人類、そしてビジネスの生き残りのために知っておきたい「生態系サービス」のこと。農林水産省「SDGs×生物多様性シンポジウム」メモ

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2017年の2月17日に農林水産省で行われた「SDGs×生物多様性シンポジウム」のメモです。「生態系サービス」という概念によって、生物多様性が社会、そしてビジネスにもたらす価値が明確になりつあるということがよくわかりました。

気候変動で科学者の知見が結集され精緻なデータ分析が行われるようになり、ビジネスにも活用されるようになったのと同じ動きが、いま生物多様性でも起きつつあるようです。


特別講演:

寺島 実郎氏(一般財団法人日本総合研究所 会長、多摩大学 学長)

【高度成長期に日本が失ったもの】

世界のGDPシェアの推移を見ると、日本のGDPシェアは戦後の3%から高度成長期を経た1988年には16%に。そこから30年で6%に低下。世界では「今後日本は3%が定位置」という論調も。

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戦後の日本は工業生産を最優先に。工業生産で外貨を稼ぎ、食べ物は外国から買ったほうがいいということにしていた。その結果が37%の食料自給率。(アメリカ130%、ドイツ95%、フランス127%、イタリア60%
、イギリス65%)

2018年の農林水産物の輸出は9,068億円。食料品の輸出は7,407億円。それに対し、食料品の輸入は7.2兆円。

世界の食料市場規模は、2009年は340兆円だったところが、2020年には680兆円にまで伸びると予測されている。日本の産業と雇用を安定させるために、農業と食料生産を重要な政策目標に入れるべき。

【人口構造の急速な成熟化を衰亡にしないために】

人口の4割が65歳以上になる時代。ジェロントロジー(gerontology:高齢化社会工学)の視点で、高齢者を社会参画させ、生かし切る社会システムの制度設計が必要。

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田舎の高齢者は都会の高齢者と違い、至近距離に一次産業がある。それが社会参加につながっている。食べ物をつくるようになると、食との向き合い方が変わり、生き方が変わる。都市部で、連携先の地方の農家で農作業や販売体験のプログラムに参加させたり、都市の遊休地を利用した農業参加を支援するなどが求められる。

日本再生の基軸は、工業やデジタルフォーメーションのみではない。食と農にもある。食料生産と高齢者の社会さんを組み合わせることで、経済の安定と自給率の向上、高齢化への対策を同時に進めることができる。

基調講演:

橋本禅氏(東京大学大学院農学生命科学研究科 )
農林水産業による生物多様性への貢献
「農林水産省生物多様性戦略の見直しに関する有識者研究会」からの提言

【1.生物多様性が注目されている、国内外の背景】

(1)
2020年10月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が、中国(昆明市)で開催される予定。そこでは、愛知目標の進捗を踏まえたポスト2020目標が決定することが見込まれている。日本を含む各締約国締約国は同目標の実施に向けて、次期国家戦略を策定する予定。

(2)
2018年3月に公表されたIPBES*の「土地劣化と再生評価報告書」では、生物多様性に関する世界的な対策が進まない要因として、「生産現場と消費現場の乖離」があげられている。貿易の拡大によりサプライチェーンが国境を超えたことで、遠く離れた生産現場等の環境への影響が消費者に認知されづらくなっている。
*IPBESS…生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム :生物多様性版のIPCCのようなもの)

(3)
同機関が2019年5月に公表した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模アセスメント報告書」では、人類活動によって今後数十年間で、約100万種の動植物の絶滅が危惧されると警鐘を鳴らしている。

(4)
2019年にFAOより発表された「THE STATE OF THE WORLD’s BIODIVERSITY FOR FOOD AND AGRICULTURE」によると、花粉媒介者や土壌生物など食料と農業における生物多様性は遺伝子、種、生態系のいずれのレベルでも減少を続けており、食料安全保障と持続可能な社会の実現が危ぶまれていることが報告された。

(5)
近年、投資家等による企業価値評価の材料としてESGの存在感が高まるなど企業経営における環境保全の取組が大きく注目されている。

(6)
国内政策の変化として、農林水産業や農山漁村の政策における生物多様性の保全に大きく関係する食料・農業・農村基本計画の見直しや漁業法の一部改正が行なわれていること。

【2.農林水産業や農山漁村が育む生物多様性】

生物多様性と共生した農林水産業や農山漁村は、農林水産物を供給するだけでなく、洪水防止や水質の浄化、地域の特色ある伝統文化や農村景観などの生態系サービスと農林水産業との相乗効果を生み出している。近年、生物多様性は、「生態系を活用した防災・減災」、「グリーンインフラ」など気候変動適応、防災・減災、水質の浄化等の様々な社会的課題の解決に貢献すると期待されている。そのため、体験学習などを通じて、国民一人ひとりにこの重要性について理解してもらい、持続可能な農林水産業の確立に貢献することが重要である。

