まるちゃん|Think globally, act locally.
2020年に福島県のローカル新聞「福島民報」に6回にわたって連載した、民報サロンの記事を一部編集してまとめました。
去年の今頃は、実はパートナーとパタゴニアを旅していた。ゆっくり振り返る間もなく、帰国してからすぐに新しい仕事が始まり、気づけば1年が経っていた。 自分一人だったら、選ばなかったかもしれない旅先ばかり。 福島時代に覚えた山の知識や、集めた山道具が全部役に立って、地球が創り出した、こんなにも素晴らしい景色の数々を見ることができた。 どんなにお金をかけて造られた巨大な人工物よりも、やはり自然は圧倒的なスケールで、計算されていない雲や風の流れ、季節ひとつで姿形を変えていく様が美
不定期更新のnoteですが、転職してからやっと少し落ち着いて物事を考える時間ができました。 怒涛の半年を振り返って7月に転職してからのこの半年は怒涛のような日々でした。以前の記事にも "怒涛のような1年" というタイトルをつけたのですが、私はいつも「助走なし」でいきなり新しい環境に飛び込んでしまうので、決まって最初は苦労しているのだと思います。 この半年を怒涛だったと感じた要因は、以下の通りです。 1. これまでと異なる業務に慣れるのに時間がかかった 2. 職場環境への適
私の取り柄は "行動力" ー 最近、何気ない会話の中で自分の口から出た言葉です。 何気ない会話でもないですが… 自分の今後の話をしていた時です。 前回のnoteでも書きましたが、昨年度は本当に怒涛というか、大変な1年間でした。複数のさまざまな要因が重なって、そのような状態になってしまいましたが、同時に自分の覚悟の甘さ、未熟さを感じた年でもありました。 そんな中でこの先どうするか。前職を退職してから仕事のない日はずっと情報収集し、考え続けました。 とはいえ行き着いた結論
こんにちは、まるちゃんです。 タイトルの通り、この1年間は私にとっては本当に怒涛のような期間でした。 なぜ怒涛だったかというと、仕事の変化とメンタルの不調のためでした。最近はやっと人にも経験を話すことができるようになって、だいぶ回復してきたように思います。 これから自分の人生の中では辛かった1年として思い出されるでしょうが、自分と向き合う機会にもなり、改めて気づいたことを備忘録として記録しておきたいと思います。 仕事に対する価値観 この1年間の私の動きを整理するとこん
これまであまり人に話したことはありませんでしたが、3年前の春、私が地域おこし協力隊で福島で仕事をしようと決めた理由の1つには「福島の復興」への思いがありました。 唐突な話題ではありますが、自分の人生の方向性を検討する中で振り返っておきたいなと思ったので、ちょっと綴りたいと思います。 私が福島県を初めて訪れ、住むことになったのは2016年の春。震災から5年が経過していましたが、まだまだ復興途上にあった現実を知ることとなり、大きなショックを受けました。移住した郡山市内でも、す
3月に地域おこし協力隊の任期を満了してから、7ヶ月が経ちました。 任期満了後のキャリアについては悩みながらも、結局会社員になる道を選び、動画制作やデザイン、情報発信などのプロモーション関係の業務を主に行ってきました。 実績のある社長のもとで新しいチャレンジや学びもある一方、どうしてもついて回ったのが「私が本当にやりたいことはなんだろう?」という疑問でした。協力隊の頃は岳温泉や二本松を盛り上げる・PRするというミッションがありましたが、会社では二本松の仕事は少なく、地域との繋
こんにちは、まるちゃんです。少しだけ仕事に余裕がまだあるので、noteを書いています。最近、若者の未来を広げることの大切さを感じたので、その話をシェアしたいと思います。 1ヶ月ほど前から私の住む二本松の地元の若者に英会話を教えはじめました。実は2年前から高校受験のための英語を家庭教師で年間1人限定で教えていたのですが、専業で塾やカテキョをしている人がいるように、結構時間も労力もかかる仕事なので、出来るだけ今後はカテキョの依頼は受けないつもりでした。しかし、依頼を受けたのが大
初めまして。もしくは、いつもご覧いただきありがとうございます! まるちゃんこと、丸田陽加里です。福島に来て6年目になります。地域おこし協力隊時代から、主にTwitterで情報発信をしてきましたが、協力隊時代のプロジェクトの実績が確実に今につながっていると感じたので、改めて簡単にプロフィールと経歴をまとめることにしました。こんなことできるんだ!と知ってもらえれば嬉しいです。 プロフィール丸田 陽加里(まるた・ひかり) 広島市生まれ。幼少期に家族で横浜に移り住み、大学卒業まで
