要塞として。修道院として。
Day7
船はゴリツィという街へ向かっていた。ベロエ湖を越えてシェクスニンスコエ・ヴォドフラニリシェという河を進んでいく。8時ごろ朝食を取る頃に船はゴリツィに着いた。小雨のゴリツィに降り立つ。
この日の夜はカーニバル!ということでスタッフや子供達は忙しなかった。
ゴリツィはヴォログダ州キリロフスキー地区にある村。
船を降りたらすぐ露店ロードだった。
厚いダイナミックな雲の下、バスに乗りツアーの目的地へ向かう。距離にして8キロほど。
ついたのはキリロ・ベロゼルスキー修道院。
16世紀から続くロシア最大の修道院なのだという。
正面のゲート
もとい第一城壁。
白樺の並木を抜けていく。
銅板の屋根
あまりにも広大すぎる敷地をこの時点で予想させる広さ。
第二城門と第二城壁
秋の雰囲気と朽ちた城門が良い味を出している。
城門の内側には信者達が集まる聖堂が建ち並ぶ。
この時点で雨が止み始めて、すこし青空が見えてきた。
向こうに行ってみたい。
秋の色と白い壁がこの修道院の重厚さを醸し出す。
ロシアの民俗資料館みたいなところが境内にあり、いかにもロシアな資料が並んでいた。写真を撮り忘れたけど痩せたロシア人のおばあちゃんが、民族楽器を奏でていた。多分音からしてオカリナだとは思うが、熊の形鳥の形などいろんな形をしていて、自分用のお土産にほしいなと思ったけど、そのままその部屋をあとにした。
「でもやっぱりあれほしい」という思いが脳裏から離れなくて、結局オカリナを買った。
城壁の小さなゲートを抜けるとオゼロ・シヴェルスコエ湖を望む湖畔へ出る。
こっちは二重じゃ無いんだと思ったが、たしかにこれだけの湖があれば城壁はいらないよなぁと思う。
ガイドの声が遠いのとロシア語だったせいで、この修道院の情報がさっぱり入ってこず、Googleさんを頼った観光になってしまっていた。ツアーの意味がない。
wikipediaにもに日本語の情報が無く、翻訳やらで探し回ったと情報によると、この修道院は先ほど書いたように、キリスト教カトリックと比肩するほどの信者数を持つロシア正教最大の修道院であると同時に、そのサイズからクレムリ(要塞)として機能してきたという。最初の建立は1437年。常時700人ほどがこの修道院に住んでおり、250人ほどが修道士で残りのほとんどは兵士と職人だったという。要塞でありながら各時代の戦火にのまれることも無く、旧ソ連のマルクス主義無神教論から来る弾圧の対象になるまでほぼ無傷で続いてきた。最大の修道院であるせいかソ連の政権下にあっても細々と続いておりそれが現在までつながっている。現在も10人程度の人数の修道士が住んでいる。ロシア正教の本拠地としてはもはや使われておらず、歴史施設として観光客に公開するばかりになっている。
というのをこの湖に入った時点でインプットし、再度またツアーについて行った。分からないツアーについて行くぐらいなら自分で自由に行動したい…。
アーチがかわいい。色味がロシアンなパステルカラーの壁。
この入り組んだ感じの白い建物。段差の密度が良かった
あっちのほうも行ってみたかった。
先ほどの聖堂の所にもどったら、ちょうどビサをやっているらしく中に入れさせてもらう。シャッター音がだめらしいので、サイレントシャッターのあるミラーレスで良かったと思う瞬間だった。響き渡る祝詞とロシア正教ならではの密集した絵が、カトリックには無い重厚さを生み出していた。ここでこの修道院のツアーは終わりらしい。船の時間までしばらくあるというので、出口までの案内とお土産屋さんを紹介してもらうことになった。
ここで会社へのお土産を購入してバスに乗り込む。
バスの停まっていたそばにはAK47の木彫りがおいてあり、実物の銃よりも高いんじゃないかと思うお値段だった。
馬が放牧されているゴリツィの村を通り抜けて、再び船に乗り込んだ。
向こうにある教会らしき建物も行ってみたかった。
13時頃船はゴリツィを発ちモスクワ近郊のヴォルガ川へ向かう。ゴリツィの村からは村人達が船に向かって手を振ってくれていた。
途中ある名も無い湖では雲の境目から眩しい光が差し込み、ロシア人の方々は日光浴をしにデッキに出ていた。
この日がロシアで見た最後の昼の晴れ間で、夕焼けを除いてここからずっと日本に帰る途中のドーハまで太陽光を見ることが無かった。
この夜やんややんやのカーニバル!
私たちは即席でカオナシに化けてみた。
子供達が船で準備してきた余興や、大人たちのおふざけをみんなで見ながら夜は更けていく。
カーニバルが終わると、11時ごろ、後から知ったカニバリ(共食い)という意味でのカーニバルというタイトルのプログラムがあり、カーニバルの続きかと思って上映室に行くと、人がまばらだった。何かがおかしいと思いながら主催の方の話を聞くと、ここから上映するのは審査するには、はばかられる作品たちなのだという。
いざ上映されてみれば、エグい、放送禁止レベルの作品が流れてきて、たしかにこれは子供に見せちゃダメだ。子供がいないのもうなずける内容だった。申し訳ないけど途中退席させてもらおうとすると後ろのドアの鍵が閉まっていた。主催者の計らいなのだと思うんだけど、苦笑いしながら若いお兄さんが開けてくれた。
アレが夢に出てこないことを願いながら床についた。
船はヴォルガ川を目指して真っ暗な闇の元進んでいく。翌日にはモスクワのある州に入り近郊の科学都市へ。
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