見出し画像

小説)いつまでもくすぶって

去年、坊ちゃん文学賞に出したもの。偏見に囚われないで、全ての人がありのまま好きなことができるように。忘れないように残します。


「僕はまだ子供だ。だからこれから何にだってなれるんだ。あなたみたいな奴にだって、そうじゃない人のようにだってありのままで生きられる」
12歳の春人が肩を震わせながら発した言葉に、10年経った今も僕は救われている。


放課後を告げるチャイムが鳴ると、6年3組の教室の後ろのドアを開いて
「冬也帰ろうぜ!」と笑顔の春人が叫んだ。
僕はこの瞬間が少し苦手だった。
騒がしくなった放課後の教室の視線が春人に集まるからだ。

春人は、小学校内でかなり目立つ存在だった。その理由は成績や運動神経が優れていただけでなく、悪い意味も含んでいる。
「向田春人くん」そう呼ぶ声が聞こえた春人の後ろには、
大きな体で険しそうな表情のみんなが「メガネ教頭」と呼ぶ人物が立っていた。


メガネ教頭は、春人に顔を近づけて
「この赤い髪は、いつ黒にするのかね。お母さんには話したのかい」
そう、春人の髪はきれいな赤い色だった。

「それは・・・」
春人の視線と、声が下に落ちた時、
僕はこれからきっと春人が嫌な思いをする気がした。
だから急いで席を立ちランドセルを担いで春人に駆け寄り、彼の腕を掴んで走り出した。
きっとメガネ教頭は、春人を怒る。
髪がみんなと違うことは、悪いことじゃないはずなのに。
そう思うといたたまれなくなったんだ。


玄関まで来たところで
「冬也!」と春人が僕の腕を離して我に返る。
「ごめんな」と少し息を切らした春人が赤い髪を持ち上げて
「やっぱりこんなふうだと言われるもんだなー」と笑った。
僕はそれに、無性に腹が立った。
「なんでこんな風なんて言うの。春人の髪はきれいだ。
誰にも迷惑なんてかけていない。外国の人だって違うじゃないか」
ムキになる僕に、春人は
「でも、他と違うってことは、こんな風なんだ。こんな気持ち・・・。
こんなに、いちいち大変なんだな」と寂しそうに呟いて「帰ろう!」と続けた。
春人の表情に「よくわからないけれど、その髪、やめるってことじゃないよね?」と投げかけたが、返事はなかった。

その日の帰り道、春人は僕に「そういえば、今日のあれは?」と聞いた。
僕は顔を真っ赤にして、
「うん。持ってきたから、あそこで見てくれないかな?」と公園のベンチを指差した。
公園のベンチに、僕はランドセルから取り出した何枚ものイラストを広げた。
「おお!」興奮した様子の春人が一枚一枚手にとって
「前よりも動きが自然な感じがする!」などと褒めちぎると、
「春人に話してから、春人をモデルに人物をかけるからすごい上達したんだ!」とお礼を伝えた。
すると春人は、
「すごいよ冬也。それで、お母さんに少女漫画家になりたいって話せたのか」
と窮屈そうにいった。
その言葉で僕の気分は急下降した。
視線の先にはベンチに広げた、可愛らしいタッチの少女漫画風のイラストが並んでいる。

「まだ」
「なんで?」
「・・・男だから。お母さんは嫌がるかも」生気のない僕の声を春人はすくい上げた。
「お前が、俺のこの髪色が好きな理由ってなんだっけ」春人はベンチに広げた絵をまとめて僕に手渡した。

僕は、受け取らないで
「きれいだから」とイラストを見つめたまま言った。
「俺も、同じ理由で春人のイラストが好きだよ」顔を上げると春人が笑う。
「初めて会った時に俺の髪をそう言ってくれて、嬉しくて。だから、もっと冬也のイラストを認めてくれる人はいる」

イラストを受け取った僕は、ランドセルにしまいながら、
「うん。言いたいこと、わかるよ」と微笑みながら返す。
春人は僕の肩を組み、
「明日メガネ教頭と、話し合う。黙ったり、逃げたりしない」
まっすぐ前を見つめた。
「大丈夫なの?」眉毛が下がった僕に、春人はニヤリと言う。
「冬也、お前はどうする?」


その夜自分の部屋で一人、僕は頭を抱えながら机に向かっていた。


2年前、お母さんが読んでいた少女漫画をこっそり手にとった僕は内容に衝撃を受けた。
キャラクターはみんな可愛く、まだわからない僕でもこんな恋をしたいとときめいた。
絵を書くことが好きだった僕は、ストーリーはまだ考えられないけれど、いつしか可愛いタッチでイラストを書くようになっていた。
いつか人をときめかせる少女漫画を書きたいと思う気持ちが強くなるほど、お母さんが悲しむ気がして苦しかった。
可愛いものが小さい頃は好きだった。
けんかよりもおままごとのほうが落ち着けた。
でも、それはお母さんを悲しませると気づいてやめた。おままごとよりも、僕はお母さんが好きだったからだ。
それでも少女漫画はやめられなかった。
こっそり読むこともイラストを書くことも、お母さんには言えなかった。
ただ春人に話して、より自覚してしまった。ランドセルから取り出したこのイラストをバレないように捨てるのも、時間の問題だと思った。
すると、コンコンと扉を叩いて
「冬也、ご飯よ〜早く降りてきて」とお母さんが顔をのぞかせた。

