片羽の鳳凰は青藍の空を恋う 第8話


 どれくらいの時間、どれくらいの距離を飛んで来たのか、わからない。
 ついに力尽きた皓皓コウコウは、それでもランをしっかりと地面に送り届けるまで、決して変化を解かなかった。
 
「こ、うこう……?」
 
 皓皓の肩に巻かれた包帯が激しくなってきた雨に濡れて、赤い色を滲ませている。
 
 血、だ。
 血が流れ続けたら、死んでしまう。
 母のように。スウのように?
 
(また俺のせいで誰かが不幸になる)
 
 嫌だ。嫌だ。嫌だ!
 
「これはまた、珍しい客人だな」
 
 突然現れたその人は、雨に濡れるのもいとわずに、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
 
「火の神の『しろ』だね?」
 
 雨の中持ち上げた藍の顔は、酷い有様だったに違いない。
 
「ようこそ。『風之国かぜのくに』へ」
 
 
 
 唇に冷たい物が触れ、皓皓は目を覚ました。
 全ての感覚が鈍い。視界は白いもやに塞がれて何も見えず、物音は遠い。
 体に至っては指一本持ち上げる気力が起きず、まるで自分のものではないようだ。
 右肩から胸にかけてがとくに痺れており、不快ではあるが、何がどうしてなのかは判然としない。
 
 それでも身体は意識より正直なようで、喉が潤いを欲し、唇に押し当てられた濡れた布を噛んだ。
 
「おう。起きたか」
 
 どうやら皓皓が渇ききってしまわないように、誰かがそうして水を与えてくれていたらしい。
 喉が僅かな水を嚥下すると、今度は布の代わりに椀があてがわれる。
 
「ゆっくり飲みなさい。慌てたらいかん。ゆっくりだ」
 
 そっと流し込まれる冷たい水を、こくり、こくり、と飲み込む毎に、意識と身体の感覚が鮮明になっていく。
 一杯分全てを飲み干す頃には、皓皓が水を飲みやすいように上体を抱え、椀を支えてくれている相手の顔を認識出来るまでに、視覚も戻っていた。
 
「気分はどうだ?」
 
 そうして皓皓に水を飲ませてくれていたのは、見知らぬ壮年の男だった。
 乱雑に伸びた髪をくくりもせず、口元には無精髭が浮いている。
 
 体勢を正そうとして腹に力を入れた瞬間、右肩が激しく痛んだ。
 感覚が戻ったことで、痺れが痛みであることを、体が思い出してしまったのだろう。
 
「良いわけないわなぁ。その怪我で気分が良かったら、その方が心配だって話さね」
「怪我……」
 
 首を巡らせて自分の右肩を見る。はだけられた着物の代わりに、包帯が巻かれていた。
 そうだ。怪我をしたのだ。弓で射られて。
 思い出した途端、前後の記憶が一気に蘇る。
 
 倒れた芻。
 刃から滴る血と、閃く着物の袖の、赤。
 広がる金の髪。
 慟哭。
 芻の名前を叫ぶ声。
 放たれた矢が突き刺さる感覚。
 慌ただしい跫音あしおと
 小翡ショウヒ小翠ショウスイ、双子の必死な表情。
 
 肩の傷より余程酷い痛みに胸を突かれ、皓皓は声にならない叫びを上げた。
 
「落ち着きなさい」
 
 胸を押さえて丸めた背中を、男が撫でる。
 
「それはもう過去のことだ。一つのつらい出来事のために、何度も同じ痛みを味わう必要はない」
 
 ゆっくりと背中を上下する大きな手の温もりに、身体の強張こわばりが解け、詰めた息が吐き出された。
 
 どうやらここは洞窟の中らしい。
 土壁に覆われたほらは狭く、首を振れば全体が見通せる程度だったが、その中に求める姿が見当たらない。
 不安がぎる。
 
ランは? 藍は無事ですか?」
「焦るな。連れの兄さんなら、今水を汲みに行ってくれている。怪我はしとらんよ」
「……藍」
 
 その名前を口にすると、胸の痛みは悲しみに形を変え、熱いものが込み上げてくる。
 固く目を瞑って涙をやり過ごした。
 
 どうにか気を落ち着けてから再び目を開け、今度は自分の置かれている状況を把握するために洞窟内を見回してみる。
 男の陰で焚き火が揺れ、更にその向こう、出口の穴には風除けの布が吊り下げてあった。
 皓皓が身に付けていた少ない荷物は、手を伸ばせば届く所に纏めてある。
 
