【SaaS企業に勤める人は必見】高校数学で解き明かす、"何故LTVはチャーンレートに反比例するのか?"
はじめに
この記事では、高校数学の知識を使って「LTVは何故チャーンレートに反比例するのか?」を解き明かします。高校数学の知識と申しましたが、具体的には数Ⅱ・Bの領域から「数列の和」「極限(lim)」の知識を用います。
言葉の定義の確認
SaaS系の指標に慣れ親しんだ方々からすれば「LTV」や「チャーンレート」は言わずもがなだとは思いますが、一応前提を共有しておきましょう。
LTV
チャーンレート (Churn Rate)
LTVとチャーンレートの関係
いきなり答からいきますが、ある一人のユーザのLTVについて以下のような関係式が成り立ちます。
LTV = 100M/α
ここでMとαは以下の様な定義とします。
100Mが分子、αが分母です。Mは既に決まっている値ですから、LTVはαに反比例すると言えます。
(ちなみに、分子の100はαが百分率で表される為に出てきているものです)
「SaaSのLTVはこういう公式で表されるんだなぁ〜。違和感ナシ!」という方はここで読むのを辞めても大丈夫です。ここから先はひたすら計算式を解いて、何故この様な式になるのかを証明します。
証明
nヶ月間の期待売上を示す
あるサブスクサービスについて、チャーンレートがα[%]である場合、初月からnヶ月までの期待売上は以下のとおりです。
初月にM円の利用料を支払ったユーザが α[%] の確率で解約してしまうとすると、逆に継続利用してくれる確率は (100 - α)[%] となります。すると、翌月1ヶ月目の売上の期待値(値×確率)は M × (100 - α) ÷ 100 となります。これが2ヶ月目以降に対しても言えるわけで、要はずっと(100 - α)[%] を前月分に掛け続ける事で売上の期待値が計算できるわけです。よって、nヶ月目の売上の期待値は
M × (100 - α)^n ÷ 100
となります。ここで、式を少し簡単に書き換えます。「÷ 100」を()の中に入れてしまうと以下のようになります。
M × (1 - α/100)^n
さて、初月〜nヶ月目までの売上の期待値を足し合わせたものが「nヶ月間の期待売上」になります。この「nヶ月間の期待売上」をS(n)として、Σ(シグマ)を使って表すと以下の様になります。
S(n) = Σ (i = 0 → n) { M × (1 - α/100)^i }
ここでMは定数ですので、Σの外に出してもいいですよね。
S(n) = M × Σ (i = 0 → n) { (1 - α/100)^i }
Σを用いずに示せば、
S(n) = M {1 + (1 - α/100) + (1 - α/100)^2 + … +(1 - α/100)^n }
です。
LTVを数式で表現する
さて、「nヶ月間の期待売上」を数式で示すことができましたので、ここから「LTV」も数式で示します。しかし、実はとても簡単。LTVは「生涯に渡って徴収できる利用料の期待値」ですから、つまり
LTV = lim (n → ∞) S(n)
となります。つまり、LTVを求める為には、S(n)を求めnについて無限大の極限値を取ればよい、という事になります。
S(n)についての式を立てる
今、
S(n) = M × Σ (i = 0 → n) { (1 - α/100)^i }
と置きました。ここでMは定数であり、nに関係の無い値です。式をスッキリさせる為に、Mを除したS'(n)を考えましょう。
S'(n) = S(n)/M = Σ (i = 0 → n) { (1 - α/100)^i }
Σを用いずS'(n)を表したものは
S'(n) = 1 + (1 - α/100) + (1 - α/100)^2 + … +(1 - α/100)^n ・・・(1)
ですよね。式(1)としておきましょう。さて、S'(n+1)を考えてみます。すると以下の様になります。
S'(n+1) = S'(n) + (1 - α/100)^(n+1) ・・・(2)
単に「(n+1)ヶ月目の売上の期待値」を「nヶ月間の期待売上」に加えただけですね。ここまでは問題ないですね。これを式(2)とします。
次に、少しテクニカルな事をしてみます。式(1)の両辺に(1 - α/100)を掛けてみます。すると以下の式(3)を得ます。
(1 - α/100)S'(n) =
(1 - α/100) + (1 - α/100)^2 + … +(1 - α/100)^n + (1 - α/100)^(n+1) ・・・(3)
