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第20回:『メッセージ』(2016)

もし、未来に起きることが手に取るように分かるとしたら。そのときあなたは、与えられた未来に沿って生きるだろうか。それとも、未来を変えるべく何かしらの行動を起こすだろうか。


映画:『メッセージ』(2016)

つい最近、『メッセージ(原題:Arrival)』という映画を見た。テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』が原作で、公開当時はポスターに描かれている宇宙船が某製菓メーカーのスナック菓子に似ているとして結構話題になった作品です。

僕はもともとSFやファンタジー小説が好きで原作も読んでいたのだけれど、当時は映画を見る気が起きなくて(某スナック菓子のせいではなく)。今回ようやく映画を見てうーん、と唸ってしまった。本当に面白ったから。

原作の持っていた説明くさい部分なんかがところどころカットされていて、全体としてはスムーズに、内容も理解しやすく作られていた。もちろん、原作のカットされた部分が無い状態だと理解しにくい部分はいくつかあるのだけれど。おおむねキレイにまとまっていたんじゃないかと思う。


しかしそれにしても、「時間の概念」をモチーフにした映画は、枚挙にいとまがない。最近だと『アバウト・タイム』『テネット』なんかが良い例で、それより昔だと『マイノリティ・レポート』『バタフライ・エフェクト』なんかもありますね。ただ、これら作品の多くが自分が過去や未来に行って現実を変えるという、どちらかというと「現在視点」「自分視点」の話なんだけれど、映画『メッセージ』では現在を変えようとはしない。むしろ大宇宙という「大きなシステム」を秩序正しく運営させるために、進んで現実を受け入れる。未来に何が起きるかを分かっていながら、そしてそれが辛く、悲しい出来事を引き起こすと知りながら。この部分に、これまでの作品とは違う要素があるのだと思います。


決定論と自由意志の狭間で

決定論と自由意志という考え方がある。

決定論は、すべての出来事はそれが生じる以前からすでに生じることが決定されているという考えで、自由意志は、出来事の決定は因果律によってではなく「自分の意志」で決定しているという考え方のこと。

時間の概念を例にすると、僕らは因果応報という言葉があるように、一般的には原因(過去)に対して自分の意志による選択(現在)を行ったことで結果(未来)が生まれるという、段階的で一方通行な流れによって時間を理解している。が、決定論の世界では、過去も現在も未来もすべてそれが生じる以前から決まっており、自分の意志による選択も何も存在していないと考える。例えば、自由意志をエンピツで描いた1本の線とするなら、決定論はそれを書くためのペーパーのようなものと言える。エンピツ目線では、1本の線に始点と終点が刻まれているが、紙目線では、始点がどこで終点がどこであろうともそれは単なる1本のエンピツの線でしかない。始まりも終わりも線の中に同時的に存在している。


映画『メッセージ』は、この同時論的認識を一人の登場人物に投げかけることで作品が成り立っています。その相手とは、言語学研究者のルイーズ・バンクス。彼女は宇宙から飛来したヘプタポッドと呼ばれる7本脚の生物が発するメッセージを解読するため、物理学者のイアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)と一緒に軍の特別任務に参加するのだが、その前後あたりからルイーズの頭には、ある子どもが生まれてから衰弱し、亡くなるまでの回想シーンが付いて回る。かなり鮮明で、詳細な部分までくっきりと。しかし、ルイーズにはなぜそれが見えているかが分からない。何しろ、その時点では、子どもはおろか、結婚すらしていないのだから。一体彼女は誰のイメージを見ているのだろうか。

実はこれこそ、ヘプタポッドが見ている世界認識の姿なのだ。ヘプタポッドの世界、物理学的空間では、人間のような過去から現在に続く時間の流れではなく、過去も未来全てが同時に発生している「同時論的認識」を持っている。これから起こる未来も、これまでに起きた過去も全て同時に。あるのは、始まりと終わりという2つの時点だけであり、その間を結ぶ経路においては過去も未来の存在しない。だから面白いことに、ヘプタポッドは人間が簡単に解釈できる「速度」のような因果律をもとにした概念が理解できていない。確かに、彼らは時間という概念を持っていないのだから、距離を時間で割るというそもそものことができないのだ。小学校3年生が理解できる「みはじの法則」が理解できない異星人。なかなかのものですね。


作中でルイーズは、ヘプタポッドのメッセージを解読するうちに世界認識が段々と因果律的から同時論的へと移行し、これから先に起こる未来をイメージできるようになっている。つまり、ルイーズが見ていたその子どもというのは、実は、彼女が将来生むであろう自分の娘なのだ。娘が生まれてから衰弱し、亡くなるまでの回想シーンというのは、過去に起きた出来事ではなく
、これから先に待ち受ける未来の現実を示していたのだ。そして物語は一気に加速し、ラストシーンへと……。



ヘプタポッドが地球を離れ、特別チームも解散というとき、全てを悟ったルイーズは、イアンのプロポーズを遠い目をしながら受け入れる。この先、自分たちに娘が生まれると知りながら。その娘が病気で満足に生きられないと知りながら。そしてイアンとも結局は破局してしまうと知りながら。

ルイーズ:"I forgot how good it felt to be held by you.(この安らぎを忘れていたわ)"

イアン:"You wanna make a baby?(子どもを作らないか?)"

ルイーズ:"Yes Yeah.(ええ、そうね)"


ここでもう一度、冒頭の質問を投げかけてみる。

もし、未来に起きることが手に取るように分かるとしたら。そのときあなたは、与えられた未来に沿って生きるだろうか。それとも、未来を変えるべく何かしらの行動を起こすだろうか。

あなたなら、僕なら……。


あなたの見る夢は、どんな言葉で?

というわけで、この『メッセージ』は久しぶりに面白く楽しめた映画だった。最後に、僕がこの映画を見てとても心に残った1シーンがあるので、それを引用したいと思う。

イアン:“How you feeling?(気分は?)”

ルイーズ:“I need some sleep, but I’m fine(寝不足だけど それだけ)”

イアン:“Yeah. You know, I was doing some reading about this idea that if you immerse yourself into a foreign language, that you can actually rewire your brain.(ある論文を読んでみた、外国語を学ぶと考え方が変わるって)”

ルイーズ:“Yeah, the Sapir-Whorf Hypothesis.The theory that… It’s the theory that the language you speak determines how you think and..(サピア=ウォーフの仮説ね、つまり”思考は話す言語で形成される”と)”

イアン;“Yeah, It affects how you see everything. It was… I’m curious, are you dreaming in their language?(物の見方にも影響してくる。君は彼らの言語で夢を見る?)”

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