私は地域おこし協力隊として3年間、福島県の岳温泉で活動してきました。協力隊という立場の割には結構頑張って活動して、いくつもプロジェクトを作って走らせて形にしてきました。色んな方に応援していただいて、なんとかここまでやってくることができました。 そんな訳で「まるちゃんすごいね!」と言われる場面も多く、ありがたいなあと思う反面、その裏ではもちろん色んなことがあって、任期が終わった瞬間はもう地域のことを何も考えたくないくらい完全燃焼していたのがリアルです(笑) 着任から3年の月
3日前、久しぶりに地震による恐怖を思い出しました。 2021年2月13日23:07に起きた福島県沖地震で、私の住む福島県二本松市は震度5強の揺れに襲われました。ちょうどその日はアパートの部屋にひとり。そろそろシャワーに入ろうかなと思っていたころでした。 ガタガタガタ.... えっ地震?と思ったその瞬間、スマートフォンからあの不気味な緊急地震速報の音が聞こえた時にはもう激しい揺れが始まっていました。慌てて机の下に潜り込み、ただひたすら「これ以上はやめて!どうか割れ物は落ち
気付いたら2021年になっていました。今年もよろしくお願いいたします。 災害以上に広範囲で世界に影響を与えた、コロナウイルスのパンデミックが起きた2020年は誰にとっても、変化のある1年になったことと思います。 言わずもがな、私の協力隊としての生活も大きく変わることになりました。たとえば、国内外問わず、大好きな旅に行くことができない、家族や友人のいる東京・横浜に遊びに行くことができない、福島から出ることができない... など、とにかく”移動"ができませんでした。 同時に、
私の福島県での暮らしは早いもので、来月で4年半になります。同時に、新卒以来の社会人生活は前職での2ヶ月の新入社員研修期間以外はすべて福島で過ごしていることになります。 誰がこんな人生を予想していたでしょうか...(笑)というくらい想定外の社会人生活をここまで歩んできました。驚くべきことに、4月からはさらに想定外の一歩を踏み出そうとしています。今回はその理由と経緯を綴って残しておきたいと思います。 そもそも広島生まれ、横浜育ちの私が福島に移住することになったのは、新卒で就職
執筆を依頼された、福島民報「民報サロン」の記事をアーカイブとして、noteにも残すことにしました。2020年8月21日分(最終回)です。一部段落構成は記事から変更しています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 間もなく二本松市の地域おこし協力隊として活動を始めて、二年五カ月が経とうとしています。残りの任期も少なくなってきましたが、活動先の岳温泉観光協会にて、様々な事業にチャレンジさせていただいたお陰で、任期後の働き方についても方向を定めることができそうです。 一方
執筆を依頼された、福島民報「民報サロン」の記事をアーカイブとして、noteにも残すことにしました。2020年8月1日分です。一部段落構成は記事から変更しています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 仕事の話をする際に、キーワードとなる単語がいくつかあると思います。地域おこし協力隊の私の場合、それは「地域づくり」「移住定住」「観光」の三つです。 一見、これらは別物に見えるかもしれませんが、地方創生の文脈においては、切っても切れない関係にあります。特に「地域おこし」と
執筆を依頼された、福島民報「民報サロン」の記事をアーカイブとして、noteにも残すことにしました。2020年7月11日分です。一部段落構成は記事から変更しています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は両親がアメリカに住んでいた影響で、小さい頃から英語が身近にありました。父親が仕事で英語の電話をしたり、海外に行くと両親が外国人と楽しそうに話している姿を見て育ったことで、自然と同じようになりたいと思うようになり、大学では英語をメインに勉強しようと、東京にある国際基督
執筆を依頼された、福島民報「民報サロン」の記事をアーカイブとして、noteにも残すことにしました。2020年6月21日分です。一部段落構成は記事から変更しています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は旅が大好きです。これまでに二十カ国以上を訪れましたが、改めて考えてみると、私が旅好きな理由は主に二つあるように思います。 一つは純粋に好奇心が満たされるからです。私は歴史や文化が好きで、旅先では自分の知らない未知の世界を知ることが楽しく、遺跡や美術館につい長居を