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第18回:『アポロ13』(1995)

普段何気なく受け入れているけれど、よくよく考えてみると「ん?」と首をひねってしまう表現がある。

たとえば、スポーツの試合のときにアナウンサーがいう「負けられない戦い」。基本的に戦いは勝つためにするのであって、負けていい戦いはそもそもあるのだろうかと。ほかにも「忘れられた記憶」とか。忘れているのならそれは記憶と呼べないのでは?と思ってしまう自分がいる(「忘れられた記録」ならいざしらず)。


当たり前にそれを受け止めて理解しているように見えるけれど、以外と身の回りには不思議な表現は溢れている。だから、初めて「Successful Failure(成功した失敗)」という表現を目にしたときは、その意味を理解できなかった。


映画:『アポロ13』

「Successful Failure」を直訳すると「成功した失敗」。意味をみるといったい何のことやらと思うが、この言葉は月を目指した「アポロ13号」の事故を表現している。


アポロ13号は、1970年4月に行われたアポロ計画の月面探査飛行のこと。乗組員はジム・ラヴェル(トム・ハンクス)、フレッド・ヘイズ(ビル・パクストン)、そしてジャック・スワイカート(ゲイリー・シニーズ)の3人で、約5ヶ月前のアポロ12号に続いて13号も月面へ着陸し、月の石のサンプルを持ち帰る計画だった。

そんなアポロ13号だが、地球から32万キロ離れ、月までは6万キロという地点で事故が発生してしまいミッションは中止されてしまう。映画『アポロ13』は、そのような絶体絶命の状況から地球への帰還を果たしたアポロ13号を、宇宙に漂う宇宙船と地上の管制センターの両方から描いています。変に観客を煽るような演出もなく淡々と事態が進んでいくさまは、見ているこちらにも緊張感が伝わってくるようでとても良かった。

思えば、この映画を初めてみたのは大学に入りたての頃だった。当時、仲の良かった人と大学の図書館の視聴覚室でみたのだが(なんで見ようとなったのかは覚えていない)、内容の面白さにのめり込んでしまい、気が付いたら僕一人だけ取り残されていたことを覚えている。色んな意味で思い出深い作品でもある。



ミッションを統括する、主席管制官ジーン・グランツ

話が横道にそれてしまったけど、この映画で気に入っているのは地上でアポロ13号の帰還を支えるフライトディレクター(主席管制官)のジーン・クランツという男の存在だ。彼は地上から宇宙船に対し、実際的な指示を出す。アポロ13号の事故は、酸素タンクの破裂によって引き起こされ「1.電力消失(電圧低下)」「2.酸素消失(気圧低下)」「3.姿勢の不制御」そして「4.アンテナの異変」とまさに四重にもわたって事故が生じたのだが、そのときもジーン・クランツをはじめとする管制センターの人間たちが不眠不休で帰還ミッションをやり遂げた。彼はいわば「陰の立役者的存在」なのだ。


今回はその活躍ぶりを示すエピソードをいくつか紹介したい。まずは事故が起きた直後、アポロ13号から管制室へ交信があった。

“Hey we’ve got a problem”(事故が起きた)
“Hey, Uh This is Houston.Uh say again, please?”(こちらヒューストン、もう一度どうぞ?)
“Houston, we have a problem.”(ヒューストン、事故が起きた)

映画『アポロ13』

宇宙飛行士は通常、どんな事態にも対処できるように何百時間もかけてシミュレーションを行っている。だからアポロ13号の乗組員も「電力消失」の訓練は実施済みだったが、四重の事故なんて想定すらしていなかった。「想定しうるあらゆる事故」の範疇を超えた「想定外の事故」が実際に起きてしまったのだ。

だが、そんななかでもジーン・クランツは冷静だ。事故の状況がつかめずパニックになりかける管制センターの面々に対しこう答える。

“One at a time, people. One at a time, One at a time.”(一人ずつ頼む、みんな。一人ずつ、一人ずつ)
“EECOM, is this an instrumentation problem, or are we looking at real power loss here?”(環境班、起きている問題は計測器の故障か、それとも実際の電力消失かどちらだ?)

