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2005年ヒッチハイクの旅「旅はまだ終わらない」2日目

状況は最悪

 雨はまだ降り続いている。
 坂道を下っていくと、海沿いの道と交わる。その道を南へと歩こうとするがカーブになっていて、先が見えない。カーブの先を見に歩くのもよかったが、この雨の中、あまり歩きたくない私は、これ以上先に進んでもいい場所はないと思い、ここでヒッチハイクを開始。掲げた先は「天塩(てしお)」。スケッチブックは雨で濡れるので、透明のゴミ袋をかぶせている。右手で傘を持ち、左手でスケッチブックを持つ。
 車は10分に一台ほどしか通らない。よく考えてみれば、この道を通る車というものはかなり限られる。稚内駅や北のノシャップ岬から、今の時間帯に南へ下る車などそういるはずもない。大きな街であろう旭川へ向かうなら、海沿いの道ではなく内陸を進むだろう。
 やまない雨。冷え込む身体。じっとしていると、徐々に体温が奪われていくのがわかる。防寒は、今できる限りの防寒をしている。それでも震えが止まらない。今は夏。けれどもこれが最北端の夏の雨の夜の寒さなのである。好きな歌を歌う。しかし、この寒さはごまかしようがない。
 これ以上先に進むのは得策ではない。これ以上歩くと今度は立ち止まる場所がないだろう。身体を休める場所がないだろう。あるとすれば、少し戻ったところにある、さっき休憩した公衆トイレのあるところ。そこになら坐るところがある。風はしのげないが雨はしのげる。

 一時間ほど経ったころ、視界に猫が現れた。
〈違う。あれは……〉
 長いしっぽ。とがった耳。あのシルエット、あれは、狐ではないだろうか。数十メートル先を道路を横切って歩く狐。口笛を吹く。吹いたところでどう反応してくれるかはわからないけど、吹いてみる。効果があったのかどうか徐々に近づいてきているように思える――ただ行きたい方向がこっちだっただけかもしれないが。十数メートル手前までやってきた。しかし、それよりこちら側には来ず、どこかへと消えてしまった。少しの間忘れていた寒さがまたこみあげてきた。

 車の通りはさらに少なくなる。ヒッチハイクを始めてから約2時間後、ようやくあきらめをつける。さきほどの場所まで戻ることにした。近いようで、歩いてみるとけっこう遠く感じる。身体を休める。

夜が明けるということ

 ものすごく最悪な状況。でも、今が最悪なら、あとはよくなるだけだと思う。
 数時間を、そのトイレの小さな建物で過ごす。
 トイレの前には坐れるところがあり、そこでじっとしている。虫がいたが、仕方ない。この場所以外には私がいれる場所はないのだから。
 南稚内駅から歩いてくる途中に、宿があった。やっているのかどうかすらもわからず、中に入るには靴を脱がなければならず、びしょ濡れの自分は、中に入って料金を聞くのもやめた。そこではなくても、どこか電話帳で調べて、安いホテルやライダーハウスを探せばよかったかもしれない。ライダーハウスとは、名の通りライダーのための宿で、歩きの人も泊まれるらしい。友達から聞いて知っていた。選択をあやまったかもしれない。少し後悔した。

 次第に外は明るみを帯びてくる。夜が明ける。雨は降っていない。海が見える。もやがかかっているが、夜にはまったく姿を見せなかったその日本海が視界に広がっている。
 この駐車場にある案内では、ここからの夕陽が綺麗らしい。そして、島が見えるらしいが、宗谷岬と同じように天気が悪いせいで見えない。いや、見えているのか見えていないのもかわからない。うっすら見えなくもない。
 歩き出す。靴下は履いていない。まだ靴が乾いていないのと、残りの濡れていない靴下が一足しかないため。交通量は少なめ。しかし雨が降っておらず、夜ではないので停まってくれる車はいると思う。
 そのトイレと駐車場のある場所から、坂道を下っていく。右手の眼下には海が広がり、左手には崖を見上げることができる。その下、道路のそばには白い鳥居があり、そこから崖を七曲がりにのぼっていけるようだ。その先になにがあるのかわからないが、いったい何があるのだろうと思わせる。

