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素晴らしき「私」へ祝福を


昨日、知り合いが企画する「ゆるゆる整体セラピー」というイベントにお客さんとして参加してきました。

個人的に6月は「整理整頓」「メンテナンス」「飛躍のための準備」
の1ヶ月だと思っていて、そのメンテナンスとしてお願いしてきました。

主催兼施術者のお二人は以前サイキック整体を受けていただいていて、ありがたいことにその時の施術をキッカケに今回のイベントに繋がったということでした。

多くの縁と運が綺麗に繋がりこうしてこの文章を書かせていただいていますが、僕自身もあまり実感がないのが正直なところです。

施術において大切にしていることはたくさんあるのですが、なんというか、
「わかるよ、そうするしかなかったことってあるよね」というのをいかに嫌味なく、自然に、浸透させるかが鍵だと思ってます。

みんなそれぞれ得意なことというか、好きなことがあります。
でも生まれてから今日に至るまでの間で、経験や人間関係などの諸々の「添加物」が付着することでどんどんわかんなくなっていく。

空っぽだった箱の中に年齢を重ねるごとに色々なものが入っていって、最初に何が入っていたのかを忘れる。

それらを思い出すために「内観」だったり「自分探し」という形で各々のタイミングで探し始めるんです。

時にはそれが痛みであったり、別れであったり。
気づいてもらうための「優しさ」であるはずなのに、その時の経験が暗い影を落としてしまうことも多くあります。

ただ自分が「好き」だったり「楽しい」と思うことをやるだけなのに、どうしてこんなに大変だと感じてしまうんでしょうね。

それだけ現実的な「経験」というのは密度が高く、質量のあるものなんだろうなって思います。

どれだけイメージしても、宇宙に投げても、それらを受け取って行動していくのはこの「肉体」から始めないといけない。

この前提が多くの人の「枷」になっているから、みんな「軽くなりたい」「早く繋がりたい」と言うのかなと思います。

僕も最近までそうでした。
全部丸投げして、おまかせしてれば楽だよねって。

でもそれだと、依存する先が目に見えないところになっただけで僕自身何も変わってないのではと自分に腹が立つようになったんです。

自分という軸があって、その上で活用させてもらう。
きっと向こうにも「応援したい」かどうかあると思うから、この世界のルールを知り、構造や仕組みを把握してなお、地道にコツコツ進んでいく姿を見せることが一番かっこいいなって思うようになりました。

だって、施術を受けにきてくれる人は皆「なんとかしたい」という想いがとてもあって、この世界でらしく生きたいという熱を感じるから。

それならまず僕自身が、誰よりも何よりも自分に対して誠実になって、地道に積み重ねることを軸とする人間になれば、きっと伝わりやすいだろうと。

当然やりたいからやってます。
僕はとにかく知りたい、自分のことが。
どこまでもどこまでも突き抜けていきたい。

この世界は意外と悪いもんじゃないぞっていうのを「施術」を通して感じてもらいたい。

技術や知識もそうだけど「在り方」です。
どんな言葉を使って、どんな行動をするのか。
施術時だけでなくやり取りを始めたその瞬間から施術は始まってると思ってます。

言ってしまえば、出会う前、今この瞬間からいつ出会ってもいいように楽しみながら準備をしています。

だから安心して受けにきてください。
そりゃあ未熟なところはたくさんありますが、それでも「今の最高到達点」を余すことなく伝えるだけの準備はしてると自負してます。

人生を使ってこの施術というものと向き合い、僕以上に自分の人生に向き合っているみなさんに遅れを取らぬよう、どこまでも突き抜けていきたいとガチで思ってます。

なんかそういう生き方ってかっこいいなって思うから。

施術をキッカケで行動することができたという話をたくさんもらいます。
人を救ったり変えることはできない、キッカケを与えるくらいが関の山だと本当に思ってました。

でもこうしてコメントをもらえたことで自分がやってることの価値を再考しないといけないなって思います。

ただ、決断したのはみんなだし、そこから形になるまでの試行錯誤もみんなが自分でやった結果今があるんです。

そこは本当にすごいと思うし、かっこいいと思います。

変わるってとても勇気のいることだから。
人生の主役はみんなそれぞれで、各人生の主役同士が手を取り合い、らしく生きていく過程を表現し合える人生。


うん、やっぱりこの世界はいうほど悪くないんじゃないかなって思います。

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