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【読書録32】経営者の能力は、挫折とジャッジの回数で鍛えられる~永守重信「永守流 経営とお金の原則」を読んで~

 創業から50年、一代で日本電産を売上高1兆8千億円(2021年度)を超えるグループとした著者による「経営とお金の原則」。

 2030年には、売上高10兆円を目指すという目標を聞くととイケイケドンドンという気もするが、意外にも、「緻密で揺るぎのない財務の戦略、原則があってこそ、企業は成長でき、お金まわりの戦略をおろそかにしては、とても成功はおぼつかない。」と言う。 

 創業者社長ならではの自身の体験から会得した経営とお金の原則は、具体的かつ実践的であり、心に響く格言が多い。

自分なりの原則、戦略をつくれ

 創業時から、連鎖倒産の危機など様々な苦労を乗り越える中で、教訓を導き出し、自分なりの原則を決めていく。そして、その原則を外れたことをやると、必ず不具合が生じ失敗に繋がるという。

 本書でも、取引先の選び方や金融機関との付き合い方、投資の原則など著者が、自らの体験から原則化したことが様々取り上げられている。

 著者自身が言うように、なかなかこういった生きた原則は、経営の教科書や財務の教科書に出てこない。本書の他書にない大きな特徴であり、ベンチャー企業の経営者は必読である

そして、これから起業する若者向けのメッセージも素晴らしい。

会社を興してからすべてが順調に進むと、といったことは決してない。最初は多くの失敗や挫折があるだろう。しかし努力した分だけ、リターンがある。経営者の能力は挫折とジャッジの回数によって鍛えられる

 数多くのM&Aでも失敗しないという著者の背景には、それまでの起業してかの挫折とジャッジの回数に裏打ちされていることも要因であろう。

 そして何よりも、経験から学び、法則化・原則化する姿勢というのが成功要因なのだろうと思う。

経営は夢とロマンと「怖がり」 

 会社が破綻すれば、ともに働く人とその家族は路頭に迷いかねず、融資してくれた金融機関、部品を納入してくれた取引先などにも多大な迷惑をかける。何より経営者として企業を成長させたいという夢はついえてしまう。
「会社をつぶさないためにはどうすればよいか」創業して以来、私はこのことを常に念頭に置きながら経営してきた。
 会社がつぶれるのが怖いからこそ、事前に徹底的に調査し、最悪の事態に対応できる備えをする。そして財務の足元をしっかり固め、簡単には危機に陥らない土台があるからこそ、将来に向けた成長戦略が打て、飛躍できるのである。

 著者は、財務の知識やお金に対する感覚を、会社が倒産しかけたときに学んでいったという。それを一つひとつ経営の原則にしていったという。

 この会社がつぶれると言う感覚や、資金繰りの恐怖の感覚というのは、中小企業診断士としても一人の会社員としても持ち合わせたいところである。

破綻した企業をみて、財務への無頓着が破綻を招いたと言う。

今はかつてないほど変化の激しい時代である。「まさか」という事態は、どんな大企業にも一流企業にも起こりうる。数字を常に把握し、いざというときにキャッシュ(現金)をどう確保するかといった最悪の事態への対処法を日頃から想定し、原則を定めておくことが欠かせない。 

バランスシートは会社の顔

バランスシートは、これまでの事業活動の結果であり、企業の顔と言えるものだ。企業経営者たるもの自分の会社の顔に責任を持たなければならない。

 現預金や借入金の額、すぐに現金化できない売掛金や在庫は無いか、また投資の結果、バランスシートがどう変わるかなど、バランスシートを頭に叩き込み、またそのメカニズムを瞬間的に判断できることの重要性を語る。

 そして何よりもキャッシュの重要性を語る。

「最後にカギを握るのがキャッシュ(現金)」というのが財務の原則である。キャッシュがつぶれるから企業はつぶれる。極端に言えば、どんなに多額の赤字を出していたとしても、キャッシュに余裕があるなら絶対つぶれない。

「赤字は罪」、成功を導く永守3大経営手法 

企業にとって、「利益」の持つ意味は?著者はこう語る。

多くの人が働き、金融機関にもお金をだしてもらって事業を行う。株主もいる。それでありながら利益が出せずに税金も払わないというのは許されない。利益をあげることによってキャッシュを得られ、それを使って新たな設備投資や研究開発ができるようになる。人材の採用や賃金増などで人への投資も可能になる。それによって売り上げが伸び、さらに利益が増える。

そして、永守3大経営手法として以下の3つを紹介する。

➀井戸掘り経営 
 経営改善のアイデアは、井戸と同様、枯れることはない。
➁家計簿経営
 家計同様、収入減るときにそれに合わせて費用も抑える。 
 おかずを1品減らすとか、晩酌を減らすように。
③千切経営
 人間の知恵は無限大。経営上の大きな問題に直面するとびっくりするが、
 小さくして考えれば解決できる。