【3.農林水産業や農山漁村が持続することによる影響】

<正の影響>
●地域特有の景観、自然環境を形成・維持
●多くの生き物にとって貴重な生育・生息環境を提供し、特有の生態系を形成・維持
●里地里山に昔から見られた生き物の生息環境が維持され、野生鳥獣が人里に下りてくることを防止。

<負の影響>
●生物多様性への配慮に欠けた人間の活動が、野生生物種の生育・生息環境を劣化させ、生物多様性に大き影響を及ぼす。

→政府の「農林水産生物多様性戦略」でも、農林水産業や農山漁村による生の影響、負の影響について触れ、環境と経済の両立のためには、農林漁業者の理解を深めることが重要であることを記載する。

我々の消費活動が他国の生物多様性の損失に影響
日本は輸入による他国の影響が大きいNet Importerとして世界第2位

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河口 真理子氏(株式会社大和総研 調査本部 研究主幹)
「企業や投資家の生物多様性戦略」


【サステナブル金融、ESG投資の流れ】

2018年の世界のサステナブル投資(責任投資・ESG投資)市場は30兆ドル(3,300兆円)。日本のESG投資市場は2015年→2019年で12倍に。2019年度調査のサステナブル投資残高は前年比45%増の336兆円(運用資産総額における割合は56%)に拡大。

【自然資本としての生物多様性】

近代経済は「自然環境は無料、無限」を前提としていた。しかし、本当は地球は有限。自然の恵み・有限性を無視した自然破壊・自然資本の濫用結果として、人類の生存自体が脅かされる事態に。「有限の地球」「人間活動が損ねた自然の豊かさ」を経済システムに組み込む必要に迫られるように。

【自然資本の定義 by 自然資本連合】

自然資本とは、地球上の再生可能/非再生可能な天然資源(例:植物、動物、大気、土壌、鉱物)のストック。これらの天然資源のストック(資本)が人に「サービス」のフローを生み出す。

生物多様性は自然資本の一部であるとともに生態系サービスを下支えするもの。また、洪水や干ばつといった自然災害に対する回復力を提供し、炭素循環と水循環、土壌形成といった基礎的プロセスを支える。

【生物多様性をいかに金融に組み込むか】

金融は、気候変動の次、生物多様性のリスクを認識し始めた。

「生態系サービスにある種 金銭的価値を設定する など、こ ギャップを埋めるため 様々な努力がなさ れている。そ ようなアプローチ とても有益で あ るが、それ以上に我々 自然界に対して謙虚な気持 ちを取り戻さなけれ ならない。自然に 限りがあり、 掟があるという簡潔な理由から、昔 人々が長い間 そう理解してきたように、我々も最終的に 自然に従 い、自然に対して責任を持たなければならない。」
(「生態系と生物多様性 経済学 The economics of ecosystems & biodiversity(TEEB)中間報告」2008 )

トークセッション1:


阿部 純一 氏 (ネスレ日本株式会社 マーケティング&コミュニケーションズ本部コーポレートアフェアーズ統括部 コーポレートコミュニケーション室 室長)「ネスレのパーパス(存在意義)とCSVの実践」

ネスレのSDGsにおける最重要課題は「サプライチェーンの管理」と「農村開発と貧困緩和」。

SDGsをCSVを通して実現するために大切なのは、
・消費者をどう巻き込むか
・メディアやNGO、アクティヴィストからの声にどう応えるか

特に欧米では、企業の悪いことも報道されるが、改善されたことも報道される。外からの厳しい声のおかげで変わっていける、会社の信頼につなげることができる。

日本では消費者に情報が行き渡っていない。海洋生態系、卵、牛肉の問題、欧米では当たり前の問題が日本では理解されていない。そんな中、国内の消費者向けに商売している企業は、世界的な動きを知っていて、投資家の目もある中、板挟みになっている。

大和総研 河口氏コメント:
日本人は日本語の情報でないと読みこなせない。そのせいで精神的に鎖国化している。また、「お客様は神様」意識が高すぎて、最後のきれいなとこだけ見せて、サプライチェーンは隠す。昔はサプライチェーンが国内に限られており見えやすかったため悪いことができなかったが、グローバル化でサプライチェーンが見えなくなっている。環境破壊や児童労働などは消費者の視界の外にあるため、考えなくていいよ、という空気ができてしまっている。

