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6月に読んだ本たち

最近「再読」熱?がなぜか沸々と・・・・
死ぬほど積読、もはや文字通り積んでおく事もできないほどある上に、時々補充される始末だというのに。

再読すると、不思議な事にまるっきり覚えていない本もあるし、随所随所で「あ、そういえばこんな描写あったな」と思い出せる本もある。

だから、なかなか既読本も手放せない。既読だけどある意味新刊だから(?)

だけど、世の中に多く存在する「1回読んだ本は二度と読まないピープル」が、読後即ブックオフだの、今だと即メルカリをしてくれるおかげで、中古、古本と言えど比較的状態の良いものが、かなりお得に手に入るから、私みたいな者が日々積読を増やせるわけで、、、よい時代です。

そんな事で、今月の読書キロク。ただただ未来の私に向けてのキロク。

※ここの文章は主にAmazonさんからの引用紹介文です。

欲望(小池真理子)

三島由紀夫邸を寸分違わずコピイした変奇な館の落成パーティが、四人の運命を手繰り寄せた。交通事故で性の悦びを閉ざされた美青年。絶望とうらはらに燃えさかる欲望のほむら。館で再会した男女のそれぞれの性、それぞれの愛、そして死の翳り。数年来追い求め続けたエクスタシーの究極の姿。二年の沈黙を破って読者を虜にする、小池文学の頂点。

映画にもなった作品。映画は観ていないけれどYouTubeの動画で何関連で出て来たかは全く覚えてないが、映画予告(冒頭映像?)で流れてきて、やけに観たくなった作品。

映画自体はアマプラもネットフリックスなども入っていないし、dvd借りる気分でもないので「原作を読もう」ということでメルカる(メルカリね:言わずとも)

主人公が「図書館司書」っていうのも、なにか読みたいキッカケになったのかも。子供の頃、本屋さんになりたい、、、というよりは図書館で働くのに憧れてたなあ。単に子供の頃書店より頻繁に図書館に通っていたからもあるだろうけれど。

贅肉(小池真理子)

才色兼備の姉と正反対の妹。しかし姉は、母の死、
恋人との別離から過食に走り、見るも無惨な姿に変貌していく。
そんな姉の世話をする妹は──(「贅肉」)。
平凡な人間の、ほんの少しの心の揺らぎが、事件の加害者になったり被害者になったりする。そんな日常に潜む恐怖を描く傑作サスペンス集!

小池真理子再び。
短編なので読みやすかった。読みやすいけどいちいちヒヤッとしたり、ゾクッとしたりの心が疲れる作品集(褒めてます)
短編って、すぐに読めてしまう分、記憶に残りずらいから(私の場合)きっとこれもまた「再読」するんだろうなあ。

あなたに捧げる犯罪(小池真理子)

突然現れた妻の旧友は、厚顔で鼻持ちならない女だった。
従順な妻を家政婦のように扱い、平穏だった家庭生活を掻き乱していく。
そんな彼女に夫は不快感を募らせていくのだが……(日本推理作家協会賞受賞作「妻の女友達」)、
ありふれた日常に潜む心の闇と、音もなく忍び寄る恐怖を描いた傑作サスペンス集。

小池真理子再び(デジャブ?)
これは実は「再読」数年前に読んでいたはずだけど、なんだか小池真理子続きで読みたくなって。
ところどころ読んだ覚えがあるようなないような、、、こちらもやはり短編集。

ところで、この装丁が好きなので多分まだないこのシリーズは追加していく予感しかしない。

ばらばら死体の夜(桜庭一樹)

2009年、秋。翌年6月から施行の改正貸金業法がもたらすのは、借金からの救済か、破滅か―四十過ぎの翻訳家、吉野解は貧乏学生の頃に下宿していた神保町の古書店「泪亭」の二階で謎の美女、白井沙漠と出会う。裕福な家庭に育った妻とは正反対の魅力に強く惹かれ、粗末な部屋で何度も体を重ねる。しかし、沙漠が解に借金を申し込んだことから「悲劇」の幕があがる―。

こちらも「再読」組。
もちろん?「神保町」「古書店の二階に住む」という設定が私の琴線に触れまくったから。
だけど、以前に読んだ「森崎書店の日々」とは大きく違って、この古書店の2階にはどう考えても住みたくない、、、いや古書店自体はいいが、、、

いいのか?


