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新型コロナウイルスの進化と感染症の傾向

 2020年当初から注目されはじめた新型コロナウイスル感染症(COVID-19)も、4年目を迎えようとしている。日常生活にもどりつつも、新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)による感染者数は依然減っていない。今回の感染症の流行が過去の感染症イベントと違うことの一つとして、世界中で新型コロナウィルスのゲノムデータが収集され、世界規模で感染拡大・縮小の進化が記録されていることが挙げられる。
 それらにゲノムデータを解析した多くの研究がなされ、コロナウィルスの進化の様式、感染拡大や病原性に関わる進化、今後の可能性などについての見解が示されてきた。ウイルスの進化を考慮せずに、感染予想や対策を考えることは困難であることが実感されたと思う。なぜ、一回の感染流行は、集団免疫が達成される依然に収まっていくのか、新たな拡大をみせる懸念株(VOC)はどのように生じているのか、という問題は進化の理解なしには説明できない。
  しかし、感染者の動態や状況、感染対策、ワクチンの効果などに関する解説や記事は多いものの、新型コロナウイルスがどのように進化しているのか、についての一般的な解説はほとんどなされていない。そこで、本稿では、2023年6月に出版されたSARS-Cov-2(新型コロナウイルス)の進化に関する総説論文(Markov et al. 2023, The evolution of SARS-Cov-2, Nature Review Microbiology (1))の内容を要約し、重要なポイントに絞り解説した。

新型コロナウイルスの進化とはなにか

    「時間とともに集団の遺伝素材(genetic material)が変化する過程である」が進化である。新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)は、自らのゲノム(RNA配列)が突然変異によって変化した変異株(異なる配列をもったウイルス粒子)が、ウイルスの集団に頻度を拡大したり、消失したりしており、まさに、進化しているといえる。新型コロナウイルスは急速に進化し、その進化はリアルタイムで生じており、観察可能である。
 ウイルスは生命ではないとする教科書も多い。しかし、生命とは「進化する能力をもっているもの」だとする考えもある(2)。しかし、ウイルスが生命かどうかという定義とは関係なく、 ウイルスは進化する。
 図1は2020年からの新型コロナウイルスの変異株(変異体)の出現と置き換わりを表している。ゲノム配列の異なる膨大な数の変異株が生じているが、感染者集団で頻度を上昇させ広がっていけるのは、その中のほんの一握りである。それらは「懸念される変異株「(variants of concern, VOC)と呼ばれている。図1でみてみると、2020年当初はpre-VOC株が感染初期に増大していたが、その後アルファ(ベーター、ガンマ)、デルタ、そしてオミクロンのBA.1, BA.2, BA.5などがそれにあたる。(2023年12月からJN.1株がVOCとして拡大が懸念されている)

図1. 新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)の主な変異株の置き換わり。Markov et al. (2023)[1]の図3aを改変。図のアルファにはVOCであるベター、ガンマを含む。主要なVOCのみ名前を示し、図にはそれ以外の変異株も含まれるが区別して表示していない。

新型コロナウイルスの感染・伝播と進化

 新型コロナウイルスの進化について考えるとき、「感染者集団のウイルスの中から、感染や伝播に有利な変異株が出現し、次第に頻度を拡大してく」というふうに単純に考えることはできない。
 具体的にみてみよう。ウイルスが人に感染すると、ウイルスは体内で増殖し、ウイルス量は増える(図2, A)。感染後2~5日前後でピークに達するが、通常は症状発現後10-15日以内に免疫系によって排除される((図2, B)。これらの期間中、突然変異によって、新しい変異型が出現する可能性がある(図2,異なる色のウイルス)。
 図2の時点Cで、他のヒトに感染した場合、時点Cに感染していたヒトの体内(鼻腔内あるいは口腔内)のウイルス粒子の中から、ほんの数個、もしかしたらたった1個が他のヒトへ感染する(図2, D)。


図2. 新型コロナウイルスの感染・伝播. 感染したウイルスはヒトの体内で急速に増加し、すぐに宿主の免疫作用で排除される。その間、新しい変異体が生じる(異なる色のウイルス)。感染時に生存しているウイルス粒子(個体)の中から、数個あるいは1個が他のヒトに感染する。このとき、どのウイルスが選ばれるかはランダムである。Markov et al. (2023)[1]の図2aを改変

