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「天城山からの手紙 35話」

写真家 土屋 正英

森に流れる時間は、ゆっくりと過ぎてゆき、その時間に合わせて歩くと心がリセットされる。耳を澄ませば、小さな風に揺れる葉っぱの音さえ体に染みわたり、目を閉じれば、驚くほどの音が自分の周りを包んでいるのだと気付き、そんな時を過ごせば体から生きる力が溢れ出してくる。しかし、そんな幸せな時間は、もしかしたら直ぐ目の前で止まってしまうのかもしれない・・・。それはこの自然環境の変化が、じわりじわりと姿を確実に現し始めている。天城の森も例外なく、いつの日かその影響を受け、様変わりしていまうかもしれないのだ。私はこの日、手引頭の山頂から迷いの森を抜けてブナの墓場へ向かった。今でもこの場所に初めて来たときの衝撃は忘れられない。力強いブナの森を抜け、巨木となった馬酔木の迷路の先にあったこの光景は突如と現れ、虚無感として私を襲った。無念渦巻く中で朽ち果て、倒れていく姿は、慈悲なく淡々と執行される自然のルールがいかに非情であるのだと痛感させた。そうか・・”自分たちもそのルールの中で生きているんだ”と思うと、グーっと体が引き締まり、広い大地にぽつんと一人で立つ自分の姿が頭に映し出された。これはきっと、自然が人の驕りを私に突き付けたのかもしれない。そして、強い風が吹き、寒さに体を包まれれば、気が引き締まり、残るのは”生きている”という実感だけだった。確かに地に足を付けそこに立っている事実は、確かに私はここに在るのだと、当たり前の事が大きな幸せとなり心から溢れた。そして目を開き広がる光景は、色づく馬酔木に埋もれて眠るブナの残骸だったのだ。


掲載写真 題名:「非情な運命」
撮影地:手引頭付近カメラ:Canon EOS 5DS R EF24-105mm f/4 IS USM撮影データ:焦点距離24mm F5.6 SS 1/500sec ISO400 WB太陽光 モードAV日付:2016年5月10日PM3:00


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