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小学5年生の特別任務。

ちょっと長い思い出話。
僕が小学校5年生だった頃の話。
僕には、ちょっと変わった「特別任務」があった。

ある日、担任の先生に教務室へ来るように呼び出された。

「今度、ウチのクラスに転入生が来る。いや、正確には、もう来ているんだ。ただ、教室にはちょっとまだ行けないんだ…」

さっぱり意味が分からなかったが、ポカンとしている僕に先生はとても丁寧に話してくれた。聞けば、前の小学校でいじめにあって、登校拒否になってしまったらしい。それで環境を変えようと、転校してきたというのだ。

Aくん。
まだ会ったこともない彼の特徴を先生は僕に話してくれた。何度か出てくる「優しいヤツなんだよ」というフレーズが気になった。でも、それで大体察しはついた。

「彼が教室に行けるように、仲良くなって欲しい。」


その日から僕は「特別任務」を負った小学生として学校に通った。Aの印象は先生が描写した通り。情けないほどにひょろっとした見るからに優しい顔をしたヤツだった。

Aは、唯一心を開いている校長先生に会うために、週に1、2度、校長室にだけやって来る。そのタイミングで僕は、授業を“特別に”抜け出して、校長室に行く。そして、お菓子を食べて紅茶を飲みながら、Aとどーでもいい話をする。どーでもいい話をするためだけに選ばれたのが僕だったというわけだ。当時気に入っていたお菓子は「ばかうけ」。ネーミングがバカだから。何度も笑ってた。

ファミコン、テレビ、クラスメイト、ファミコン、プロ野球、サッカー、ファミコン…。いろいろ話を振るが、ファミコンと志村けんの話くらいしかはずまない。まぁいい。どーでもいい話さえしてれいばいいんだから。それでも時折、クラスメイトの話題に触れながらファミコンの話をする。「すげぇーいっぱいカセット持ってるヤツがいるんだ。今度そいつの家に遊びに行こうぜ!」と、僕なりに任務を遂行しようとするけどダメ…。そういう話をするとすぐに顔が曇る。

Aは調子がいいと週に2〜3回学校に、いや、校長室に来た。だいたい、2時間目、3時間目を過ごして帰る。給食は食べないみたい。調子が悪いと来ない週も結構あった。

 “特別任務”は、たまに日曜日もあった。日曜日だけど学校に行って、校長室でお菓子と紅茶とおしゃべり。日曜日は誰にも会う心配がないから、体育館に行ってバスケットをした。運動神経は…ダメみたい。リングにボールが届かない…。



月日は流れて、すっかり特別感もなくなってきたので、たまにクラスメイトを連れていったりした。できるだけバカな奴から順番に。バカというのは勉強のことじゃなくて、バカになれる奴という意味だ。ハードルを下げないと話が弾まないはずまないこと攻略法のようにみんな学んでいった。

気がつけば6年生になってた。

ある時、

「教室に行ってみる」

とAが言った。

「(ウソ!マジでーッ!!!!)」と叫びたかったが、

あんまり驚くと、向こうが驚くと思って平然を装った。なぜだか。

なんてことはなかった。
授業中、そーっと後ろから入って、授業が終わったらすぐ校長室に戻る。
気付かないクラスメイトもいたくらいだ。
それでも嬉しかった。
そりゃ、嬉しかった。
思い出すと今でも涙が出る。
嬉しかった。

何度か繰り返していくうちに、
朝から教室に来れるようにまでなった。
成長した。
Aもクラスメイトも一緒に。
そして、「毎日来ている」と言えるほどにまでなった。
このまま一緒に卒業式に出れるなーと、思った。

思ったけど、

思っただけだった。

ある日から突然、Aは、

急に学校に来なくなった。



1週間ほどして、担任の先生に呼び出され、
僕に事情を話してくれた。

Aは母子家庭だったが、
そのお母さんが警察のお世話になってしまったらしい。

生活はかなり苦しかったようだ。
なんとなく知っていた。
家に何度か遊びに行ったこともあったし。
お母さんにだって何度も会ったことがある。
スーパーですれ違うときも、あいさつしてたもの。


「(なんで…。)」


悲しさなのか怒りなのか分からない、ヘンな気持ちがぐるぐると体じゅうを回って、最終的にはやっぱり悲しくなって、落ち込んだ。けっこう落ち込んだ。


新聞にも出たらしい。でも、小学生は新聞なんてテレビ欄しか見ないから、クラスメイトの間では話題にはならなかった。でも保護者の間ではすぐに広まっていたらしい。


くそっ…


せっかく…


みんなで…


仲良くなったのに…。


思い描いた卒業式は、残念ながら実現しなかった。
そして、遂行したはずの“特別任務”は、
ちょっとばかり後味の悪い中途半端な任務として、
今でもまだふと思い出す。



Aは元気にやっているだろうか。
今でもよく思い出す。
Aのおかげで、授業をサボることもできたし、
色々と勉強もさせてもらった。





今日、

優しそうに笑う、痩せ型の男を見かけた。

たぶん、似ていただけだったと思う。

子どもを連れて、幸せそうに歩いていた。



そろそろ任務完了、ってことでもいいかな。



【追記】この記事は10年ほど前にfacebookに書いたものです。そして最近、偶然に当時の担任の先生に会うことができて当時のことを話しました、30年経ぶりに。Aは、あれから立派になって大工になったそうです。

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