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【書評】細谷実(編)中西新太郎・小園弥生(著)『仕事と就活の教養講座』


 本書を読んだ感想を一言でまとめると、
 
 これって、本当は学生以外の社会人にも、もっと読まれるべき本なのではないか!?。

 私は「働くこと」に胡散くさを感じていた。どこか何かを隠蔽しているような感じがしていた。なぜそう感じたのか、私もいまいちよくわからないが、ことに「就活」と云う言葉が語られているとき、何か薄気味の悪さのようなものを感じてしまう。本当は汚いものが表面は金箔でコーティングされて、さも立派そうなものとして扱われているようなような感じだ。
 たいていの人間は働かないと生きていけない。お金がないとろくな生活ができない。そんなことは誰でも知っている。
 だが、一方で「働くこと」に嫌悪感を湧くのはなぜか。いや、「世の中にはやりがいを持って働いている人がいる」「活き活きと好きなことをやって生きている人がいる」と主張する人がいるのは知っている。そう云う主張をするテレビ番組は放送されているし、書籍も多数販売されているし、YouTubeなどの動画サイトでは多数配信されている。ことに「働くこと」にやりがいや自分なりの抱負を饒舌に語る人は多い。
 私はまるでセックスの話を聞いているような感じがする。セックスの話はみんな大好きだ。試しに、ツイッターを眺めてみたら、セックスについてどんな人間でも饒舌に語っていることがわかる。別に性交以外でも、自分の体験したデート経験を自慢気に語ったり、逆にデートができない、交際ができない、セックスができないことを悩む人の話も枚挙にいとまがない。セックスを題材にしたアダルトコンテンツも大人気だ。AV、漫画、アニメ、写真集、動画、コンドーム、オナニーグッズ…。セックスに関わるコンテンツに触れずに一日を過ごす人はいないのではないだろうか。
 だが、私たちはここまでセックスの話を饒舌に語れるのに、なぜか現実のセックスにまつわることでは嫌悪感を抱いたり、白けることも多い。非モテや童貞、ブサイク、未婚…。仮に、セックスできる相手がみつかって、結婚できても気苦労は絶えない。DV、モラルハラスメントの話は山のように聞こえる。パートナーとセックスをしてできた、こどもに対しても、悩みは絶えない。こどもができたら、親として振る舞わねばならず、お金も時間も消えていく。そんなセックスをしてできた家庭生活を放棄する人や放棄できずにズルズルとした関係を続ける人も多い。
 誰もが好きで饒舌に語れるのに、現実には嫌悪感や白けることが多いのはなぜだろうか。セックスをしないと人間は存在しない。なくてはならないものであるはずだが、忌避する人も多い。私もなぜか現実のセックスに関しては忌避してしまう。避けてしまう。どこか胡散くさを感じてしまうのだ。幸福なセックスの話やコンテンツをみると、興味が湧く一方で、現実との落差から何かを隠蔽していないか、と感じてしまうのだ。
 私が「働くこと」「就活」に感じている奇妙な違和感はちょうどセックスに対する認識と似ている。本当に不思議である。

 本書の冒頭でコーディネーターの細谷実氏は本書の位置づけを以下のように述べている。


 ところで、マネージメントの理論である経営学は、そもそも一般に雇う側の立場、会社を所有し経営する立場での関心に基づく理論と言えます。したがって、例えば仕事について、経営学の関心としては「いかに長時間かつ効率的に社員に働いてもらうか」などと考察されるわけです。それに対して、この講義では、「会社が押し付けてくる長時間労働をどうしたら回避できるか」などと考えます。方向がまるで正反対です。賃金についても、その他のい雇用条件や労働条件についても同じようなことが言えるでしょう。

(4頁)


 細谷氏は日本では雇用者であるはずの人が自分が雇用者である自覚が少なく、経営者としての視点で物事を語り考えることを求められているのは「自分を失うこと」で「思い込み」と指摘しています。本書はそんな「思い込み」の解体を目指していると云う。

 本書の章立ては以下のようになっている。
 
第1講 バランスの取れた働き方が見当たらない (細谷)
第2講 ブラック企業から自分を守るために (中西新太郎)
コラム1 「お客さま」としてちやほやされたい? (細谷)
第3講 ワーキング・プア化する正社員 (中西)
コラム2 非正規と正規雇用の違い (中西)
第4講 「仕事の世界」を律するルールとトラブル (中西)
コラム3 「正社員ゼロ」の時代に? (中西)
第5講 転職、キャリア、資格ー自分に合った仕事をみつける、続けるには(中西)
コラム4 内定を取れる/取れない学生たち (細谷)
第6講 仕事と生活の困難をカバーするしくみー社会保障・福祉の役割 
(中西)
第7講 日本人の働き方を見直すーAnother world is possible.
コラム5 自分のキャリアをデザインすることは可能か? (細谷)
第8講 サラリーマンとは何かー職務契約ではなくメンバーシップ契約
(細谷)
第9講 経営者はどっちを向いているか (細谷)
コラム6 仕事とやりがいの繋がり(細谷)
第10講 労働法と相談機関 (小園弥生)
第11講 仕事を作る・人とつながる「自助グループ」
コラム7 日本では仕事が人生を支配する (細谷)
第12講 自分を大切にして生きること・働くこと (小園)
第13講 人生の中の仕事・社会の中の自分 (小園)
コラム8 専業主婦/主夫という夢 (細谷)
第14講 生活と仕事を手に入れるために (細谷)
付録1 働く時に最低限知っておきたい法律 10のポイント (小園)
付録2 読書案内