 このような感染・人体内での増殖・他の人への感染、というプロセスの中でどのような進化が生じるだろうか。まず、体内でのウイルスの増加、免疫による排除の中で、増殖しているウイルスに、突然変異が生じウイルス変異体が生じる。複製エラーによる突然変異は、一回の複製あたり一塩基あたり約1×10の-6乗から2×10-6乗の頻度で生じると推定されている。さらに、このRNA複製エラーに加えて、宿主の細胞防御機構によるウイルスのゲノム編集によって、SARS-CoV-2ゲノムにかなりの数の突然変異が導入される。また、異なるウイルス個体のゲノムが組み変わり、新しいゲノムを生成する可能性もある。
 体内で生き残り複製されている変異株は、ほとんどが変異前のウイルスと増殖、生存に違いのない中立な変異株か、やや有害な変異株である。まれに生じる有利な変異株も、増殖や生存に少しくらい有利であっても、体内でウイルスが維持されている短い期間内で、他のウイルスを押しのけて増えるのは困難である。
 他の人への感染時には、多数のウイルス粒子の数個か1個が選ればれる。これを伝播ボトルネックとよび、どのウイルス粒子が感染に成功するかは、ほぼ偶然によって決まる(図2, D)。感染元となるウイルスの中で、より頻度の高い粒子が選ばれる確率が高くなる。
  ヒト宿主内での増殖期間の短さ、伝播ボトルネックの影響から、ヒトの個人の間でみられるウイルスの遺伝的多様性のほとんどは、中立な変異体か、あるいはわずかに有害な変異体である。時折、特定の変異株が頻度を上昇させて、感染者集団で優位になることがあるが、これも確率的な浮動の結果の可能性が高い。つまり、通常の進化では、ほとんどの新型コロナウイルスの変異株は、遺伝的な浮動による確率的な進化によって頻度を変化させていると考えられる。
 実際に、ヒトにSARS-CoV-2が出現してから約8ヵ月間の最初の期間、新型コロナウイルスの進化速度(突然変異による配列が以前の配列と置き換わる速度)は50%低下した。これは、突然変異で生じた有害な変異が除去できず、多くの有害変異をもったウイルスが集団中に残ってしまったからであると考えられる。
 その後にアルファ、ベター、ガンマと呼ばれる最初の3つのVOCの系統が、世界の異なる地域で独立して出現した。それは、それまでに同じpre-VOC系統内での進化と異なり、系統内の変異株間の違いに比べ、大きく配列が異なる変異株であった(図3) 。同じVOC系統内では、少数箇所のゲノム配列が異なる変異株として感染者の集団内で存在しており、これらの変異株は、変異する前のウイルス個体と比べて中立か有害な変異である(図3の同じ色の系統内の違い)しかし、アルファとガンマが出現したとき、祖先の系統と比較して、それぞれ14個と11個の翻訳されるアミノ酸を変えるような変異(非同義変異)が追加されている。さらに、オミクロンでは、30以上のアミノ酸置換と数カ所の欠失と挿入が生じることによって、懸念される変異株へと進化している。
 オミクロン株が生じて以降、新たなVOCはオミクロン系統内で生じており、VOC系統内での緩やかな進化と大きく異なる新たなVOCの分岐(アルファ、デルタ、オミクロン)というそれまでの進化傾向とは異なる様相を示した。2021年から2022年にかけて、新型コロナウイルスの進化は、オミクロン系統内での継続的な亜系統(BA.1, BA.2, BA.5など)の出現というパターンを示し、進化の全体的な速度は速くなっている。

図3. 懸念される変異体(VOC)とそうでない配列(バックグラウンド)のゲノム配列の遺伝的近さと多様性の模式図. Markov et al. (2023)[1]の図1bを改変。

自然選択による有利なウイルスの進化

 急速に以前の変異体ウイルスと置き換わっていったアルファ(ベータ、ガンマ)、カンマ、オミコロンといったVOC(懸念される変異株)は、どのように進化したのだろうか。
 前述したように、異なるVOC間では、多くの変異箇所を獲得しており、そのことが、VOCがそれまでの変異株よりも感染力や伝播力などを高め、自然選択によって頻度を急速に拡大したものと思われる。変異株が自然選択で有利に働いた性質としては以下のようなものが考えられる。
感染力の向上 コロナウイルスは、細胞に感染するとき、細胞の受容体(アンジオテンシン変換酵素2)に結合する。アルファ、デルタ、オミクロンは、細胞への結合をさらに向上させる変異を持っている。また、感染の際にウイルスのスパイクタンパク質を切断するが、デルタ株ではこの切断能力が向上している。これらは感染力を高めている。
ウイルスの伝播性 ウイルスは伝播しやすい組織や臓器で増加したり、宿主外での生存を高めることで伝播性が高まる。オミクロンではエアロゾルに入りやすい鼻咽頭での効率的な複製を好む。また、アルファとベータは、宿主外のエアロゾル内で生存する期間を高めている。
免疫からの逃避 宿主の免疫から逃れる能力の向上も関係している。免疫には、抗原を特異的に認識する抗体を産生して、ウイルスが毒性や感染力を低下(中和)させる体液性免疫とT細胞などが感染した細胞を攻撃する細胞性免疫がある。ベータとガンマでは、それぞれ抗体認識と中和能力を低下させる変異がみつかっている。また。オミクロンの最初の2つの系統(BA.1とBA.2)では、抗体結合を回避する能力が非常に高いことが示されている。さらに、その後のオミクロンのBA.4系統とBA.5系統の子孫には、初期のオミクロン系統と比較しても、免疫逃避特性に大きく寄与している変異が獲得されている。
  細胞性免疫からのウイルスの逃避の進化は、体液性免疫からの逃避に比べるとあまり明確ではない。しかし、細胞性免疫の効果を低下させるいくつかの変異がしられている。

