR
ぬかりBAR
のっかりBAR
のびざかりBAR
はかりBAR
ばっかりBAR
ぱっかりBAR
はなざかりBAR
はばかりBAR
ひかりBAR
ぴっかりBAR
ひとだかりBAR
ぶつかりBAR
ぽっかりBAR
まかりBAR
まさかりBAR
みつかりBAR
めるかりBAR
もうかりBAR
やどかりBAR
ゆーかりBAR
ゆかりBAR
よっかかりBAR
わかりBAR

clubhouse朗読をreplayで

2023.1.9  中原敦子さん

2023.2.2 おもにゃんさん

2023.2.3 迷ナレーター達が紡ぐ朗読の世界スペシャル(replayはいつ消えるかわからないので早めのご来店を)

「うっかりBAR」での新年会朗読初めご出演の上田剛彦さんと三原徹司さんのほか、江口ともみさん、堀部由加里さんが初看板入れ。

下間都代子さんのブログに「ドロドロ2倍増し」とレポートが。

2023.2.4 小羽勝也さん

2023.2.9 堀部由加里さん チェーン店の「しばかりBAR」とともに

絵師としての活躍も目覚ましい堀部さん。読み手さんに好評な一文にワニバーテンダーのイラストを添えたアイコンが誕生したワニー🐊

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。