 歩いていると、カラスが、私の頭の上をすれすれで飛ぶ。
 初めは気付かなかったが、2回、3回と頭上すれすれを飛ばれるといい加減に気付く。こいつら、私を馬鹿にして遊んでいる。
 カラスは2羽になり、私の行く方向へと場所を移動しながら近くを飛び交う。思わず走って逃げた。別に害を加えられているわけではないが、こういうものは恐い。どうやら追ってはこなくなったので一安心。たった数分でカラスという生き物が恐くなる。

 いい場所、というほどでもないが、車が停まれそうな場所を見つけヒッチハイク。車も適度に走っている。雨はたまにぽつぽつあたる程度。また振り出すのかもしれないが、傘もゴミ袋も今はいらない。
 カーブになっていて、車がそのカーブを曲がってきてから、5秒くらいで、私の横を通る。つまり、車に乗っている人は、その5秒弱の時間に、乗せるかどうかを考えなければいけないことになる。乗せる人からすれば、かなり短いと思う。停まってくれる可能性は低いけど、それでも、一度通り過ぎてから戻ってきてくれる人もいるかもいるかもしれないし、これ以上先に行ってもいい場所があるかわからない。まだ、朝は始まったばかり。気長に待つことにする。

 20分ほどすると停まってくれた車。さっきの夜とは違い、かなり早い。乗せてもらう。運転席には若い男性。帰るところが天塩の手前だけど、天塩まで乗せていってくれる。
 友達の家から帰るところらしい。しかし、その友達の家までは何十分もかけていかなければいけないだろう。でも、こっちではそれが普通だという。昔、ヒッチハイクをしていたというその人。やっぱりそういう人って乗せてくれるものなのだと思う。自分も、同じ状況になったら乗せると思う。二十代前半に見えたけど、ヒッチハイクをしていたのが「昔」と言ってたので、20代後半かもしれない。阪神ファンらしいが、残念ながら野球に興味がない私。大阪出身なのに。
 右手には海。左手にはもやがかかった草や木。そんな、どこまで行っても代わり映えしない景色が続く。以前に北海道をヒッチハイクしている人の、北海道の写真の画像をネットで見ていたけど、一面が草という感じだった。「こんなところあるんや」と思っていた場所を今、目の当たりにしている。
 北海道の話を聞く。ここは海沿いで、男の人が住んでいるところも海沿いだが、内陸の寒さは別世界だという。北海道は、冬はもちろん厚着をするけど、コートの中は薄着をするらしい。店に入れば暖房があるわけだし、移動するのはもっぱら車。寒すぎるゆえの生活である。
 海沿いを行くか内陸を行くか迷っていたことを話すと、内陸を行ったほうがいいと返事がくる。確かに、海沿いは信号が少ないのはいいが、走る車が少ない。
 そんな話をしながら、走り続ける。途中、風力発電所のものと思われる大きな風車があった。

 天塩まで来る。けっこうずっとしゃべっていた。手塩は今まで走り続けてきた、なにもない道に比べれば十分に街なのだが、それでも小さな街。その街の中の、一軒のコンビニで降ろしてもらう。

海沿いと内陸

 そのコンビニに入る。ここもセイコーマート。時間は朝の8時前。二個パックのおにぎりを買う。店の前で食べ、やっぱり飲み物も欲しくなったので、もう一度入って、北海道限定らしい「ナポリン」という飲み物を買う。特別な味はしてないだろうとは予想していても、限定などという言葉に弱い。
 スケッチブックに次の行き先「羽幌(はぼろ)」を書く。本当は、そのずっと先にある留萌(るもい)まで行きたかったが、遠すぎるから羽幌にしたほうがいいとさっきの男の人が言ってくれたのでそれを書いた。ここから羽幌までは、今来た距離と同じくらい。適当な距離である。
 コンビニの近くでスケッチブックを掲げる。掲げると、すぐに停まってくれた。乗せてもらう。運転席におっちゃん。仕事で移動しているところ。
 さらに海沿いの道を走り続ける。

 私が今住んでいる市に以前住んでいたことがあるという。今は、大型店ができて、小さな店はつぶれてきていると話す。海沿いと内陸のどちらがいいか、この人とも話すが、さきほどの人とは違い、今度は逆の答えが返ってきた。
「内陸だと、こういう景色見れない」
「そっか、そっかー」
 と納得。海が見えるほうがいいかもしれない。

