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支援ではなく、ビジネス。「異彩」が社会の価値観を変える【ヘラルボニー×丸井グループ特別対談】

障害のある人の「普通じゃないこと」に秘められた無数の「異彩」を世の中に届けることで、社会の側にある障害をなくし、新しい文化を創造する株式会社ヘラルボニー。同社で代表取締役を務める松田崇弥氏と、ヘラルボニーとの共創を進める丸井グループの武藤夏子が、すべての人に選択肢のあるインクルーシブな社会をめざす共創のあり方を探ります。



【対談者】
松田 崇弥氏
株式会社ヘラルボニー
代表取締役社長 CEO

武藤 夏子
株式会社丸井グループ 共創投資部
D2C&Co.株式会社 共創投資担当



ミッションに共感し「Marui Co-Creation Pitch」への参加を決意

武藤:ヘラルボニーと丸井グループの出会いは、当社が企画するスタートアップ企業向けのピッチイベント*1「Marui Co-Creation Pitch」の第1回に参加してくれたことがきっかけです。まずは、ヘラルボニーのご紹介をお願いします。

松田:当社は「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、2018年に福祉実験ユニットとして創業しました。このミッションには、「知的障害」にも無数の特性があり、「普通じゃない」ということは、同時に可能性を持つのだという想いを込めています。さまざまな「異彩」をさまざまな形で社会に送り届けることで、福祉を起点とした新しい文化をつくりたいんです。現在は、おもに知的障害のあるアーティストの作品を用いたライセンス事業を行っています。

武藤:どのようなきっかけで起業されたんでしょうか?

松田:生まれた時から4歳上の兄・翔太が重度知的障害を伴う自閉症があったので、福祉という世界が幼いころから身近にあったんです。例えば、自閉症協会やキャンプなどいくつかの団体に入っていて、週末は家族皆で通っていました。なので、物心がついたころに仲良くしてくれていた友人の多くが、福祉関係の人たちだったんです。そのくらい福祉が身近にある環境で育ったので、自然と「いつか福祉領域で起業したい」という考えが自分の中にありました。実際、小学校の卒業アルバムには、「特別支援学校の先生になりたい」と将来の夢を書いていたんです。

武藤:小学生のころから、福祉にかかわりたいと思われていたんですね。

松田:実はそうなんです。しかし、広告系の仕事をしながら30歳までに起業しようと思っていたものの、福祉領域で具体的に何を事業にするかを見出せていなかったんです。そんな時に、知的障害のある方のアートと出会いました。それがとにかくかっこよくて、その時に受けた衝撃を今でも鮮明に覚えています。それと同時に、そのアートがCSR(企業の社会的責任)や社会貢献というフレームに入れられていることに違和感を覚えたんです。つまり、作品自体すごくかっこいいのに、社会貢献性だけが前面に押し出されてしまっていたんですよね。

武藤:障害のあるアーティストだからという理由で、作品が純粋に評価されていなかったんですね。

松田:そうです。障害に対して世の中に漠然とある先入観をなくしたい、純粋に作品を見てほしいとあらためて強く思ったんです。そこで、障害のあるアーティストの作品を用いたライセンス事業を始めようと思いつきました。ライセンス事業としたのは、ライセンスでお金が回り続けるモデルにすることで、障害のあるアーティストが納期に縛られない状態で創作してほしいという想いからです。

武藤:アート作品を通じて、「障害」のイメージ変容を社会に働きかけていますよね。

松田:将来的には障害福祉のインフラ領域まで事業拡大したいという想いがあります。アートはその第一歩としてのチャレンジです。その中で、起業して約2年が経ったころ、大企業との共創をいろんな形で実現させたいと思い始めました。

武藤:そのタイミングで「Marui Co-Creation Pitch」を見つけてくださったわけですね。

松田:そうです。丸井さんのミッション「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブで豊かな社会を共に創る」に共感し、共創のアイデアを提案したいと強く思い応募しました。

武藤:私もそのピッチイベントに参加していたのですが、当日のプレゼンでは、まず崇弥さんの熱い想いに心を打たれました。当社の店舗とカードというアセットを活用した提案は、共創していくのに無限の可能性が見えましたし、ビジネスとしてすごくおもしろいと思いました。投票の結果は、優秀賞とオーディエンス賞のW受賞でしたね。私もヘラルボニーに投票しましたが、丸井グループの社員は崇弥さんの想いや提案にとても共感するだろうなと思いながら、プレゼンを聞いていました。

松田:ありがとうございます。採択していただいてからは、ものすごいスピード感で「ヘラルボニーエポスカード*2」のローンチまで進めていただきました。フィンテックの仕組みで障害のある人たちの生き方を変えたいという想いから、社会に還元できるクレジットカードを提案したんですが、それがこんなに早く実現するなんて驚きました。

武藤:「ヘラルボニーエポスカード」は、利用金額の0.1%分のポイントがヘラルボニーを通して作家の創作活動やその普及、または福祉団体の活動に還元される機能があります。当社には、エポスカード利用金額分のポイントを寄付するという前例がなかったので、かなり試行錯誤しました。でも、チームメンバーが非常にクイックに動いてくれたことが早期に実現した理由の一つかなと思います。

