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法律には書いていませんが

知床で悲惨な事故が発生した。
これを受けて、安全対策が急がれる。
国も、安全基準の見直し、罰則の強化、また、過去の事故や処分の公表も検討しているとのこと。

これまで、同じようなことが繰り返されてきた。
バスの悲しい事故もあった。
そのたびに、監督官庁である国土交通省が、監査に入る。
それでも、なくならない。

僕は、船のこともバスのことにも詳しくはないが、長らくタクシー業界で管理職をしてきた。
監査にも何度も立ち会ってきた。

基本的には、国土交通省、実際には、各地域の運輸局が定期的に監査に入る。
ずっと昔は、数日前に監査の日程が知らされていたが、今は抜き打ちが普通になっている。
もし、死亡事故のような重大事故があれば、緊急で監査に入ることもある。

監査では、さまざまな書類がチェックされる。
つまり、法律や通達で定めた事柄が、きちんと正確に漏れなく記録し保管されているかどうか。

例えば、タクシーではドライバーが仕事に出る前に点呼というものを実施しなければならない。
そこで、飲酒チェックの結果、健康状態、睡眠時間等を確認し、会社からもその日の天候状況、接客についての注意事項などをドライバーに告げる。
そして、それを各項目ごとに記録しておく。

他にも、労働時間のチェック、個々のドライバーの運行記録のチェツク、また、交通事故の記録、その後の指導状況などの記録もチェックを受ける。

問題は、ここでチェックを受けるのは、あくまでも記録であることだ。
だから、例えば、100人点呼をする中で、たった1人でも記録が抜けていれば、指導を受ける。
いやいや、これは、ちゃんとやってるんですけれども、この1人だけ記録を忘れたんですと言っても通用しない。
そんなこと、あなたたちもあるでしょうと食い下がっても、聞く耳を持たない。
中には、99人は大丈夫なので、状況的には後の1人もきちんとできていると考えるのが妥当だと判断してくれる、優しい監査官もいる。
そのあたりは、監査官の判断による。
つまり、監査官の性格次第。

ただし、繰り返しなるが、チェツクを受けるのは記録、つまり書類だけだ。
悪く言えば、記録さえしておけば、実際には何もしていなくても、監査はすり抜けられる。
僕の経験から言えば、監査官が、点呼の現場に立ち会ったことは一度もない。
ぜひ見てくださいとお願いしても、見たことはない。
ドライバーの誰かに直接聞き取りをしたこともない。
彼らの目の前にあるのは、書類だけだ。

法的にはそれで、問題ないのだろう。
監督官庁としては、きちんと法に基づいて監査をして、必要な指導をしましたと。

今回の知床の事件でも、携帯電話が繋がらなかったということが言われている。
担当官は、携帯電話はつながりますという報告を電話で受けていたらしい。
恐らく、それで法的には問題はないのだろう。
だから、それをとやかく言われるのは、担当官としては不本意だろう。

監督官庁の体質、チェック方法が変わらなければ、いくら安全基準を厳しくしようが、罰則を増やそうが、何も変わらない。
各事業者が正しく運営していれば、問題はないだろうと言われるかもしれない。
それが正論だ。
しかし、それでうまくいかないことはもう明らかだ。
もちろん大変ではあるだろうが、もう少し現場に密着した監査、指導体制が必要だと思う。
現場に寄り添った体制と言い換えてもいいかもしれない。

もちろん、今回の事故も、運営会社に責任があることは変わりない。
その上での話だ。

タクシードライバーには1日の拘束時間が決められていて、それ以上は働くことも、働かせることもできない。
一度質問したことがある。
帰り道に、お年寄りが倒れているのを発見して、その救護にあたったために帰る時間が遅れて、結果拘束時間を超えてしまった。
そんな時には、どうすればいいのか。お年寄りを助けずに時間内に帰るのが正しいのか。

その時の監査官の答え。
「それを理由に遅れていいとは法律には書いていません」






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