 男が焚き火に向かい、木の枝を組んだ三脚台に引っ掛けられた鍋の中に、何かの草を千切って放り込む。良く知る匂いが広がった。
 
「ああ、すまん。おまえさんの薬草、勝手に使わせてもらったぞ。手持ちが足りなかったんでな」
 
 皓皓の視線を受け、男が言う。
 
「あなたが助けてくれたんですか? 怪我の手当ても?」
「うむ。どうも近頃、国境の辺りの風がきな臭くてな。嗅ぎ回っていたら、丁度其処に鳥さんたちが落ちてきたんだ。これも風の導きだろうて」
「それは……ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」
「名乗るほどの者でもないが、チノと呼ばれとる」
 
 チノ。変わった響きの名だ。
 
「おまえさんは、皓皓、で合っとるか? どうもあの連れの兄さんは、はっきり物を言わんでな」
 
 彼を包む不思議な空気。聞き馴染みのない音の名前。灰色の髪と焼けた肌。
 鳳凰之国ほうおうのくにではほとんど見られない、立襟たちえりが付いた衣裳。
 両腕にいくつもめた腕環うでわと、広い袖ぐりに縫い止められた飾りは、どうやら動物の皮や骨、角や爪で作られた物のようで、彼が身動きする度しゃらしゃらと鳴る。
 
「あなたは……此処は『狼狽之国ろうばいのくに』なんですね」
「いかにも」
 
 それで多少は合点がいった。
 無我夢中で飛んでいるうち、いつのまにか国境を越えてしまっていたらしい。
 
 このような時、このような経緯でなかったのなら、生まれて初めて国の外へ出たことに何かしらの感慨があったかもしれない。
 しかし今は、それどころではないことがあまりにも多過ぎた。
 
「戻ったようだな」
 
 言って、チノが皓皓の胸元を指さす。
 
「わしが言うのも何だが、連れの兄さんには見られとうないだろう?」
 
 一拍間を置いて、自分のあられもない姿に気付き、大慌てで着物を搔き寄せた。
 
「怪我の手当てをする上での不可抗力だからな。謝らんぞ」
「わかっています」
 
 わかっているから怒りはしないが、恥ずかしいことに変わりはない。
 すぐ側に畳まれていた帯を締め終わった時、風除けの布が押し上げられ、藍が入って来た。
 
「藍」
 
 手桶を下げた藍が皓皓を一瞥する。
 チノの言う通り、怪我をしてはいないようだ。
 少なくとも、身体的には。
 
「ご苦労」
 
 藍は手桶の水をチノの前に置くと、一言も発さないままくるりと背を向ける。
 
「藍?」
 
 皓皓の呼び掛けを無視して、藍はそのまま再び外へと出て行ってしまった。
 
「藍!」
「こら、急に動いたらいかん」
 
 激痛に襲われた皓皓を厳しくたしなめながらも、チノは手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝ってくれる。
 
「体の傷ならわしでも少しはれるがな。こっちの痛みの程度は、計り知れん」
 
 彼は二本の指で自分の胸の真ん中をとんとん、と叩いた。
 
「それはおまえさんの方がわかってやれるだろう」
 
 チノが脱いだ自分の上着を皓皓の肩に被せる。
 土と煙の匂いが染み付いた布地を握り締め、皓皓は頷いた。
 
 
 