神保町行きたい。
古書店巡りしたい。
⇩こちらはその憧れ?の方の古書店暮らしのお話(そういうお話でもないけど)

彼女がその名を知らない鳥たち(沼田まほかる)

八年前に別れた黒崎を忘れられない十和子は、淋しさから十五歳上の男・陣治と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。そんな二人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが…。衝撃の長編ミステリ。

題名がまず気になる。
確か映画を観る前に購入していたはずだけど、映画を先に見てずっと積読していた本。

何故か急に読みたくなった。

映画を観ていた時は、主人公のわがままで独りよがりな「十和子」にも、そんな十和子に振り回されて嫌われているのにヘラヘラと共に暮らす「陣治」にも始終イライラさせられた。
もちろん最後まで観たけれど、なぜか記憶が飛び飛びで、細部を思い出せない。また映画を観ればいいんだけど「そうだ本あったんだ」と読むことに。

流れる映画の速度ではなく、じっくり、ゆっくり、自分のペースで読んでいくと、不思議と映画を観た時のようなイラつきは全くなかった。

結末を知っているから?
あれから数年たって私の何かが変わったから?

ある場面で、陣治がとんでもない事を十和子に告白して、
だけどその後に、本当ならそんな事できる状況じゃないのに十和子と自宅ですき焼き(焼き肉?)をしている場面がなんだか印象に残っている。

久しぶりに美味いもの食べようと、冷凍していた肉を焼いて食べながら、なんてことない世間話をする。いつものように陣治の言った事に十和子は毒づく。

まるでまた来る嵐の前ぶりのような、静かな場面。
一番好きな場面かもしれない。

ユリゴコロ(沼田まほかる)

ある一家で見つかった「ユリゴコロ」と題されたノート。それは殺人に取り憑かれた人間の生々しい告白文だった。

この一家の過去にいったい何があったのか?絶望的な暗黒の世界から一転、深い愛へと辿り着くラストまで、ページを繰る手が止まらない衝撃の恋愛ミステリー!

まほかる先生ももちろん続く(そういう癖あり)
こちらも映画化されているが、やはりまだ小説は読んでいなかった。

しかも2018年にAmazonで新品を購入していた履歴あり。
そうか、あの頃は新品を買えていたのか(遠い目)
なのに5年近く積読(;^_^A

映画はすでに観ていたので「ラストの衝撃」はなかったものの(知っているからね)映画と小説で結構設定が変わっていたので、ちょっとした違う作品を読んでいるようでもあったのは新鮮だった。

こんなノートが押し入れから出てきたら、、、どうしよう。

だれかのことを強く思ってみたかった(角田光代 左内正史)

レインボー・ブリッジを背にした制服の男女。頼まれて、シャッターを押しながら、思う。「この世界はどのくらいの強度でなりたっているんだろう?私たちはどのくらいの強度でそこに立っているんだろう?」(『ファインダー』)。水族館、住宅街、東京タワー、駅のホーム…。一年間にわたり、角田光代と写真家・佐内正史がふたりで巡り、それぞれが切りとった、東京という街の「記憶」。

いい加減、思考を替えたくて。
指向とも言うけれど、あえて思考ね(なんの確認?)

文章と、関連していそうな写真が交互にでてきて、サクサク読めてしまう一冊。
サクサクと読めるけど、すぐに振り返りたくなる一冊。

「見なかった記憶」という話が印象的。とても共感できるせいもある。

何かを見たという記憶より、見なかった記憶の方が、色濃く心にのこっている、ということがある。

見たものより見なかったもの。
会えた人より会えなかった人。
口に出せたことより出せなかったこと。
食べたものより、食べることのかなわなかったもの。
関係をもった人よりもたなかった人。
いった場所よりいくのを断念した場所。
手に入れたものより、どうしても手に入らなかったもの。

それらは空白としてではなく、ある確固とした記憶として私のなかにある。

すべて、私の、私だけのものとして、失うということが永遠にない。

20年以上前の作者の言葉のひとつひとつがスーッと染み込んでいく感じ。
たまたまでも、この本に出会えてよかった。

今月はなにを読もう。

睡蓮がいつの間にか。

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