松田:このカードを通じて社会を良くする「買い方」を生活者に提案することで、購買行動を媒介とした福祉領域の拡張をめざしています。へラルボニーエポスカードのご利用額は着実に積みあがってきていて、社会を前進させている実感がわいてきています。

*1 新規事業創出をめざすスタートアップ企業が、投資家に対して事業企画をプレゼンすること。

*2 現在は「ヘラルボニーカード」に名称を変更している(理由は後述)。

障害のある人の才能に依存するビジネスモデル

武藤:先ほど崇弥さんは「障害に対する世の中の先入観をなくしたい」とおっしゃっていました。ヘラルボニーが思い描くより良い社会とは、どのようなものなんでしょうか?

松田:「選択できる社会」だと思います。例えば、障害のある人がカフェで働きたくても、今の社会だとなかなか難しい。私たちは、ここに「カフェで働く」という選択肢をつくりたいと思っています。

武藤:障害のある方にとっての選択肢を増やしていきたいんですね。

松田:増やしていきたいです。ただこれって、障害のある人全員がカフェで働けばいいと思っているわけではなくて。例えば、僕の兄がカフェで働きたいかと言えば、やりたくないと思う(笑)。選択肢があって初めて、それを選ばない判断ができることが重要なんです。これまでやりたいという想いや願望、才能があるのに、選択肢がなかった人へいろんな選択肢をつくりたいですね。そのうえで、「やらない」という判断をする人がいても良いと思っています。

武藤:確かに。選ぶ・選ばない以前に、そもそもの選択肢がないことが問題ですね。こうした社会を実現するうえで、ヘラルボニーが社会福祉団体としてではなく株式会社として活動されていることに大きな意義を感じます。

松田:そうですね。株式会社であることにすごくこだわっていました。この時代において人が生まれた時のスタートラインって、平等ではないなと強く感じています。障害のある人はどうしても、「劣っている」「欠落している」部分だけがフィーチャーされてしまう。これは「障害」という言葉の概念が根強く世の中に浸透してしまっているからだと思います。僕はその偏った見方を変えたかったんです。変える仕組みをつくりたかった。

武藤:人それぞれに持っている突出した部分を活かすことは、まさに多様性だなと思います。

松田:正直、社会福祉団体でも活動自体はできていたと思います。でも、それだと困難を抱えている人を支援するという形になる。僕の兄は国から障害者手帳や補助金が付与されていますし、そういう意味でもちろん支援は大切です。でも「障害のある人を支援する」という社会のあり方から脱却したかったんです。そこで、「株式会社ヘラルボニー」として、障害のあるアーティストの才能に依存する形のビジネスを考えました。彼らの才能がなければ僕らは食いっぱぐれるという構造を社会に見せつけたかった。

武藤:ヘラルボニーは芸能事務所、社員はプロデューサーのようだなと思ったりします。アート作家さんの才能を発掘して、さらにそれをより良い形で世の中に届けていますよね。そう考えると、ここからは「支援」という言葉は消えて、共にビジネスをしている構図になると思うんです。これを一スタートアップだけで頑張るのはおかしな話で、知名度や資本を持つ当社のような大企業が共創して、どんどん加速させていかないといけないと感じています。

松田:ありがとうございます。彼らに依存するというビジネスを通じて、世の中にある「無自覚な差別」を取っ払いたいんですよね。「できないこと」ではなく「できること」に視点を合わせれば、その人の見え方も変わってくると思うんです。見え方が変われば、おのずとその人への接し方も変わってくるはずです。

武藤:崇弥さんの世の中に対する訴えには、過去にお兄さんの翔太さんのことを馬鹿にする同級生や見下していた人たちがいたことが背景にあるのではと思います。障害のある人への偏った見方が引き起こしたつらい経験があったからこそ、これほどまでに社会を変革したいという強い想いがあるんだろうなと。崇弥さんはきっと今、世の中に「してやったり」という想いがあるんじゃないのかな。

松田:「してやったり」ですか!(笑)

武藤:あ、違うかな(笑)。「ほらね」かもしれない。ヘラルボニーのアートでデザインされたプロダクトをかっこいいなと思った人が、実は障害のあるアーティストの作品だと知った時に「まさか」と驚く人も多くいると思うんです。「できないだろう」と思われている人が、こんなにすてきな絵を描くんだ、と。そこで自分の中にある無自覚な差別に初めて気づく。

松田:「してやったり」はなんだか策士みたいですけど、合っていると思います(笑)。どんどん気づきの接点を増やして、障害に対する世の中の考え方やアクションを変えていきたいですね。

「&ヘラルボニー」には無限大の可能性がある

武藤:私は現在、共創投資といって丸井グループと共創できる企業をつなぐ仕事をしています。業務の特性上、日々ものすごい数のスタートアップの方とお会いするんですが、お話を聞いているとすぐに「ヘラルボニーと共創したらおもしろくなりそう」と考えてしまうんですよね。

