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【感想】小説『難問の多い料理店』

宮沢賢治の『注文の多い料理店』を初めて読んだのは小学生の頃だったか。
導入部でワクワクしたものの結構怖いお話だったという感情の記憶(アンメット風の言い回し)はぼんやり残っている。

さて、そんな名作のパロディ的なタイトルの新刊を上梓したのは前著『#真相をお話しします』が話題となり本屋大賞にもノミネートされた結城真一郎。

マッチングアプリやYouTuberを題材にした現代的・近代的なミステリー短編集でした。

その作家性は新作にも受け継がれている。
あらすじはこんな感じ↓

ビーバーイーツ配達員として日銭を稼ぐ大学生の僕は、注文を受けて向かった怪しげなレストランで、オーナーシェフと出会う。
彼は虚空のような暗い瞳で、「お願いがあるんだけど。報酬は1万円」と、噓みたいな儲け話を提案し、あろうことか僕はそれに乗ってしまった。
そうして多額の報酬を貰っているうちに、僕はあることに気づく。
どうやらこの店は「ある手法」で探偵業も担っているらしいと。

https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771870-6

今回の物語の肝は架空のフードデリバリーサービスであるビーバーイーツ。
まずもってこのフードデリバリーサービス描写の解像度が凄まじい。
僕は配達員の経験は無いのだけど「へぇ、こんな感じで回ってるんだ」と思わせてくれるリアリティ。

構成は連作短編集で、全話に一貫して登場するのはオーナーシェフ。
六本木の雑居ビルでゴーストレストランを1人で切り盛りしている美青年という設定。
一見ごく普通の(?)ゴーストレストランなその店には実は秘密がある。

変わっているのは、特定の商品群をオーダーすることが“店”に対する“ある依頼”の意思表示となること。「サバの味噌煮、ガパオライス、しらす丼」で“人探し”、「梅水晶、ワッフル、キーマカレー」で“浮気調査”というように、いくつかの“隠しコマンド”が用意されているのだ。中でも一番アツいのが「ナッツ盛り合わせ、雑煮、トムヤムクン、きな粉餅」という地獄の組み合わせだった。

結城真一郎,難問の多い料理店,集英社,pp.20-21

まるでゴルゴ13に依頼する方法みたいで何ともワクワクさせてくれる。
(ご存知ない方は第240話『システム・ダウン』を読みましょう)

『難問の多い料理店』は6つのエピソードで構成されている。
毎話異なる配達員が語り手(ここに「ビーバーイーツの配達員はアプリのアルゴリズムで決まるため」という細かいロジックを挟んでくるのがニクい)

  1. 転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件

  2. おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件

  3. ままならぬ世のオニオントマトスープ事件

  4. 異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件

  5. 悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件

  6. 知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件

ちょうどアニメ化されて放送が始まったばかりの米澤穂信の小市民シリーズを彷彿とさせるタイトルが並ぶが、本作は別に毎回スープ絡みで事件が起きるわけではないw

まぁその点は小市民シリーズも別にスイーツ絡みの事件を解いてるわけじゃないか。

純粋にお話として面白いのは第4話の『異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件』だと思う。
ちょっと変化球ではあるのだけど、3話までで型が見えてきたところにこれを置くのは上手い。
これ以上はネタバレせずに話すのが難しいw

個人的に最も好きだったのは第5話の『悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ』
語り手はビーバーイーツの配達員で生計を立てている売れない若手芸人。

お笑い好きならUber Eats芸人といえば何人か思い浮かぶ顔があるかもしれないが、なんと集英社が公式に結城真一郎とTAIGAの対談企画を実現!w

これはスゴいぜ、TAIGAさん。

そんな第5話の事件舞台は五反田
依頼者の名前は東田
この辺りでお笑い好きなら「ん?」となる人もいるだろうけど、あばよ在りし日の光という名前のコンビが登場してそのネタ担当の名前は森林と来れば確信に変わるw

結城真一郎ご本人の弁

さらば青春の光が好きだったので、もじって名づけたんです。TAIGAさんだけじゃなく、芸人さんとウーバーイーツって親和性があると思ったのでそれを一話突っこんだんです。

https://shueisha.online/articles/-/250935?page=2

ちなみに劇中に出てくるクリーニング屋のコントの元ネタは2021年の『キングオブコントの会』だと思われる(多分)

単独でもやってるネタなのかな?

もう一つキングオブコント決勝で実際にさらばが披露したネタのエピソードも組み込まれていて芸が細かいw
ゴッド・オブ・コントという賞レースをめぐる芸人のドラマも短いながら面白かった。

本作は安楽椅子探偵よろしく理詰めで他の可能性を消去しながらロジカルに推理を進めていくのが醍醐味。
伏線の張り方も非常にフェア。
読者に全て開示されている。
(オーナーシェフがどうやって情報を集めているのかというHowについてはチートだけどw)

その上で「俺は探偵じゃなくてただのシェフだから、すべきことは客の空きっ腹を満たしてやること」というオーナーシェフのスタンスがニーチェの言葉を引用しながら本作の主題メッセージが浮かび上がる終盤は唸らされてしまった。

「ただし、真実など放っとけ」

結城真一郎,難問の多い料理店,集英社,P.345

という台詞の持つ鋭利な批評性よ…

最近の映画だと『落下の解剖学』や『メイ・ディセンバー ゆれる真実』とも通じる。

いやはや実に現代的な小説である。

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