 外に出て初めて、今が夜も深い時間なのだと知る。
 思わぬ暗さと寒さに身を竦めた。

 洞窟の前には広大な草原が広がっていた。所々背の高くない木が生えているだけの、平坦な土地。
 国土の大半が山岳地帯である鳳凰之国ではまず見られない景色だ。
 
 藍はいくらも離れていない所にいた。
 黒いとばりが降りた空から、皮肉な程明るい月と、無数の星に見下ろされ、一人立ち尽くしていた。
 
「藍」
「……が、……った」
「え?」
 
 ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れず、一歩側に寄る。
 
「俺が、死ねばよかった」
 
 言葉の悲痛さとは裏腹に、藍の顔には何の感情も宿っていない。
 
「芻ではなく、俺が死ぬべきだった。忌子いみこの俺が」
「藍!」
 
 与えられた台詞せりふをただ読み上げているだけのような、淡々とした口振りが痛ましく、聞くに耐えなくなって、皓皓は藍の袖を引いた。
 
「誰も死ぬべきじゃなかった。芻様も、藍も」
「俺は……」
「芻様が亡くなられたのは藍のせいじゃない。エン様に、殺されたからだ」
 
 藍の体が震え出す。
 
「宛……芻……」
 
 血を吐く程の痛みを伴わせて、藍は彼らの名前を呼ぶ。
 
「どうしてっ……宛は、どうして俺ではなく、芻を殺したんだっ……」
 
 あの時、宛自身が語った動機など、この悲痛な問いかけに対し、少しも意味を成さない。
 藍が求めているのは彼の行動の理由ではなく、ただ芻の命が救われることだけなのだから。
 
「俺は、あいつの……宛や芻のためなら、躊躇ためらいなく死ねたのに」
 
 それが、全てだった。
 生まれた時から忌子とうとまれ、己の生まれを呪い続けてきた藍を慈しんでくれた、藍が心を許したたった二人。
 藍から彼らに向けた想いは、それが全て。
 
「たった一言『死ね』と言ってくれれば、俺は喜んで従ったのに」
「藍」
 
 今日だけで何度名前を呼んだことか。
 それが一つも彼自身に届いていないことがむなしい。
 
 両手を伸ばし、藍の頬を包む。
 肩の怪我が痛んだが無視をした。
 
「それは、君が背負ったらいけない罪だ。
 全てを自分のせいにして、芻様を殺した宛様をゆるしてしまわないで」
 
 藍色の瞳が大きく揺らぐ。
 残酷なことを言っていると、わかっていた。
 
 誰かを恨むより己を憎んでしまう方が、手っ取り早く心を守れる時がある。
 自分を嫌い、彼らを愛していた藍には尚更。
 少なくとも自分で自分を傷付けている間は、他の痛みが気にならない。
 自ら突き刺す刃より、他人から負わされる傷の方が痛いから。
 十分過ぎるほど傷付いている藍に、これ以上の痛みを科したくはない。
 それでも、彼は向き合わなくてはならないのだ。
 己に向けられた刃と、己が刃を向けるべき相手に。
 
「君は宛様の罪を憎まなくちゃいけない。そうでないと、芻様が救われない。
 だって、芻様は藍のことが好きだったんだから」
 
 膝が折れ、ずるりと崩れる藍の体を支えた。
 神に祈りを捧げるように、あるいは誰かに許しを請うように藍は地面にひざまずき、皓皓がその頭を抱く姿勢になる。
 胸に押し当てられた重みが、熱が、彼が生きていることを伝えてくれる。
 
「芻様は君のことが、大好きだったんだ」
 
 さえぎる物のない月と星の光が、憐れな彼に冴え冴えと降り注ぐ。
 冷たい夜の空気はぴんと張り詰め、何処か遠い所で獣が遠吠えをする声が微かに聞こえていた。
 異邦の地は鳥たちを優しく包んでくれることはなかったが、生まれ故郷の国のように二人を弾き出すようなこともなく、ただ密やかな夜がたたずんでいるだけだった。
 
