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モルディブの幽霊事情

インド洋に浮かぶ小さな島国、モルディブ共和国でヘアメイクの先生をしていた頃の話。

ある日、生徒たちが新聞の記事を回し読みして
自分の肩を抱きしめ、顔を顰めながら互いの顔を見合わせていた。

ラーイライヒッラッラーイ と謎の言葉を発しながら

「Marry…見て、これ 、、怖いよね」
と、その新聞の切れ端を渡してきた。

やたらと髪の毛が絡まって野球ボールほどの毛玉が長い髪の中程にぶら下がっている女性の写真だった。

「やば!笑  なんでこんなにもつれたん?笑」
笑って生徒に新聞を返すと チッチッチと舌打ちのようなものをしながら、「シー…。Marry,だめよ、 ジニに、聞こえちゃう .」と不安な顔をする。

クラスリーダーの子が詳細を説明してくれた。

モルディブのローカルの島では未だに塀で囲われた屋外に井戸があり、トイレやシャワーが備わっている所がある。
もちろんお湯なんてでない。
シャワーヘッドすらない所もある。
周りはヤシの木のジャングルだ。

モルディブ人は、木が沢山ある場所に精霊(ジニ)が居ると信じていて、ジニは水が嫌いらしい。
水がかかると怒って唾を吐きかける。
それが人の皮膚に当たれば腫れ物や水膨れができる。

夕方の6時〜7時は1番ジニが活発で、その時間にシャワーを浴びることをタブーだとしていたらしい。

しかし、件の写真の女性は家族に叱られても、
いつもその時間にシャワーを浴びていた。

モルディブの、特に田舎の島の女性は髪を長くしていて、洗髪後、お尻まである髪を乾かすために水気を切る。
その動作は、歌舞伎で言う連獅子かヘッドバンキングやようにビターン ビターンと体を前後に屈めて水気を飛ばす。

このビターンビターンのせいで空を飛んでいたジニに水がかかったので、ジニが怒って唾を吐きかけたところ、髪の毛が岩のように固く絡まったらしい。

実際、モルディブの新聞ハビールに
「ハサミもナイフも脆く欠けてしまうほど針金のように硬く固まった髪の毛」と書かれていた。

とても恐ろしい話で私を怖がらせたいと言う期待のこもった表情で私を伺う生徒たち。
しかし私は日本人だから。ごめんけど。

「へぇ〜〜〜」としかでない。

私が怖がることを期待していた顔がスーッと消えていく

期待に添えなかったことが心苦しく
「ジニすごいね、ミラクルパワーあるね!」
と、ジニを、褒めてみても生徒たちは落胆の顔になって行く。

よくよく話を聞くとジニには色があって白は良い精霊で、悪いのは黒いジニ。
最悪なのは赤い女のジニらしい。

赤いジニは生きている男を惑わし、恋愛関係になると男はジニと一緒にいたいがために自ら死に至るそうな。

「……へ、へぇ〜〜〜。。赤ヤバいやつやん」
(いや、その男か1番やばいと思う)

生徒の落胆を見て気を使うも、怖くないものは怖くない

ごめんけど。
んなわけないやん。笑

結局、「みんなは気をつけましょうね。」と
曖昧な言葉で話の幕を閉じた。

別の生徒が「Marryの日本の怖い話聞かせてよ!」と言うので、よし、ここは体験談で怖がらせてあげようと、
落ち武者のとても怖かった話をした。

先程の生徒のようにに、精一杯恐ろしい顔をして
私の中の稲川淳二を呼び起こした。
(いなかった)

生徒全員の頭に大きめの「?」の浮かんで見えるほど、まったく響かなかった。

「落ち武者よ? 矢がいっぱい刺さってて。馬にのってお腹の上を走っていったんよ?」
したくはないが、何が怖いのかを説明する。 

「侍の時代に戦争があって、負けた侍たちがとてもディープな恨みがあってね…」

「オー!サムラーイ!」

一同盛り上がる。
いや。待て。まだ説明終わってない。

そこで唐突に気づいた。

そりゃそうよね。落ち武者なんて、知らんよね。
落ち武者の画像をパソコンで探し、
「この、ここら辺がとても恐ろしい、こやつが目に入らんか!」と頭に刺さった矢が痛そうな所を指して言うと、

「オー!痛そう!」と可哀想な顔をする。

私は断然、ジニより落ち武者が怖い。
でも、生徒達には可哀想なお侍さんに見えたらしい。

私がジニが怖くないのと同じに
生徒達は誰も落ち武者が怖くない。

怖い話。
特に幽霊話って、お国柄があって、その国の人にしか怖くないもんだな、と、興味深い日だった。




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