片羽の鳳凰は青藍の空を恋う 第9話
チノの言う「知り合いの一族」がいる場所へは、歩いて二日の道のりだった。
つい「空を行けばあっという間なのに」と思ってしまうが、今の皓皓に藍とチノの二人を運んで飛べるはずもなく、地道に陸の道を行く他ない。
驚くほど平坦で何もない道を、チノは迷いのない足取りで進んで行く。
「何を目印にしているんですか?」
「風さ」
尋ねると、冗談とも本気とも付かない答えが返ってきた。
「昼なら太陽。夜なら星。それと季節を重ねれば、道などなくても迷わんもんさ」
皓皓の傷はまだまだ塞がっておらず、長い時間歩き続けると次第に痛みが耐え難くなる。
チノは頃合いを見計らっては休憩を入れ、皓皓の包帯に血が滲んでいれば取り替え、血止めの薬を塗ってくれた。
「兄さんも疲れたろう。おまえさんの方が歩くのには慣れてないな?」
何度目かの休憩の際、手当てを受ける皓皓から離れて座り込んでいた藍を、チノが手招きした。
チノからお手製の薬液を染み込ませた湿布を受け取ると、藍はまたふい、と離れて行ってしまう。
藍のよそよそしい態度に、皓皓もどう接していいかわからない。
皓皓としては今までと変わらずやっていきたいと思う。
そもそも女の子だからと気を遣われるような生活をしてこなかったのだから、いきなり態度を変えたりしないで欲しいのに。
そう思いつつ、ずっと性別を偽ってきた後ろめたさは拭えない。
藍の顔を真っ直ぐ見られない以上、自然とチノの方を向くことが多くなり、道の途中で狼狽之国のあれこれを教えてもらうことで、なんとか気まずさを誤魔化した。
二日目の夕刻近くのことだ。
そろそろ目的の場所のはずだと聞き、辺りを見回していて、皓皓がそれを見付けた。
「あれは何ですか?」
大きな鳥たちが――と言っても、鳳凰之国の民が変化した姿には及ばない、鷹や隼の猛禽類だ――が、一箇所に集まって、熱心に何かを突いている。
チノが「ああ」と呟いて向かうのに、皓皓も興味本位で付いて行く。
鳥たちはチノが近付くと、まるで彼に場所を譲るかの如く、一斉に飛び去った。
露わになったそれを、地面に跪いたチノの肩越しに覗き込む。
一見ではわからなかったその正体を理解した時、皓皓は思わず「うっ」と声を漏らした。
何事か、と追い掛けて来た藍が同じく気付き、口元を押さえて顔を背ける。
「ああ、慣れない者は見ん方がいい」
草原に立てられた木製の台座の上には、血溜まりが出来ていた。
赤黒く染まり元の色がわからなくなった着物や、チノがしているのに似た装飾品は「それ」が動物の死骸ではないことを物語っている。
浮かんでいる赤や白の破片が何かを推察することは、頭が拒否した。
否応なく重なるのは、芻の最後の姿。
「ど、して、こんな……」
「この国での亡骸の葬り方だ」
台座に向かって両手両膝を付き、額が地面に着くまで頭を下げる。
それが狼狽之国に特有の祈りの仕草なのだと、後に教わった。
「亡くなった人を、こんな形で放置するんですか?」
「狼の民の魂は、死ねば風になる。風になるために邪魔な肉体は、獣や鳥たちに喰らってもらう。
そうして、生きている間に命を分け与えてもらった、四つ足の兄弟や、羽を持つ友や、小さな隣人たちへの礼を返し、この世に留め置くための器が綺麗に失くなった時、魂は風に帰るんだ」
語られたのは御伽話より遠く、呪文のように摩訶不思議な響きを持った、異邦の民の営みについて。
此処は自分たちの生まれた国とはまるで違う場所なのだと、改めて思い知らされる。
「チノ?」
幼い声がしたかと思うと、白い塊が一目散に駆けて来て、チノの足に抱き着いた。
「おお、ハワルじゃないか」
「チノ、いらっしゃい」
突然現れた自分の膝の上までしか背丈のない女の子を、チノはひょいっと抱き上げる。
「重たくなったなぁ」
「ハワル、重たくないもん!」