 天気は次第によくなってきて、晴れ間が覗く。北海道は、今のところ札幌にしか行く予定がない。だけど、どこか観光できるところがあれば行ってみたかった。それを言うと、おっちゃんは道の途中にあった「おびら鰊番屋」という建物に案内してくれた。

 駐車場に車を停め、おっちゃんは見てきていいと言い、建物に向かう。おっちゃんは近くにいた知らない人に声をかけていた。その、知らない人に声をかけられるという力はすごいと思う。
 中は、観覧自由の売店の設けてある建物と、有料の建物があった。有料でないほうの建物の中を見る。一階、二階と見てまわる。昔ながらの日本の家屋といった感じ。お土産売り場も見て廻ったが、特に欲しいものもない。ここでしか買えないようなものではない子供受けするようなものも見受けられる。自分が小さい頃は、そういうお土産を買ってもらったりしていたことを思い出す。
 おっちゃんをあまり待たせるのも嫌だし、お金を払ってまで見るものなのかどうかわからなかったので、有料のほうは入らなかった。車に戻ると、有料のほうに行かないと意味がないよと言われた。

 車はどんどん進み、羽幌を通り過ぎ、留萌から内陸に入る。おっちゃんは仕事の都合上、そちらへ向かうので私もこのまま内陸を進んで乗せてもらうことにした。
 これまで通ってきた町は、RPGなどで見るように、集落がぽつんぽつんとある感じだった。都会の生活に慣れてしまっている自分にとって、ここで生活していくのは無理だと感じる。
 留萌を通り過ぎたあたりから、眠さがピークを迎える。うとうとしては、はっとして、目を覚ます。それを繰り返す。

「これ、なんの花か知ってる?」
 と尋ねられる。車の窓の外には、白い花が一面に広がっている。なんの花なのかさっぱりわからない。白い花で、好きな曲でもある、思い出す名前をとりあえず言ってみた。
「ハルジオンです?」
 蕎麦の花だった。ひまわりも多いと言う。

温泉

 昼前。「サンフラワー北竜」という、二匹の大きな竜のオブジェが構えるその道の駅まで乗せてもらい、そこで降ろしてもらう。おっちゃんに見せてもらった地図に、温泉マークのある道の駅があったので、ここで降ろしてほしいと言った場所。道の駅とは、高速道路でいうサービスエリアみたいなもので、色んな道の駅がある。夜中に閉まるところ、設備が豊富なところ、特産品を売っているところ。かなり長い時間乗せてもらった。約3時間。かなり進んだ。それでも、本州を移動するのと比べると、あまり進んでいない感を受けてしまう。それは、北海道が、ひとつの都道府県で、移動を繰り返しても、次の地に来たという実感がなかなかわかないからだと思う。
 そこは、温泉とホテルの建物がある。おっちゃんに別れを告げた後、温泉のある建物に入る。

 中は広めで、靴を鍵つきのボックスに入れる。入り口から見渡すと、目の前に温泉の入口があり、右にはゲームが置かれている部屋と、大きな畳の休憩所がある。ゲームの部屋に、自分のよくやるポップンミュージックのゲームの筐体が置かれていて、ちょっと嬉しくなった。バージョンは書かれていないので、一番初期のものではないかと思う。今のバージョンが11。どのくらい昔のものなのだろうと思う。そして、その部屋のあるゲームから流れている音楽が、どこかで聞いたことのある音楽だった。しかし、どこで聞いたのかまったく思い出せなかった。もしかしたら、小学生くらいのときに、温泉に行ったときにあったゲームの音楽かとも思ったが、そんな昔のことを覚えているものだろうか。
 畳の休憩所で、座布団を枕代わりに、バッグは、肩紐を腕にとおし、盗られないようにして横になる。財布とケータイは寝るときも常にズボンのポケットに入れたまま。車の中でうとうとしていただけあって、すぐに眠りにつく。