 本書では、働くための基礎知識を基礎知識を総動員した内容と云える。一講ずつ重要なトピックスが解説されていて大変わかりやすい。本当なら、就活する前に知っておかなければならない情報ばかりである。
 例えば、正社員とはそもそも何のか、上手く答えられる人は就活生では少ないのではないだろうか。なんとなく非正規よりも待遇が良い、生活が保障されていて安定しているけど、その分長時間働かないといけないと云う漠然としたイメージしかないのではないかと思う。
 本書の第8講では正社員となった男性、サラリーマンについて以下のように定義している。

  サラリーマンとは、どういう人物なのか?一種の「身分」として定年ま
  で雇用が保障され、その代わりに人格的に強く拘束され、限定のない職
  務・時間・場所で働かされ、へたをすると社畜化するような男たち
で 
  す。サラリーマンという人々の根本的特徴は、雇用主と交わす契約が、
  何か一定の職務についての契約ではなく、「会社の一員に成る」という
  メンバーシップについての契約、一種の「身分」契約である点です。

154頁。


 そんなサラリーマンは日本の独特の経営にマッチにしたことで、高度成長の社会を支え、日本人の生き方のモデルを提供した一方で、江戸時代の武士のような身分制度の残滓から構築されたものであると指摘している。なので、雇用は保障されることは長時間労働とセットになっていることが前提と云える。会社経営の中核メンバーとしてサラリーマンがいる一方で、その周縁的な労働者が女性社員や非正規雇用と云える。
 もちろん、そんな正社員的な生き方に反発を持った若者たちの「だめ連」と云うグループの運動が存在したと云う。企業から雇用されずに仕事をせず、仕事の成績を争わないライフスタイルを主張したと云う。だが、日本の雇用形態では正社員コースから外れると、自分で稼ぐ手段を持たない限り、非正規に流れるしかなく、厳しい生活を余儀なくされる。だめ連自体、バブル期に発生した運動で、当時は現在ほど景気は悪くはなかった。
 そんなだめ連のような生活はできないものの、平日は正規雇用で働き、週末だけは「だめ連」のように振る舞う、「週末だめ連」と云う人々も存在したと云う。今で云うところ、平日は真面目に働き、週末は趣味に没頭するような感じだろうか。
 もっとも、本書ではそんな正社員もだめ連、週末だめ連的な生き方も厳しくなっていると縷縷指摘している。なぜなら、正社員は雇うにはコストがかかるため、なるべく長時間働かせようと、あの手この手で人を働かせようとうするからだ。また、だめ連的な非正規雇用で生きるのも、企業からはコストカットの対象として容赦なく首を切られ、生活の保障が厳しい。週末だめ連でも、企業が長時間労働を課さない限りにおいてしか実現できない行き方と云える。
 そのため、本書の第1講では「バランスの取れた働き方が見当たらないのではないか」と云う問題提起をしている。本書では、いわゆるブラック企業はなぜ長時間労働を労働者に課しているのか、企業がコストカットの名の下でどのような手口を使って労働者の賃金を削ろうとするのかなどを具体例を交えて解説している。また労働とはどのようなルールによって運営されているのか、転職方法やキャリアアップなど、本来は社会に出る前に必要であろう知識がコンパクトに的確にしるされている。また正社員や非正規以外の生き方をしている人たちの話も紹介されており、雇用されることだけが人生でないことも教えている。
 改めて云うと、どうしてこう云う大事な話が就活生に伝わらないのか不思議で仕方がない。私の受けてきた就活の話は正社員になるための支援だったことがよくわかった。逆に云うと、それ以外の支援方法を支援側が知らないと云う問題点があるのかもしれない。

 本書の最後に、「学生のうちに考えておきたい四つのこと」が紹介されている。

1、仕事や人生がうまくいかない時は、「できるだけ社会のせいにする」(byだめ連)
2、ネオリベ的発送とロジックを絶対視せずに批判的に見る知力・教養を学生時代から養っておう。
3、仕事以外の人間のつながりを大切にする。
4、具体的な対抗知識・スキルを身に付ける。

 正直云うと、私は4つのうちいずれも考えたことがなかったし、考える暇もなかった。この記事を読んでくれている読者各位はどうだろうか。
 私は本書を読み終えたあと、付録に記載されている書籍を手に取ることにした。


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