 ➀は、創意工夫を如何にするか、➁は、マーケットで決まる売値や収入に合わせて、どのように身の丈を合わせていくか、③は、問題を細かく分けて各々解決していくということ。いずれも汎用性のある経営原則となっているが、著者ならではの誰にでもわかるメッセージ性のある言葉であり、腹落ちしやすい。

すべてをオープンにする心がけ 

 金融機関には、数字を駆使して自分の言葉で語る。そして、「借りにくいところから借りる」というのは、目からうろこであった。

借りにくいところほどコスト、つまり金利が安い。
借りにくいところからお金を借りるには、きちんと相手を説得する材料が不可欠である。「今お金を貸せば将来、大変な収益になる」と納得してもらわなければならない。

 著者の経営者としての素晴らしさは、金融機関や株主との接し方で、すべてオープンにするという心がけを上げている点である。

 ついつい不都合な点は隠したくなるが、それを覆い隠さず説明するからこそ信頼が生まれ、また経営者としても鍛えられるという。

 株主総会をピーク日から外し、株主は出席しやすくし、代表取締役社長が自分の言葉で、質問がで終わるまで答え切るという姿勢は上場企業の社長として鏡である。

できるだけ長期の視点を持ち、企業としてのこれからの成長ストーリーを発信していけるか。
もちろん数字も交えて説得力を持たせる必要がある。こうした発信力が市場価値を大きく左右するといってよい。

上場により、メリットがある一方で、責任が重くなるなどのデメリットもある。もちろん責任が重くなるからといって、ひるむ必要はない。そうした厳しい規律の中でこそ、強い経営体質が鍛えられるのである、経営者にとって大切なのはより厳しい規律、より厳しい会計基準などを求めていく気概であろう。

取引先の原則

 3度の不渡りからの教訓というのが、面白かった。著者は、3度の不渡りの経験から、日本を代表する優良企業とのみ取引するということと、1社の取引先のシェアは2割以下という原則を決める。その決定によって一流と呼ばれる取引先の要望に答えることにより自社もレベルアップしたという。

 売れば良いものではないという感覚は、なかなか大企業の中では養えない感覚である。

人間でも企業でも痛い目にあわなければ思い切った転換ができないものだ。逆境に立たされたとき、それをチャンスにできるか否かは、まさに経営者の決断と、それを果敢に実践していく行動力にかかっている。
こうした失敗と精進を経て、現在のわが社を支える経営の原則や財務戦略が作り上げられてきた。

欠かせない「朝勝ち」の体質 

 著者は、創業間もないころ、有名な経営コンサルタントの方から診断をうけた際、最初に社員の出社時間を調べ、「あなたの会社のように朝の速い会社は、何か問題があっても必ず解決できるパワーがある」と言われたエピソードを紹介する。

何事も先手必勝である。特に朝のスタートが早く「朝勝ち」ができるかどうかは、会社の競争力、信用力を左右すると私は考えている。 

 取引先の状況を調べる際にも、社長の出社時間を考慮するなどしているという。

 この「朝勝ち」の体質というのは、本当にそうだと思う。個人でもこの毎日のスタートダッシュというのは、本当に大きい。

チャレンジと財務バランス

 ベンチャーが成長する過程においてチャレンジは必要であろう。チャレンジと財務バランスをどう両立するか?著者は経験から核となる原則を作っておく必要があるという。

リスクテイクと投機を見極める
大規模な投資が経営に致命的な打撃にならないようにしっかりと原則を決めておく。経営にリスクはつきものである、成長にむけて必要なリスクはとる。
ただし、最悪の事態になった場合は、どれくらいの損失になるのか、財務にはどのくらい影響が出るのか、それらをきちんと事前に計算し、把握しておく。その上でリスクテイクをする。

財務改善の道筋を示しておく
銀行との取引関係に気を使いすぎてチャレンジしなければ、もはやベンチャー企業とは呼べない。成長するために変化していくベンチャーと変化に不安を覚える銀行。
この関係を埋めていくのは、きちんと説明できる係数的な管理、説明できる根拠であり、それを経営者は熱意をもって伝えていくこと

足元悲観、将来楽観
私は、創業以来ずっと「足元悲観、将来楽観」という考え方を基本にしてきた。これはこのままだったら危ない。えらいことになるぞと今を悲観している限り将来は明るいという考え方だ。「今は調子がいいからこのままで行こう」と思っていたら、決して明るい未来は訪れないだろう。

 この「足元悲観、将来楽観」と言う考えは健全な危機意識とも言い換えられよう。失われた30年とも言われる日本全体にも必要な考え方である。

最後に

 今回取り上げたこと以外でも本書は、著者の経験に基づく格言に満ちている。本書からの何よりの学びは、著者の経験からの学びを原則化して活かす姿勢、金融機関や株主などへのオープンな接し方、ホラとも言える大きなビジョンとその裏腹のしっかりとした財務戦略であろう。

 著者の血と汗を感じられる良い本を読むことができた。

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