どのような要因がVOCを進化させたのか

 上述したように、初期のVOC内の進化では、数個の一つのゲノム配列に変異が置き換わっていく進化の過程では、感染性や免疫回能力を向上させるような進化ではなく、中立あるいは有害な方向への進化だと考えられる。それでは、VOCのように、十数個から十数個の違いを獲得するような有利な変異株はどのように進化したのだろうか?
 現在、いくつの仮説が考えられているが、もっとも可能性があるのが慢性感染者内での進化である。通常は、ウイルスは、数日でウイルスは検出されないレベルまで低下する。しかし、免疫機能が充分でない一部の感染者では、ウイルスを排除できず、長期にわたってウイルス感染が持続する。
  たとえば、リンパ腫の再発を治療するために免疫抑制剤を服用していた女性は、7ヶ月以上感染が続き、ウイルスを長期間除去できなかった。この女性に感染したウイルスを時間とともに追跡していくと、70日目から変異ウイルスが検出され、7ヶ月目までに22個の変異ウィルスが検出された(「SARS-Cov-2はどのように進化しているのか: 新型コロナウイルスの進化」参照)。感染から3ヶ月後からオミクロン株と同じ変異をもつウィルスが出現し、最終的に検出された変異の半分はオミクロン株と同じ変異であったという。このように、慢性感染者の中では、ウイルスは継続的に進化し、感染ボトルネックを経験することなく、増殖に有利な変異体が出現する。慢性感染から同定された一連の変異がVOCでも共有されているということは、慢性感染がVOCを出現させている大きな原因であることを示唆している。

病原性、重症度の進化

 オミクロンが、これまでのVOCと比較して比較的軽症であったことから、新型コロナウイルスによる病原性、重症化を引き起こす程度は低くなる方向に進化しているという見解がある。これは、ウイルスが宿主を殺してしまえば、自らが次の宿主に感染する可能性が低下するという理由からの考えだ。新型コロナウイルス感染症に限らず、長期的には病原体は病原性が低下するように進化する傾向があるという誤解がある。
 多くの病原体では、新しい宿主に感染した後に重症化する。新型コロナウイルスでは感染後3週間目以降に重症化または死亡する傾向がある。しかし、感染期間は通常2日目から15日目までであり、死亡する平均的な時期より前に、次の宿主への感染が達成される。つまり、感染した宿主の重症度を低下させることは、ウイルスが伝播・拡大するのに有利に働かないことになる。このことから、高い病原性を示すウイルスが自然選択によって減少していくということはない。
 重症度がウイルスの感染性と関連している場合は、重症度の高いウイルスが進化しやすいこともある。たとえば、宿主内でのウイルス量を増加させ、伝播力を高める方向に自然選択が働く可能性がある。その結果として、重症度が高まるかもしれない。
 進化によって、かならず病原性が低下するというわけではなく、特定の状況の組み合わせによって、新型コロナウイルスの病原性は上昇することもあれば下降することもある。