松田:わ、うれしいです。

武藤:例えばホテルというだけでも、スタートアップからラグジュアリーなホテルまで幅広くコラボレーションができるビジネスモデルじゃないですか。どこまでいけるの?ってくらい共創の輪が広がりますよね。

松田:ありがとうございます。以前、あるホテルとコラボレートした時に、ホテルの方に、「車いすユーザーの方と向き合う良い機会になりました」という声をいただいたんです。ヘラルボニーのアートでデザインした美しい部屋だけではなく、そのホテルが障害のある人と向き合うきっかけもつくれたと実感しました。僕らもただコラボするだけではなくて、こういった体験のきっかけもつくっていきたいとあらためて思いましたね。

武藤:すばらしいですね。ヘラルボニーと共創することで企業側の姿勢が変わり、社会全体へのインパクトにつながっていく。ただの発注・受注関係のコラボではなく、共にインパクトを創るパートナーとして、いかに本気で取り組むかが重要ですよね。当社はヘラルボニーと資本提携を結び、短期的・直接的な利益を求める関係性ではなく、双方のミッション実現と事業成長をめざす関係性だからこそ、長期的にビジネスを共創していけると自負しています。両社が組むことで新しい価値が生まれ、かつ両社とも長期的に利益が出ないと共創とは言えないですよね。

松田:そうですね。共創をスタートした時に、武藤さんが「親戚関係でありたい」と言ってくださったのを覚えています。

武藤:家族ではないところがポイントで、資本という血を分けた関係ではあるけど、それぞれ生計や家族は別にある。でも困難があれば助け合うし、うれしいことがあれば喜び合うみたいな関係性です。だからヘラルボニーがさまざまな企業やブランドと自由にコラボして、成長することが当社としてもうれしいことなので、「ヘラルボニーエポスカード」という名前を「ヘラルボニーカード」に変え、券面から「EPOS」という文字を取るという決断にいたりました。

松田:いろいろな企業さんと協業する際の制約にならないようにと考えてくださったんです。

武藤:親戚ですからね(笑)。あとシンプルに考えて、「ヘラルボニーカード」を持ちたい方って、ヘラルボニーファンなんですよ。「EPOS」と入っている必要がないじゃないですか。

松田:本当にありがたいです。今後は「ヘラルボニーカード」を起点とした共創を広げていきたいです。例えばヘラルボニーカード会員さまをコミュニティ化してヘラルボニーコラボホテルに宿泊できるポイントの仕組みをつくるとか。あとは、エポスカードセンターでの待ち時間にお茶ができるカフェをつくり、そこで障害のある人に働いてもらうとか......。「ヘラルボニーカード」から始まる新しい広がりを明確にイメージできるんですよね。「ヘラルボニーカード」が大きな幹で、そこにいろんな種類の花がたくさん咲いていくような。

武藤:いいですね、ぜひ実現させたいですね。広がりが無限大なので、アイデアを考えたり話したりしているだけで、ワクワクします。自分がより良い未来へ社会を一歩前進させていると実感できる瞬間でもあります。私には娘がいるのですが、娘の生きていく未来をつくることができていることが何よりうれしい。娘に「仕事に行ってきます」と言う時もなんだか誇らしい気持ちです。

松田:そう言ってもらえると、うれしいです。僕も娘が生まれてから、長期目線で社会へのインパクトを生み出すことをより意識するようになりました。兄のために、娘のために、そして自分のために未来をつくる。社会のためにという漠然とした大義のためではなく、まずは自分と自分の大切な人のために取り組むと、納得感と幸福感が生まれますよね。丸井さんと共にその未来を確実につくれていることがうれしいですし、その共創の輪をどんどん大きくしていきたいと思っています。

本記事は、以下ヘラルボニーさまの表現に則って掲載しています。
「障害」という言葉については多様な見解があり、それぞれの考えを否定する意図はないことを前提としたうえで、ヘラルボニーさまでは「障害」という表記で統一しています。「害」という漢字を用いているのは、社会の側に障害があるという考え方に基づいています。

※この記事は、丸井グループオウンドメディア「この指とーまれ!」の記事として2023年4月に公開されたものです。


松田 崇弥氏

株式会社ヘラルボニー 代表取締役社長 CEO小山薫堂が率いる企画会社・株式会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の兄・文登と共に株式会社ヘラルボニーを設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニットを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。2021年に丸井グループと資本提携を結ぶ。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。2022年から「一般社団法人インパクトスタートアップ協会」(Impact Startup Association)の理事を務める。著書に『異彩を、放て。――「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』がある。

公式サイト - https://www.heralbony.jp/
X - https://twitter.com/heralbony_twins
ヘラルボニーカード -https://www.eposcard.co.jp/designcard/heralbony/index.html

武藤 夏子

株式会社丸井グループ 共創投資部 D2C&Co.株式会社共創投資担当
1998年入社。入社以来PB(プライベートブランド)の生産やバイヤー担当を経て、現在は共創投資部でスタートアップとの共創事業を推進。2020年より、株式会社ヘラルボニーと共創チームを組成し取り組みをスタート。