慌ててイラストを裏返した僕だったが、
「お母さん!」今しかない。
そう思って呼び止めると、お母さんは、不思議そうに僕のベットに座った。
お母さんを前に
「今、赤髪の男の子と仲良くしているんだ」と全く意図とは別の言葉を発していた。
お母さんは「へえ、外国の子?」と聞いて、僕が首を横に振ると目を丸くして続けた。
「今どきね」
「その子、髪色でよく怒られている。もし僕がその子、春人みたいにそうしたいって言ったら、お母さんは怒る?」
口に出してから、これは自分が以前から聞きたかった質問だと気づいた。
お母さんは息を長く吐いて、僕を黙って見つめてから

「まずどうしてそうしたいのか理由を聞く。それで、ちゃんと自分で責任を果たせるなら、覚悟があるなら、やってみればいいの」

その言葉を伝えたお母さんは、僕が見たことのないくらい堂々としていた。
僕はゴクリと唾を飲み込んで、急いで紙にペンを走らせてできたイラストをお母さんに渡した。


少女漫画を書きたい。
今まで、少女漫画を隠れて読んでごめんなさい。
これを読むとときめくんだ。この気持ちや少女漫画が書きたいって気持ちは、性別なんて関係ないんじゃないかなって思うんだけど・・・」
僕は、口から言いたかった言葉をすべて早口でお母さんにぶつけた。
悲しませてしまうかもしれないことが怖くて恐ろしくて、ただ涙が溢れた。

お母さんは僕の涙を右手で拭いて、「冬也、言ってくれてありがとう」と抱きしめた。

「綺麗にかけてるね。応援する。あなたの夢は、誰の許可も制限もいらないのよ


翌日の放課後、僕から春人を教室まで迎えに行った。


職員室のドアの前で、緊張気味の春人に一枚の紙を渡した。春人は目を見開いた。
「お母さんがこのイラストに色を付けてみたらって。フルカラーの春人。特別にあげる」といつもより強気に伝えた。
「ありがとう」春人は頷いて絵をランドセルにしまい呟いた。
「行くぞ。冬の次は春が来るんだ」

「すみません。教頭先生はいますか」
春人が職員室の入り口で叫ぶと、奥からあのメガネ教頭がやってきた。
「向田春人くんと君は・・・」
「遠藤冬也です。昨日は春人を連れ去ってごめんなさい」僕は深々とお辞儀をした。
メガネ教頭は、咳払いをして、来客用のソファーに座ったので僕らも向かい側に座った。
「それで」メガネ教頭が口を開くと同時に春人が言う。
「僕の髪色のことです。教頭先生はどうして、これを黒にしろって言うのですか」

メガネ教頭は背もたれに腰を引いて、
「他の子と違うと目立つ。目立つと犯罪に巻き込まれやすい」
「それを僕が、わかった上でこの髪色にしていたとしてもですか」
「わかっていたって君はまだ子供だ。責任が取れない。何かあったときに責任を取るのは、私達大人なんだ。だから従ってほしい」
メガネ教頭は、教育者としてまっとうな理由を言っていたと思うのに、僕にはなぜか、しっくり来なかった。

「僕の母は、昨日やりたいことを打ち明けたら理由を聞いてくれました。その上で、自分で責任を持ってやることに決めました。それには誰の許可も、制限も必要ないと」
「君は黙っていなさい」
春人の場だとわかっているのに、僕は止まらなかった。
「教頭先生は、春人の赤髪の理由を聞かないのですか。聞きもせず、認めないで従えって言うのは、僕はなんか・・・嫌です」
うまく言葉にできなくて、悔しい。
太ももにおいた握りこぶしに目を落とすと左の握りこぶしを、春人がポンポンと叩いて、僕らは目を合わせた。バトンタッチだ。

「僕がこの髪を染めたのは、差別を知るためです」
春人はそういってまっすぐに、教頭を見つめた。初めて聞いた言葉だった。春人は深呼吸してから、落ち着いた口調で話し始めた。
「この髪色になって、他の人と同じことをしていても注意されることがありました。不良とからかわれたり、何か問題が起こると疑われたりすることも増えました。
もちろん僕は、不良じゃないし成績の良い生徒なのに、です。だけど名前を覚えてくれる人や綺麗って髪色を褒めてくれる人もいました。他の人と違くなってみて初めて、気づいたんです。
偏見や差別、それと個性を。みんなが同じままなら、気づけなかったことです。でもやはり黒髪に僕は戻すべきなのでしょうか」
メガネ教頭は、少しうろたえて前かがみで言った。
「とにかく、君は子供だ。わかったなら、もう黒に戻せばいいんだ」
春人は机を叩いて立ち上がる。

「僕はまだ子供だ。だからこれから何にだってなれるんだ。あなたみたいな奴にだって、そうじゃない人のようにだってありのままで生きられる」

僕も頷いて立ち上がると、僕と春人は職員室を後にした。

その翌週、春人は黒髪で学校に来た。ただもみあげと襟足はまだ赤のままだった。


22歳の僕はそれを思い出して笑いながら、今日も少女漫画を書く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?