ワクチンと抗ウイルス剤とウイルスの進化

 前述したように、新型コロナウイルスは、人間の免疫機構から逃避するように絶えず進化している。ワクチン接種も、新型コロナウイルスの免疫回避機構の進化に影響を与えている。ベータとオミクロン、デルタ変異体の変異の中には、ワクチンに関連した免疫逃避と関連していることが確かめられている。
 しかし、ワクチンとは関係のない自然感染による免疫獲得に対して、ウイルスが進化させる免疫逃避の影響の方が大きい。ワクチンが標的としている抗原領域はかなり狭いので、免疫逃避はその範囲に止まる。また、筋肉注射によるワクチンでは、全身系での免疫は誘導できるものの,ウイルスが感染する鼻や喉の粘膜での免疫は効果的に誘導できないとされる。このことは、粘膜への感染に対するウイルスの免疫回避の進化は、通常のワクチンでは誘発されないことになる。
 免疫回避の進化のほとんどは、体液性免疫に対する回避である。これは、自然感染やワクチン接種によって、抗体をもった人が増えてくると、感染時に抗体による防御を避けることができるウイルスがより有利なるからだと思われる。感染から数年を経て、体液性免疫に対する回避するオミクロンなどが進化してきたことと関係があるかもしれない。
 現在、幾つかの抗ウイルス剤が認可され使用されている。感染初期の抗ウイルス剤は、ウイルス量を減らすのに有効である。しかし、抗ウイルス剤の不適切な使用や過剰な使用は、抗生物質に対して抵抗性細菌が生じるのと同様に、耐性ウイルスを進化させる。ニルマトルビル(パキロビッドパック)に対してウイルスが抵抗性を獲得した例が示されている。実際に、抗ウイルス剤抵抗性をもった変異株が広がっているという事例はないが、適切な抗ウイルス剤使用の推進と変異株のモニタリングが必要とされる。
 また、モルヌピラビル(ラゲブリオ)は、ウイルスの突然変異率をに高めることでウイルスの複製を阻害する。変異が亢進する環境下でウイルスを迅速に抑制できなかった場合、豊富なウイルス変異体が生成され、宿主内での進化が急速に促進される可能性がある。超変異原性抗ウイルス剤は注意深く監視することが求められている。

今後の予想されるシナリオ

 アルファやデルタ変異体は、主に感染性の増加とやや控えめな免疫逃避の進化と関係していた。しかし、その後のオミクロンの変異体は免疫逃避能力の進化によるところが大きい。また、長期感染者の体内でもオミクロン株への収斂が観察される。これらのことから、将来的な進化については、オミクロン系統で、免疫回避を進化させた新たな系統内VOCが出現し、置き換わっていくという短期・中期的なシナリオが想定される。現在のオミクロンの亜系統の傾向からすると、4ヶ月ごとに、新しい感染の波が来ると予想されている。しかし、この周期性が維持されるかどうかは予測できない。このようなシナリオになった場合は、ワクチン接種と先行感染の組み合わせによって、ウイルスの継続的な進化に対応して、再感染時の重症化を防ぐという対策が考えられる。
 別のシナリオとして、全く異なる変異や性質を持つ新型ウイルスが出現し、これまでに、ウイルスの感染やワクチンによって確立された免疫を回避できるようになることである。大きく変異したVOCが出現するのは、組換えにより異なるウイルスのゲノムが混じり合うことが想定される。このようなVOCは、長期間感染する慢性患者の中で進化したり、あるいは、人間以外の動物の中で、新たな人間に感染するウイルスが進化する可能性も否定できない。

進化理解の重要性

 ここまで、Markov, et al. (2023)の総説の紹介してきたが、最後に、私なりのまとめをしてみたい。
 冒頭でも述べたように。世界中で新型コロナウィルス(SARS-Cov-2)のゲノムデータが収集され、世界規模で、その進化ダイナミクスが詳細に記録された。その進化スピードは速く、進化の流行・衰退、再流行のパターンは、進化によって駆動されていることがみえてきた。たとえば、これまでの感染症数理モデルでは、集団免疫が獲得されることで、流行が収まっていくとうしくみを想定していた。しかし、実際には、ワクチン摂取が開始される前の動態をみてみると、集団免疫が達成される以前に流行は衰退しているようにみえた。これは、通常の短期間でのウイルスの滞在と伝播ドリフトという進化過程では、弱有害な変異株が次第に増えていった可能性も考えられる。また、すべての感染集団の中で有利な変異体生じ、新たな感染流行が生じるのではなく、慢性患者の体内で長期にウイルスが選択されることで、不連続に進化した変異体がVOCとなることがみえてきた。これらのことは、進化を考慮しないと予測は難しいことを示している。
 オミクロン株が流行する以前に、慢性患者の長期間の感染中にオミクロン株が出現したという事実がある。現在の新型コロナウイルスの系統は、進化的な制約によってオミクロン株に収斂してくるという傾向があるのかもしれない。同じオミクロン系統内での進化が今後も続くとすると、今後の進化傾向もある程度の予測が可能になるかもしれない。しかし、オミクロン株とは大きく異なるVOCの進化の可能性も否定できず、そうなったときは、新たな局面に遭遇することになるかもしれない。
 

引用文献


  1. Markov, P. V. et al. The evolution of SARS-CoV-2. Nat. Rev. Microbiol. 21, 361–379 (2023). 本稿では、Markov et al. (2023)内で引用されている論文は省略した。知りたい人は、Markov et al. (2023)を参照してください。

  2. ポール・ナース (2021) WHAT IS LIFE? (竹内 薫訳) ダイヤモンド社

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