 まるで彼の体の中の炎が悲しみを焼き尽くしてしまったかのように、藍は最後まで涙を流さなかった。


 チノは湯の沸いた鍋の中で雑穀と削り入れた干し肉、それから皓皓の荷物から拝借した薬草を煮ながら、二人が戻るのを待っていた。
 
「冷えただろう。ほら、火に当たりなさい。食べ物は喉を通りそうか?」
 
 温かい湯気に溶け込んだ匂いが鼻腔を突くと、きゅう、と腹が鳴り、自分が空腹であることに気付かされる。
 三日もの間、皓皓は意識を朦朧とさせていたそうだ。
 チノがよそってくれた変わった風味の雑炊を口に運びながら、そう教えられた。
 藍は皓皓の隣に座り、のろのろと億劫そうに匙を動かしている。まるで久方ぶりで食事の仕方を忘れてしまったかのような動きで。
 それでもチノは嬉しそうにうんうんと頷いている。
 
「ゆっくり食べなさい」
 
 藍が差し出された食事を拒否しなかっただけで、彼は大満足のようだ。
 きっと今までまともに食べていなかったに違いない。
 無理矢理にも何かを口に入れなければ、という考えに至っただけで、藍にとっては回復のきざしなのだろう。
 
 このチノという人は、何かを察しているに違いない。しかし、異国の民の身の上を少しも尋ねてこなかった。
 皓皓の看病をしてくれていた三日間、十分な時間だろうに、藍がチノと打ち解けることはなかったらしい。状況と藍の性格をかんがみれば当然と言えるかもしれないが。
 その上で、見ず知らずの相手をこのように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだから、相当人が良い。
 
「改めて、助けて頂いて、ありがとうございます」
 
 空になった椀を置き背筋を正すと、チノは「いやいや」と顔の前で手を振った。
 
「わしに与えられた役回りだからな」
「チノさんは医師、ですか?」
 
 皓皓の看病も手馴れている様子であったし、薬草の使い方も的確だ。
 相手をなだめ、落ち着かせる話し方も、どことなく鷺信ロシン先生や養父と似ていなくもない。
 
「いや、ただの風来坊ふうらいぼうさ。あっちへこっちへ流れていれば、自然と身に付く知恵がある。それを時折こうして人の役に立てる。そんな風にして暮らしとる」
「この場所は?」
「おまえさんたちが落ちて来た近くにたまたまあった。これも巡り合わせかね」
「貴方の家ではないんですね」
「わしは家を持たんが。そうさな、いつかもし家を作るとしたら、もうちっと暮らしいいように整えるかね」
 
 失礼なことを言ってしまったようだ。
 皓皓は顔を赤くした。
 狼狽之国の民は定住地を持たず、転々と家の場所を移動させながら生活する、と聞いたことがあったのだ。
 
「間違ってはおらんが、彼らはきちんと家を建てる。簡単にばらしたり組み立てたり出来る盧を使ってな。季節によって住み良い場所に移るのだよ」
「へぇ」
 
 ずっとあの山の中の家で、せいぜい市の時に里に降りる程度の生活をしていた皓皓には、想像も及ばない世界だ。
 頻繁に家を立て直さなければならないのも、移動する度に新しい土地に馴染み直さないといけないのも、面倒だとしか思えない。
 
 話を聞く限り、チノはそういった所謂いわゆる「遊牧民」たちともまた違う存在らしい。
 持ち運べる家すら持たず、こうして洞窟で雨風をしのいだり、晴れた夜には星空を眺めながら草の上で寝たり、時にはその「遊牧民」たちの厄介になったりしながら、一人旅を続けていると言う。
 
「一人きりで?」
「ああ」
 
 鳳凰之国では考えられないことだが、狼狽之国では対やつがいの相手と行動を共にしない人間も少なくないらしい。
 
「変化が出来なくて不便はないんですか?」
「あまりないなぁ。そちらさんと違って、空を飛べるようになるわけでもないし」
 
 鳳凰之国の民が鳥の姿を取るように、狼狽之国の民は神の力を借りて狼に成る。
 幼い頃に一度だけ、商売のため里に立ち寄っていた狼狽之国の民が狼に変化するところを見たことがある。
 山で時折見掛ける山狗やまいぬの倍はあろうかという巨躯の獣だった。それだけ覚えている。
 
