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【感想】劇場映画『CUBE 一度入ったら、最後』

いや、オリジナル版が今なおカルト的な人気を誇る偉大な作品だけに、地雷を踏む覚悟もしつつそれなりに期待していたんですけどね…

個人的にリメイク作品を鑑賞する際に注目するのは「オリジナル版から何をどう変えたのか?」という点。
わざわざリメイクをするなら何かしら要素を足してリメイク版の独自色を見たい。
もちろんそれがオリジナル版の面白さを超えた・超えなかったはまた別の話。

なので困っちゃうのはこういうケース。
ほぼ同じで来られると「ならオリジナル版を見ればよくねーか?」となってしまう。

まぁこれは本質的にはリメイクに限らず昨今のエンタメ全般に言えることで、これだけ膨大な過去作品がアーカイブとして積み上がり、しかもNetflixに代表される動画配信サービスによってそこに手軽にアクセスできるようになった現代においては「この作品は何が新しいのか?」を打ち出せない作品は基本的に見る価値が無いことになってしまう。
そんな作品を見るぐらいなら過去の名作を見た方が良い。
毎週のように映画館に通ったり地上波テレビや動画配信サービスで新作を見るのは「今まで見たことのない新たな面白さを持った作品に出会いたいから」だ。

そんなわけで見てきた『CUBE 一度入ったら、最後』
1999年に公開されたカルト映画の世界初公認リメイク。

CUBEの名を冠した続編やシリーズっぽい映画は存在するが、監督のヴィンチェンゾ・ナタリが正式に関わった(本作におけるクレジットはクリエイティブアドバイザー)のは今回が初めてらしい。

ストーリーは「立方体の部屋が連なって構成された謎の迷宮から脱出できるのか?」というもの。
まぁさすがにこれは変えようが無いというか、ここを変えちゃったらそれはもうCUBEでも何でもない。
ただ、本作は登場人物のキャラクター造形を結構いじって日本的な改変を試みている。
・自分では決断できない主人公
・文句ばかり言うおじさん
・自身の境遇を社会のせいにする若者

佐藤信介監督・野木亜紀子脚本の『アイアムアヒーロー』でも描かれていたが、「今の日本でああいう危機的状況になった際に自らリーダーシップをとって道を切り開き進んでいく(ともするとややトキシックなほどの)男らしさに溢れた男性はいるのか?」というと残念ながら(もちろん個人差はあれど)あまりいないだろう。

むしろ各自が何とかして責任を回避しようとして責任の押し付け合いが発生してしまう情景が想像できる。
そして何となくの同調圧力で意思決定が下される。
さらに日本はアメリカに比べると人種のバリエーションを出しづらい(これは日本は単一民族国家であるとか日本には人種差別が無いという意味ではありません)のを受けて世代論をかなり意識的に脚本に取り込んでいる。
現実世界でも世代間の対立・分断は激しくなる一方。
特にあるキャラクターが持ち込む「ここから無事脱出して外の世界に生還したとしてそれで明日どう生きるの?」という視点はオリジナル版には無かったが今の日本でやるなら必要不可欠な視点。

さすがに書いてて悲しくなってきた。
ただ、この改変によって映画としての説得力は増す。
オリジナル版のテンポが失われるという欠点は感じつつも、個人的にはこの客観的に見るとイライラする現代日本的な責任押し付け合い密室会話劇については「なるほど今の日本でリメイクした意図はここか」と思い、序盤はそこそこ期待感を維持できていた。
つまり「この改変は欠点もあるが、日本でやる意義と勝算をここに賭けたということか。さぁどうなる!?」というテンション。
しかし、最後まで見た結果は…orz

以下、悪い点と思った箇所を挙げていきます。
ツイッターの140文字では説明しきれなかった部分を補足しながら。

心情を全て台詞で説明

とにかく喋りすぎ。
自身の過去や思考を喋る喋る。
ここが映画的にとにかく退屈。
相手はさっき会ったばかりの初対面の人だぞ?
もしかしてそういうセキュリティ意識の低さのせいで気付いたら謎の迷宮に閉じ込められていたという裏設定なのか…?

仰々しい演出

さらにその台詞の発話も顔アップ&大声。
しかも定期的にスローモーション。
謎の迷宮という大きな嘘を最初に1個ついているのだから、その中にいる人はリアルにして説得力を持たせないとダメじゃないかなと…

台詞を発していない人が書割化

部屋の中で6人の内の2人が会話するシーン。
残り4人は壁の方を見て静止している。
確かにその直前のトラップ突破で身も心も疲れ果てているというエクスキューズはあるが、でもあの狭い部屋で2人が話し始めたらをそっちを向いて会話を聴くとかはないのか?
極め付けは終盤のあるシーン。
同じ部屋内のすぐそこに当該人物がいるのに申し訳程度のヒソヒソ声で「あの人が…殺したのかもしれません」
いや、それ聞こえてるって!!!

キューブの謎の全体像を意識させてしまっている

オリジナル版では結局このCUBEという迷宮が何なのかは明かされない。
途中で建設中の話が少しだけ出てくるが、そこは深堀りされることはなく進んでいく。
この割り切りによって「とにかくこの謎の迷宮から生きて脱出する」という点に物語の焦点が定まりグッと見やすくなっている。
しかし本作では中途半端にAI(?)がトラップを動かすような描写や最後のオチでも何かしらの組織が裏で動いていることを匂わせるような描写がある。
前述の通りオリジナル版でも誰かがこの迷宮を作らせたということは言われているし、その設定自体が間違いとは思わない。
別に人工物じゃなくて霊的な何かの方が良いとかも思ってないです。
ただ、その謎の人物なり謎の組織を観客に必要以上に意識させると、結局その謎が解けないのに全体像だけが残るので結果ノイズになってしまうと思う。
最近の考察ブームに乗っかろうとしたのかなぁ…

以上でございます。

僕は感想を書くときは「褒めるのは無邪気でもいい」けど「批判するなら論理を明確にする」ことが大切だと思っています。
しかしそれはツイッターの140文字ではなかなか伝えきれない&自分と相性が悪そうな作品は予め避ける嗅覚が発達してきた(これはフィルターバブルのリスクと常に隣り合わせなのですが)こともあって最近はそこまでネガティブな感想は書いてきませんでした。
今回は久々にそういった投稿をしたので(もちろん僕の感想ツイートを見た人が全てこのnote記事を読むわけではありませんが)少しでも誠実にと思い、文字数の制限が大幅に緩和されるこちらに書きました。

やっぱりね、毎週映画館にお金を払って足を運ぶからには面白い新作に出会えることを期待しているんですよ。

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