 17時ごろ目が覚める。周りは、数人が休憩をしている。年配の人が多い。テレビがついている。CMがないので、NHKだとわかる。寝転がり、テレビを見たり、ブログでの日記を更新したり、ごろごろしながら一時間ほど過ごす。これからどうするかを考える。ここが夜で閉まるのかどうかわからない。とりあえず、温泉に入ってだらだらすることにする。閉まったら、そのときはそのときで歩き出そう。

 温泉に入る前に、さっきのゲーム筐体の部屋に行き、ポップンをする。音楽とともに降ってくるオブジェクトに合わせてタイミングよくボタンを押すゲーム。筐体自体は、今のものと変わっていない。昔からこのままなのだろう。ただ、このバージョンは、速度が変えられないのか、いつもやるやり方では速度が変えられなかったので、ものすごくしづらかった。

 温泉といっても、外見は普通の銭湯と変わらない。自動販売機で券を買う。料金は250円。安いかもしれない。券が出てきたはいいが、これをどうするのかがわからない。近くのフロントの人に渡すのだろうか。奥の風呂の入口からフロントは少し離れているばかりか、フロントの人に声をかけなくてもそのまま行けてしまうような気さえした。でも、こうやって券を売っているのだから、やっぱりフロントの人に渡すのだろう。いや、それとも、入口を入るとそこに券を受け取る人がいるのだろうか。様子を見ていると、券をフロントに渡して、奥の男と女に分かれている入口へと向かっていく人がいた。なので、私もよくわからないがそのフロントの人に券を渡す。券を渡すと、その代わりにまた別の券をもらった。見てもよくわからなかったし、なにも言われなかったが、とりあえずそれをしまい入口へ。入口の前のロッカーに荷物を入れ、中に洗面用具やらを持って入る。
 中に入っても、誰かチケットを渡すような人はいない。普通の銭湯の脱衣所と同じだし、風呂場も、銭湯と特に変わらない。服を着替える。そして、ガラス戸の向こう側の風呂場へ。すると、視界が曇った。と同時に自分の阿呆さに気付いた。眼鏡をかけたままだった。あわてて眼鏡を置いてくる。目が悪いといいこともある。老人力とでもいおうか。公衆の浴場で、見たくもないものに天然のモザイクがかかるのだから。
 色んな風呂や露天風呂がある。シャンプーもボディーソープもあったので、持ってきたシャンプーは使わず、それを使う。ひととおりの湯につかる。

 すっきりさっぱり、満足してそこを出て脱衣所へ。体重は、家を出発したときから1キロ減っている。髭の処理をする。一応、使い捨ての髭剃りは一つ持ってきているが、使わない。いつか使うかもしれないがとりあえず今は使わない。持ってきたピンセットで髭を抜いていく。髭を剃るよりも何倍も時間はかかるが、また伸びてくるまでの時間を稼げる。旅中、毎日髭を剃る機会に恵まれるとは限らない。
 脱衣所に2~3時間居据わって、フロントに戻る。フロントの近くで、飲み物やアイスの自動販売機を見る。「バブルマン」というキャラクターをあしらった炭酸飲料を見つける。今まで、大阪でも見たことがなく、北海道にはこんなものがあるのかとそのときは思った。
 いつも食べているセブンティーンアイスの自販機があり、そのいつものところでは売っていない抹茶のアイスを買って食べる。持ってきていた処方されている薬を呑むために、なにか腹に入れていこうと食べたものだったけど、その薬を呑むことは忘れてしまっていた。
 休憩所は22時で閉まるらしい。ということは、この建物自体もその時間に閉まるのだろうか。22時が近づくにつれて帰っていく人。私もそこを出ることに。濡れていた靴はほどよく乾いており、最後の濡れていない靴下で履いても問題なかった。
 結局その時間にそこは閉まる。

 この先にある道の駅へ向かい歩いていく。もしかしたら、そこで眠れるかもしれない。数時間はかかるだろうが、時間ならたくさんある。開いていることを願う。外は暗く、ぽつんぽつんと街灯が立っている。民家もちらほら見える。後は、畑かなにかだろう。
 虫の多い道を歩いていく。少し歩けばあるかもと思っていたコンビニもなにもない。
 民家があるところを通り過ぎ、さらに歩き続ける。

2日目の終わりにいた場所

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