「そうだな。すまん、すまん」
まだ四、五歳くらいであろう彼女にも、立派に女の子としての自尊心があるらしい。
ぷくっ、と可愛らしく膨らんだ頰を突いてチノが謝まると、少女はすぐに明るい笑顔を取り戻した。
「やぁ、チノさん。そろそろ来る頃かと思っていたよ」
「おぅ、マナンとウールだな」
ハワル、という女の子の連れは、藍よりは年上だろうがチノよりはずっと若く見える青年二人で、一目で双子の対だとわかった。
狩りに出掛けていたのか、二人とも弓を手に、矢筒を肩に下げている。
チノはハワルを抱き上げたまま、二人に藍と皓皓を示した。
「こちらさんは『火の国』からの客人だ」
「おや、珍しい」
「ようこそ、我らが『風の国』へ」
突然の来訪者にも全く臆する素ぶりなく、マナン、ウール、二人の青年はそれぞれ皓皓たちに握手を求めてくる。
この度量の広さは国民性なのか。
それもあるのだろうが、それ以上に「チノが連れて来た人間なら」という安心感が、青年たちの表情から見て取れる。
チノは余程の信頼を彼らから勝ち得ているらしい。
「亡くなったのはヤス爺さんか」
チノが草原に放置された台座に視線を投げると、青年たちは神妙な顔で頷いた。
抱えられたハワルが眉を下げる。
「ひいおじいさま、風になれたかしら?」
「ああ。魂はきちんと神さんが連れて行ってくれたよ。だがな、ハワル」
幼い女の子の頭をくしゃくしゃと撫で、チノは言った。
「ヤス爺さんの心はいつまでも、ハワルや皆の傍にあるんだよ」
彼らの家は、皓皓が「家」と聞いて思い浮かべるのとはまるで違う形の物だった。
地面に立てた柱を中心とする円形の骨組みに、動物の皮を張って作られた穹盧がいくつか。
柵で広く囲われただけの草原に羊と馬が放されており、各々草を食んでいる。
穹盧の前で洗い物をする母親に纏わり付いていた二人の子供が、家族の帰りと客人の到着にわっ、と歓声を上げた。
一番大きな穹盧の中に入る。地面には床ではなく、壁と同じ動物の皮と布が敷き詰められており、一足踏み込むとふわりと心許ない感じがする。
出迎えてくれた男が柔和な笑みを浮かべた。
「ようこそ、チノさん。そしてお客人。家長のナルスと申します」
「よぅ、久しぶりだな、ナルスよ」
「初めまして。皓皓といいます。こちらは藍」
黙りを決め込んでいる藍の代わりに、皓皓が二人分の紹介をする。
「ヤス爺さんのことは、残念だったな」
「父ももう年でしたし、自然のお導きです。安らかに逝きましたから、きっと風も歓迎してくれるでしょう」
「うむ。ウル婆さんも、気を落とさんでな」
チノに声を掛けらると、穹盧の奥にひっそりと、置物のように座っていた老婆が、口元だけ微笑んで頷いた。
「して、ナルスよ。ちっとばかし、相談だ」
チノは手短に、二人の身の上をナルスに話した。
訳あって国には戻れない。行く宛もない。怪我をしているから、当面の間此処に置いてやってくれないか、と。
皓皓たち自身、語れない事情はチノにも語っていない。
そんな怪しいことこの上ない異邦の民について、チノはまるで親しい友人のようにナルスに語る。
「チノさんの連れて来た方々なら、風のお導きなのでしょう」
そして、それを聞いたナルスも、二人を受け入れることをあっさり了承した。
どうやらこのチノという男は、この一家から全面的に信頼されているらしい。
「ありがとう。ウル婆さんも、騒がせてすまんな」
歯を見せて笑う姿には全く裏などなさそうで、ますますチノという人のことがわからなくなってしまう。
家長への挨拶を終えて出ると、穹盧と穹盧の間の開けた場所に焚火が起こされ、マナンとウールが狩りで仕留めた獲物を広げていた。
「ああ、チノさん。話は終わったかい」
「折角の客人だから今夜はご馳走にしよう。今日は大きな雉を仕留めたから丁度いい」
板の上では、今まさに雉が捌かれている最中で。