さて、式(2) - 式(3)をすると、以下の式を得ることができます。
S'(n+1) - (1 - α/100)S'(n) = 1
おお!?なんかすごく美しい形になりましたね!式(2)から式(3)を引いたものは「1」になるんですね〜。美しい。
これをS'(n+1)について解きますと以下のようになります。
S'(n+1) = (1 - α/100)S'(n) + 1 ・・・(4)
S(n)を求める
S'(n)はnに関する数列となります。そして、nが一個進んだ場合=S'(n+1)との関係が上の式というわけです。これ、見覚えありますか?数Bで履修した「数列の漸化式」に出てくる一つのパターンです。
特性方程式!懐かしいですね!早速式(4)の特性方程式を解いてみましょう。
s = (1 - α/100)s + 1
特性方程式の解をsと置きました。sについて解くと、
s = 100/α
となります。お、LTVの式「100M/α」に近いです。なんだか答えに近づいていそうです。このsを用いて式(4)を漸化式の解き方に従って式変形しますと、
S'(n+1) - 100/α = (1 - α/100){S'(n) - 100/α}
う〜ん。なんか逆にぐちゃぐちゃしてきた気がしますね。ここで
T(n) = S'(n) - 100/α ・・・(5)
としますと、即座に
T(n+1) = (1 - α/100)T(n) ・・・(6)
を得ます。これだとスッキリします。そしてこの式(6)、これは等比数列です。
さて、等比数列の公式に従ってT(n)を求めると、
T(n) = T(1)(1 - α/100)^(n-1)
となります。なお今回はn=0を考えています。n=0は初月を表していましたね。つまり初項をT(1)ではなくT(0)としたいです。すると、
T(n) = T(1)(1 - α/100)^(n-1)
= (1 - α/100)T(0)(1 - α/100)^(n-1)
= T(0)(1 - α/100)^n ・・・(7)
となります。T(n)が解けました!やった〜!式(7)に式(5)を代入し、S'(n)について解くと
S'(n) = {S'(0) - 100/α}(1 - α/100)^n + 100/α ・・・(8)
です。ちなみに、S'(0)はなんでしょうか?
S'(0) = S(0)/M = M/M = 1
となります。S(0)は初月(0ヶ月目)の期待売上ですが、それは1ヶ月目に支払う利用料M[円]に他ならないですね。さて式(8)を整理すると、
S'(n) = (1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100/α
です。S'(n) = S(n)/M でしたから、S(n)について示すと、
S(n) = M{(1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100/α}
= M(1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100M/α
となります。
LTVをS(n)の極限値から求める
ここまで来たらもう一歩です。さて、LTVの定義から
LTV = lim (n → ∞) S(n)
= lim (n → ∞){M(1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100M/α}
です。ここで第一項だけ取り出してみて考えます。
M(1 - 100/α)(1 - α/100)^n
これ、(1 - α/100)は1より小さい値ですよね。αはチャーンレートですから1~100の間の値を取ります。1より小さい値を無限にかけ合わせると0に収束していきます。つまり、
lim (n → ∞){M(1 - 100/α)(1 - α/100)^n} = 0
になります。よって、第二項:100M/αだけが残ります。第二項はnに関係しない定数です。
証明完了
LTV = lim (n → ∞) S(n) = 100M/α
を得ることができました。チャーンレートが半分になればそのユーザから得られる期待売上(LTV)は2倍になります。つまりチャーンレートを小さく抑えることこそ、LTVを最大化する唯一無二の方策というわけです。SaaS・サブスクサービス事業者はチャーンレートを低減させる為にあらゆる努力を尽くす必要があるわけですね。
おわり
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