映画『アポロ13』

何が起きているのかを確かめるジーン・クランツ。宇宙船からの交信から事態は予想より悪いことが分かると、続けてこう話す。

“Okay, listen up.Quiet down, people. Quiet down, Quiet down! Let’s stay cool, people”(OK、聞いてくれ。みんな落ち着いてくれ)
“Procedures, I need another computer up in the R.T.C.C I want everybody to alert your support teams. Wake up anybody you need. Get them in here.(もう1台のコンピュータを用意。サポートメンバーもここに集めてくれ)
Let’s work problem, people. Let’s not make things worse by guessin”(みんなで問題にあたろう。ただ、当て推量で事態を悪化させないように)

映画『アポロ13』

人は危機敵状況に陥ると想定外のことに理解が追いつかずパニックになることがある。だからこそジーンは、チームメイトを落ち着かせ、体制を整える。状況把握のために。


しかし、初動対応で体制を整えるも状況は悪化を続ける。ジーン・クランツは部下の提案に一縷の望みを託し受け入れるも効果は出ず。

もはや月面着陸はおろか乗組員の生存すら危ぶまれる状況。いったいどうすればいいのか。チームメイトたちで計画を練るも前例がないし、事故の状況だってすべてを把握しているわけではない。いくつか案が出るものの、技術者からは「そんな用途には設計していない」と一言。

まとまらない状況のなか、ジーンは語る。

“Unfortunately, we’re not landing on the moon, are we?”(不運にも我々は月に降り立つことはできなくなった)
“I don’t care what everything was designed to do. I care about what it can do.”(当初の目的、計画なんてどうでもいい。何に使えるか、だ)

映画『アポロ13』

すべての選択肢がテーブルにあり、それぞれのメリット・デメリットが開示されていれば、選択することは容易だろう。しかし、実際にそんな状況がやってくることなんてほとんどない。時間も限られている。そのなかでいちばん可能性がある方法は何か。緊急事態でも冷静さを忘れずに、「帰還」という目的達成に向けて考えるようジーン・クランツは指示を出す。

これは何も宇宙における事故だけの話じゃない。普段の生活や仕事でも置き換えられると思う。当初見込んでいた予定と全然違ったり、思うように事が運ばなかったり。僕自身、想定外の事態に弱く、ときにパニックになりかけることがあるから耳が痛いのだけれど、物事を前に進めようとするなら、持てる力を使って方法を考えるしかないのだと思わされる。


その後アポロ13号は管制室からの「計画」に沿って月軌道に乗って月を1周し、自由帰還軌道へ移り地球を目指した。その間、地上では計画の手順を何度もシミュレーションし完璧なチェックリストをその場でつくっていた。このときを振り返ってジーンクランツは、別のドキュメンタリー映画『Mission Control: The Unsung Heroes of Apollo』でこう話す。

あの48時間で大切だったのは、一致団結することだった。宇宙飛行士は自分で問題を解決できない。彼らを無事に帰還させることを第一に考えた。

映画『Mission Control: The Unsung Heroes of Apollo(邦題:アポロ管制センターの英雄たち)』

予想しえない事故、シミュレーション不足。

発射2日前の乗組員交代、整備不良。


誰が悪い、何が悪いと思ってしまいそうな状況のなかでも、あらゆる可能性から、いちばんマトモそうな方法を探り出す。チームワークというと陳腐でありきたりな響きを持つけれど、お互いに力を合わせるしか状況を打開する方法は無いのかもしれない。


そして大気圏突入後の「運命の3分間」を経て、彼らは地球への帰還を果たす。確かに月面着陸というミッションは「失敗」に終わったかもしれないが、前例もマニュアルも、わかりやすい解決策もないなかで地球へ帰還できたことはまさに、「Successful Failure(成功した失敗)」と言えるだろう。


Respect your teammates

人間、できることは限られている。僕にしたって凹凸がかなりあると思っているし、これを読んでいるあなたにしてもそう。それぞれかけがえのない特徴があるはず。だからこそ、お互いの凹凸が噛み合うようなチームになっていければ良いと思うんだけど、どうだろう?


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