顔面を真っ青にした藍が、咄嗟に口元を押さえる。
それでもかろうじて人前で嘔吐しないだけの理性を保ち、さっと翻すと、穹盧の裏に駆けて行った。
「なんだい? まったく、情けない。これだから他所の国の人間は……」
やれやれと肩を竦めるマナンに、皓皓はかっとなる。
「藍は……」
反論しようとした時、
「こら!」
先程、野菜を洗っていた双子の母親が、マナンの頭を大きく叩いた。
「火の国のお客様に『羽を持つ友』を振る舞う間抜けが何処にいるの!」
「いてぇな! だからって、叩くことはないだろう!」
「ごめんなさいね。うちの人、無神経で」
夫の訴えを無視して、女は心底すまなそうに皓皓に詫びる。
「羊か鹿ならどう? それとも、肉より魚の方がいいのかしら?」
「いえ、そんな。どうぞ、お構いなく」
答えながら、皓皓もさりげなく捌きかけの雉の肉から顔を背けた。
自分たちは、本当にこの人たちとうまくやっていけるだろうか?
夜の帳が降ると、今日も空には数え切れない星がばら撒かれる。本当に、この国では空が広く見える。
焼いた肉と酒を手に焚き火を囲む狼狽の国の民たちから少し離れた、炎の揺らめきが月明かりを邪魔しない穹盧の陰。
皓 皓は、抱えた膝に顔を埋めて蹲る藍と寄り添っていた。
「藍、大丈夫?」
「……大丈夫だ」
ほとんど二日ぶりに聞いた藍の声は全く大丈夫な様子ではなく、掠れきって震えていた。
皓皓とて藍ほどではないにしろ、決して心穏やかな気分ではない。
マナンの妻にああ答えはしたものの、結局のところ、皓皓も折角用意してもらったご馳走には、ほとんど手を付ける気になれなかった。
夕焼けより赤い色が、目に焼き付いて離れない。
「具合はどうだ?」
皆の輪から抜けて来たチノが、そう言って、両手に一つずつ持った椀を二人に差し出した。
「食えそうなら、少しでも腹に入れておけ。肉は入っとらんからな」
ウールの妻があの後、わざわざ二人のために用意してくれたのだそうだ。
刻んだ野菜を煮込んだ汁物だった。
食欲は全く沸かなかったが、その温かさに感謝する。
「あれは鳥の国の者には刺激が強過ぎたな」
チノの言う「あれ」とはこの国独自の葬儀の形のことか、それとも雉を捌く様を指しているのか。
どちらも、なのかもしれない。
「配慮が足らんですまんかった。どうも自分の感覚で考えてしまうでな」
「いいえ」
彼が謝ることではない。
自分の感覚でしか物事を捉えられないことが悪いのだとしたら、むしろ他所から来ておいて、勝手にこの国の風習に怯えている皓皓たちの方が悪いのだ。
しかし、どうしたところで、やはり自分が変化する姿と同じ形の生き物が、死体を啄んだり、肉塊にされたりする光景は、平然と眺められるものではない。
よいしょ、とチノは二人の前に胡座をかき、腰にぶら下げてあった瓢を呷る。酒の匂いがした。
客人を歓迎するために設けられた宴の席から三人共が抜けてきてしまったことになるが、チノに気にする様子はない。
「そちらの国では、死者は火葬で天に還すのだったな」
酒の肴には美味くない話だろうに、平然と尋ねてくる。
「はい。ああ、でも、最近は土葬が一般的です」
「何?」
あれだけ無惨な遺体の有様にも落ち着き払っていたチノが、何故か「土葬」という単語に大きく反応し、眉を寄せた。
「いつから?」
「ええと……兄皇様が皇后様をお迎えになった時からだから……二十年くらい前?」
同意を求めて隣を見る。
藍が無言で頷いた。
「どうしてそんなことになっとるんだ? 鳳凰之国は火の神の国だろう」
「皇后様のご発案です。麒麟之国が豊かなのは、埋葬された死者が土を豊かにしてくれているからだ、と。鳳凰之国は土が痩せていますから、かの国に倣って国土を豊かにするべきだ、とお考えになったとか」
「ああ……そういうことか……」