 チノの語る話は、声は、さらりと耳から体の中に入ってくるのにもかかわらず、留まることなく通り抜けてしまう。
 後には空っぽの気持ちだけが残り、それが不思議と虚しくない。
 
 まるで風だ、と思う。
 彼自身が風のようだ。
 
「ところで、おまえさんたち、これからどうするつもりかね?」
 
 チノが焚き火に投げ込んだ小枝が、ばちっと火花をあげて爆ぜた。
 
「行く宛てはあるんか?」
 
 言われて初めて、今後について全く何も考えがないことに思い至る。
 ただあの場から逃れるために飛び出して来た。
 そうするしかなかったのだ。この先、など考える余裕もなかった。
 
 これから自分たちは、一体どうすれば良いのだろう?
 
 宛はきっとまだ、皓皓の口を塞ぎ、藍を捕らえることを諦めてはいない。
 いかに無罪を訴えたところで、皇家にとって都合の悪い存在として隠されてきた藍や、一庶民でしかない皓皓の言葉が、皇太子の主張をくつがえすことなど出来るとは思えない。
 
 弟皇ていおうはどう思うだろう?
 もしかしたら藍の身の潔白を信じ、公正な判断を下してくれるかもしれない。彼の人にとっては、たった一人の息子なのだから。
 
 たった「一人」の息子。
 だからこそ、藍が父親からどのように扱われてきたのかを思い出し、頭に浮かんだ希望を打ち消した。
 
 もう紅榴山こうりゅうさんの宮に戻ることは出来ない。
 皓皓の家も、既に場所を知られているだろう。
 里も、危ういか。
 
 宛の手の、目の届かない所へ。となれば。
 
「鳳凰之国には、もう戻れないのかな……」
 
 よくやく椀の中身を食べ終えた藍が顔を曇らせる。
 口にした皓皓自身も気が滅入めいる事実だった。
 
 哀れな片羽かたはねたちは、とうとう生まれ故郷の国からも見捨てられてしまった。
 
「では、こうしよう」
 
 チノが落ち着いた口調で言う。
 
「今の時期、此処からしばらく行った所に、知り合いの一族が穹盧きゅうろを張っている。これからわしは其処に向かうつもりだから、おまえさんたちも一緒においで。彼らに面倒を見てもらうといい」
「そんな、見ず知らずの人たちに……」
「気の良い連中だ。歓迎してくれるさ。上手くやっていけんようなら、それからのことはその時考えればいい。
 生憎、わしは見ての通り、雛鳥を二羽も抱えてやれる暮らしをしていないでな。おまえさんたちに今一番必要なのは、落ち着ける場所と時間だろう?」
 
 どうする? と藍を窺うと、藍もようやく顔を上げて皓皓を見た。
 噛み合った視線が外される。拒否しないということは、すなわち、了解の合図だ。
 
「……よろしくお願いします」
 
 うむ、とチノは頷いた。
 
「それなら、早速、明朝出立だ」
 
 と決め、移動に備えて早く寝るよう二人をき立てる。
なった。
 狭い洞窟の中、三人が寝転がれば自然と互いの位置は近くなる。
 背中の下の凹凸が鬱陶しく体の位置を動かすと、藍は皓皓が近付いた分距離を取るように寝返りを打った。
 
「藍?」
 
 明白な拒絶の意思に、別に身を寄せ合って眠りたかったわけではなくても、少しばかり寂しくなる。
 が、居心地悪そうに向けられた背中に、次の瞬間、理解した。
 
 皓皓が隠していたもう一つの方の秘め事。
 藍はもう、それを知ってしまっているのだ。

 顔に血が上って、皓皓は掛け布を頭から被った。





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