東京大学 橋本氏コメント:
日本の企業、消費者は生物多様性への意識が低い。生態系、種、遺伝子の多様性を、守ることがどう重要なのかをわかりやすく伝えるのが「生態系サービス」。生物多様性においても、IPCC的な組織、知識基盤としてIGPESができた。科学的な情報を提供する基盤があることで、国際的なルール作り、企業の規範づくりに貢献することができるようになる。

トークセッション2:

菊池 紳氏(いきもの株式会社 創業者・代表取締役)chiQ(チキュウ)が手がけるサステナブル・イノベーション」

両親の実家を手伝うため、東京から山形の過疎地に通って農業をするように。やってみて気づいたのが、農業が問題なのではなく、流通構造に問題があるということ。流通ロスを下げることで生産者の収入を上げることに取り組んだが、それでも儲かっている空気にはならなかった。

次にコストサイドに目を向けると、肥料や資材、燃料などで稼いだお金が外に出て行っていることに気づいた。資源側の地産地消に取り組み、地域から種や落ち葉、木材などを調達。いま使っているものを分解してみて、結果的にコストが下がる方を模索していく。

大企業や消費者は「同じ産地のものを同じ値段で同じ量買いたい」と無理難題を突きつける。農家はそれに応えようとがんばりすぎている。大企業は、供給のリスクを回避したいのであれば、本来、産地や銘柄などはバラけさせるべき。農作物は「多様なものが、多様なところでできる」が自然。その本来のあり方に、企業や消費者が柔軟に対応していないのが問題。

生産側の「無理」を解決するために、生産側の適地適作を考えて流通をデザインし直す。理想の姿を実現するツールとしてITを活用していく。

「生態系サービス」に関して。私たちは生態系からサービスを受けているが、そのサービスに対価を払っているだろうか。奪ってばかりではないだろうか。「生物多様性」は、企業からすると遠い概念。「生態系サービス」という観点で、「必要な原材料の調達コストが上がる」と、生態系サービスが失われることで発生するコストやリスクを伝える必要がある。

いまの市場に対し受けるであろうデザインをするのではなく、こうなったらいいんじゃないか、というものをプロトタイプで見せて市場をつくり、消費者をエデュケーションしていきたい。CSRや広告を超えて、本業に意味があることをやりたい。実務的にいっしょに勉強しながら、新しい事業をつくっていきたい。

「サステイナブル」は多面的でぼやっとしている。「SDGs」も表現がぼやけていると何だかわからない。だから、アクションが取れない。例えば「廃材を利用しよう」というようにクリアにテーマを掲げる。その先にいろんなものがつながっていけばいい。大事なのは、具体的かどうか、アクショナブルかどうか。

広告は、アピールと実態との乖離がある。盛っているから、伝わり方が歪む。透明性の時代なので、受け手は「嘘じゃん、ブラフじゃん」と情報の受け手は見ている。具体的にやっているのかが見られる時代。ちゃんとしている人が、ちゃんと伝えている、というところは差別化できる。

NPO法人田舎のヒロインズ理事長 ERI氏コメント:
日本の国土とランドスケープを維持し、自給率を向上させるには何が必要なのか、バックキャスティングして考える必要がある。日本が直面しているのは人口減少。人口が減り、高齢化が進むといういことは、食べる人が減り、食べる量も減るということ。海外に売る、海外から人を呼ぶことが必要。また、農業後継者がいなくなる問題に対しては、テクノロジーを活用しないと解決できなくなってきている。

ラップアップセッション

経済指標でしかビジネスが評価されなかった20世紀。これからは、環境と経済の両立が課題となる。

例えば、新たに地球から掘り出した資源を使わないことをめざすアップルの「デイジー」。レアメタルは高くなっているので、山ほど作ったパソコンやケータイをリサイクルするほうがはるかにいい。そこでリサイクル工場を投資して建設。売上を上げるのではなく、利益率を上げる仕組み。

私たちの生活は環境の外にあると思っていないか。46億年という地球の歴史の中でできた環境に依存して生きているというのが実態。経済が世界の中心だと思っているが、現状では「高付加価値で儲ける」どころか、生きていけなくなる可能性がある。死んだ地球にはどんなビジネスも成立しない。人としてどうして生きていられるのかということを前提とした上でビジネスを考えなければいけない。

都会の消費者は「農村の暮らしを支える」などと言うが、暮らしを支えているのは農村の方。その一方で、農家の側も「消費者に求められるものを作るのが生産者」という意識のままでいる。景観や生物多様性を守っているのだ、という意識を持つ農家がいない。ドイツは農家に補助金を出す際、「有機」とか「生態系」を条件としてきた。そうした意識づけも必要。

気候変動に対して起きたような変化が、今後、生物多様性でも起きてくる。情報開示、そしてその情報をビジネスに活用する動きが進む。


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