チノは元から整っていない髪を更にぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「そちらさんから吹く風が嫌に澱んできていたのは、それが原因かい。
そりゃぁ、『火の神』さんの力が弱まるのも当然だな」
「何の話をしている?」
一人だけ理解したように「ああ」だの「うん」だの呟いているチノに、藍が業を煮やして口を挟む。
チノは瓢を地面に置き、
「いいか、おまえさんたち」
と、今までにない深刻な調子で切り出した。
「国によって死者の弔い方が違うのは何故だと思う?」
皓皓は首を傾げる。考えたこともない。
そもそも狼狽之国であのような葬儀が行われていることも、今日初めて知った。皓皓が知る死者の葬り方といえば、火葬と土葬だけだったのだ。
「それはな、国に、土地によって、死者の魂が還る場所が違うからだ」
「死者の魂は、神様の元に還るのではないのですか?」
肉体から離れた魂は神に還り、他の数多の魂と溶け合い一つになって、やがて別の命として生まれ落ちる。
何処の国でも人であれば皆そうだと、少なくとも皓皓は養父母にそう教えられた。
「その通り。だが、その神さんが居る場所が国によって違うだろう」
「ああ」
皓皓はようやく、チノの言わんとすることを理解した。
『鳳凰之国』なら天に漂う『火の神』。
『麒麟之国』なら地に宿る『土の神』。
『狼狽之国』なら大気に遊ぶ『風の神』。
『|虹蜺之国』なら海に眠る『水の神』。
神の元に還る、とはすなわち、天か、地か、大気か、水か、いずれかの場所に向かうこと。
だから狼狽の国の民は亡骸を風に晒す。
風の神がその魂をいつでも受け取られるように。
では、鳳凰の国では?
死者の体を焼いた煙は天に昇り、其処に待つ火の神に掬われる。
しかし、亡骸が焼かれず、土の中に葬られたのでは?
鳳凰の国の地下に神はいない。
つまり、埋葬された死者の魂は、神の元に還らない。
「死者の魂を取り戻せない神の力は痩せ細り、受け入れられない死者を埋めた土は腐りゆく。それでは、国が乱れるのは必然だ」
「まさか、」
皓皓が思い至るのと同時に藍が声を上げ、二人は視線を交わした。
藍がずっと探し求めていた答えは。
「今、鳳凰之国に蔓延している熱病は、それが原因なのか?」
始まりは十七年前。
藍は「弟皇に皇子が生まれた頃」と言ったが、「兄皇が皇后を迎えてから」と言い換えられなくもない。
病の流行は皇都を中心に広がった。
兄皇后の提言により死者の葬り方が火葬から土葬に切り替わったのは、皇都が最初。
皓皓が住んでいた辺境の里で土葬が行われるようになったのは、ほんの数年前からだ。現に、皓皓の片割は火葬されている。
「もしかして、畑が不作なのも?」
植物は人間や動物より、直接的に土からの影響を受ける。
里で野菜や薬草の育ちが悪かったのは土が傷み始めているからだ、と考えておかしいところはない。
皓皓が暮らしていた山中や藍の宮の庭に目立った変化が見られなかったのは、近くに墓場がなく、腐った土がまだ其処までは侵食していないから。
あらゆることが繋がって、合点がいってしまった。
思い掛けない形で辿り着いた真相らしきものに、思考が追い付かず、頭の中がぐるぐると渦を巻く。
「そんなことになっとるのか」
二人の話を聞いたチノが、苦い顔になる。
「お隣さんとは言え、神さん同士が相手の縄張りに手出し口出しするのは禁忌でな。だからうちの神さんも、何も教えてくれんかったのだろう」
「……あなたは、一体何者なんですか?」
親しい友を呼ぶかの如く自国の守り神を語り、その民である皓皓たちよりも鳳凰之国について見透かす不思議な人。只者だとは思えない。
チノの頭上に輝く月。
彼の目は月と良く似た色をしている。
「わしは孤狼。風の神の依代だ」
夜の闇に光る金色の目に、初めて狼の面影を見た。
「おまえさんもそうだろう?
