小説 紙飛行機
雄介の作った紙飛行機は、校舎の向こうまで飛んだ。クラスの誰もそんな飛距離を想像していなかった。先生も想像していなかった。
結局、紙飛行機は校舎に隣接する家の敷地に落ちた。
後で、担任の先生と雄介が飛行機を回収に行った。
康太は、その様子を教室からじっと見ていた。
『紙飛行機をどうやったら遠くまで飛ばせるのか』
ある日、そんなテーマの授業があった。紙飛行機を作って飛ばす。単純なことだったが、やってみると思いの他難しかった。
「そんなんじゃだめだ。こうしたほうがいいんだよ」
康太は雄介に作り方をアドバイスした。しかし、雄介は康太のアドバスを聞かず、自分の思う通りに作った。
「まあまあ、どうにかなるって」
と雄介は言った。
雄介は飛距離をそんなに望まなかった。課題に目を背けていたわけではなく、雄介の持つ生来の大人しい性格がその競争への参加を遠ざけた。
「なら、いいけどね」
と康太は言った。
康太は紙飛行機をしっかりと作り上げた。羽を曲げたり、様々な工夫を見せた。康太は自分の作り上げた紙飛行機が、どこまでも飛んでいく様を想像していた。その想像は現実になるに違いない。そう思った。
工作の時間を終え、いざテスト飛行となった。校庭に集まって、各々紙飛行機を飛ばした。
期待とは裏腹に、康太の作った紙飛行機はまったく飛ばなかった。吸い込まれるようにすぐに地面に落ちた。
雄介の作った飛行機は、長時間飛んだ。滞空時間はクラスで一番だった。どうやってそんな風に飛ばせるのか。みんな知りたがった。
みんなが雄介の元に集まった。
康太はその様子を見ていた。康太の紙飛行機は、落下した衝撃で、羽の部分が歪んでいた。
紙飛行機を、校舎の4階から飛ばしたらすごいことになるのではないか。クラスの誰かがそう言った。雄介も得意になって、飛ばしてみたいと言った。学校の敷地を越えて、飛んでいくかもしれない。そんな期待が高まった。
「そんなことできるわけないじゃないか」
康太が言った。康太は面白くなかった。自分が作った飛行機よりも、康太が作った飛行機が飛んだということが、面白くなかった。
自分の方が、成績だって上で、身長だって高い。何かと、康太は雄介のことをライバル視し、あらゆることにおいて、彼と自分を比較していた。
雄介はおっとりとした性格だったので、康太から向けられた敵意に気がついていなかった。その様子がかえって、雄介の余裕に移って、康太はますます面白くなくなるのだった。
この時も、雄介は康太の言葉をあまり気にしなかった。
4階の教室に戻り、そこからクラスの全員にあおられる形で、紙飛行機を飛ばした。先生もそんなに飛ぶとは思っていなかったので、校庭に誰もいないことを確認して許可した。
雄介の手から、紙飛行機が飛び立つ。ふわりと、世界の重力を味方につけたかのように、ゆるやかに飛びだった。
康太はその紙飛行機を口を固く結んで、にらみつけた。
紙飛行機は自由だった。飛んでいる、というよりも長い時間をかけて落下しているように見えた。しかし、高所から投げているため、飛距離はかなり伸びた。結局、紙飛行機は校庭を越えてしまった。
その様子を見て、クラスは湧いた。
その時、雄介はクラスの英雄だった。クラスで目立たなかった男は、この時だけクラスの人気ものになった。
「やったよ、康太くん!」
雄介が言った。
康太の気持ちは晴れやかではなかった。
唇を少しほどき、まだ固い表情で笑顔を作った。
「おめでとう」
と康太は言った。
先生と雄介が、着地した紙飛行機を回収しに行った。
教室からその様子をクラス全員が見ていた。まるでホームランを打ったバッターを見ているようだった。
康太は自分の廊下に出た。手には、自作の紙飛行機がある。
誰もいない廊下で飛行機をすっと飛ばした。飛行機は地面に誘われるようにして落ちた。
康太は、紙飛行機を踏みつけた。
紙飛行機はつぶれて、二度と飛ぶことはなかった。
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