火の神の依代。鳳凰之国の弟皇子よ」
藍が息を呑んでチノを見る。
「おまえさんは覚えておらんだろうが、わしは一度、おまえさんに会ったことがある。火の神の新たな依代が生まれたと聞いて風の神の代理として、ご挨拶にな」
「……俺が弟皇子だと知っていたから、迷い込んだ俺たちを拾ったのか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
チノに対する警戒心を露骨にした藍が、いつでも距離を取れるように身構えて、チノを睨む。
「孤狼とはなんだ? 神の依代とは?」
「まさかとは思うが、おまえさん、何も知らんのか?」
話の筋が見えない皓皓は、ただおろおろとするばかりだった。
「孤狼は、この国において対の片割を持たずに生まれる人間のこと。
依代とは、現世に置ける神の器。自らの体に神を降ろし、その声を人々に伝える役割を担う者のことだ」
「おまえがそれだと?」
「おまえさんも、だ」
「意味がわからない」
藍が訝しむのも無理はない。
鳳凰之国おいて神は絶対的に不可侵の存在である。
絵画や像に表された姿形は誰もが知っているが、実際に神に見えた者、神の声を聞いた者はいないとされている。
皇都の大神殿を初め、各地に在る社で、民は神に祈りを捧げる。
其処には神に仕える祭司もいるが、彼らとて実態のないものに祈りを捧げていることに何ら変わりはない。
いつから、誰から語り継がれているかわかない、神話から感じる影。
それが鳳凰之国にとっての神の在り方なのだ。
それを、自らが神を宿す器だと言われて、すんなりと受け入れられるはずがない。
「そもそも、何故それが俺だとわかる?」
「何故も何も、おまえさんは孤狼……いや、鳥の所では片羽と言うのだったか? とにかく、対でなく生まれた、魂に神の息吹を宿さない人間だろう?
神の息吹を持たない人間は、神がこの世に現れるための依代。それは何処の国でも同じことだ」
「忌子が、神の依代、だと?」
「他の国で依代がどう扱われているか、わしは預かり知らんが……少なくとも風の神の民たちは、孤狼が生まれればその子が一人でも生きられるよう慈しみ育てる」
「信じられない……」
皓皓は思わず呟いた。
初めから双子でなかったわけではない、生まれる前に片割を亡くしただけの――藍曰く、片羽ですらない――皓皓でさえ、里ではあんな扱いを受けていた。
それが狼狽之国では、忌み嫌われないどころか、大切に慈しまれる存在だと言う。
「いいか、おまえさんたち」
幼い子供にそうするように、チノは二人の顔を見ながら語り聞かせる。
「人間はこの世に生まれ落ちる時に、神から力を分け与えられる。神にとってはほんのひとひらだが、人間が背負うには大き過ぎる力だ。だから一つの力を二人で持てるよう、人間は双子で生まれる」
「それは知っている」
「では、何故稀に神の力を持たず、一人きりで生まれる赤子がいるのか?
それは神がこの世に姿を現わす時、器として使うためだ。
神そのものを受け止めるための器の中に、初めから中身が入っていたら不都合だろう? 神を寄せるためには、空の器が必要なのだ」
「空の、器……」
ひどく虚しく響く言葉を、藍が口の中で繰り返した。
「それが、俺だと?」
「おまえさんであり、わしだ」
「……言いえて妙だな。俺にふさわしい肩書きだ。弟皇の皇子より、その方がずっとしっくりくる」
「藍……」
自嘲的な笑いを零す藍に、皓皓は掛ける言葉を見付けられず、伸ばしかけた手をそのまま下した。
「おいおい。勘違いしたらいかん。空っぽなのは、あくまで神の力についてだけだ。おまえさんがおまえさんであり、一人の人間であることに変わりはないぞ」
チノの言葉に、しかし、藍は耳を貸さずに蹲ってしまうのだった。
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