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『京都のアソコ』

僕は喫茶店の紙ナプキンを広げて説明していた。
ボールペンで、大きくYと書いた。
「この右側から来てるのが高野川」
僕は、斜めの線の横に高野川と書く。
「そして、反対のこれが賀茂川」
同じように賀茂川と書く。
「そして、高野川と賀茂川が一緒になって真っ直ぐ伸びているのが、これも鴨川」
真っ直ぐの線の横に鴨川と書く。
「これはどちらもカモガワなんだけれども、こちらは賀茂川で、合流してからは鴨川と書くんだよ」
そう言いながら、合流地点のあたりを三角に塗りつぶす。
「ほらね」

僕は彼女に、京都の男はなぜ京都を捨てられないのかというテーマについての自論を展開していた。
京都の男が京都を捨てられないのは、それはいわばマザコンならぬ、シティコンのようなものだ。
いや、それ以上だ。
京都の男は、もう京都とやっちゃってる。
だから、京都の男と付き合う時には、決して私が初めてだなんて思ってはいけない。
京都の男は、どんな女性よりも早くに、京都でそれを捨てている。
どうしてそんなことがわかるのか。
その理由を説明していたところだ。
それは、京都の町をよく見てみればわかる。

「ほらね」
僕は紙ナプキンを彼女の方に押し出した。
「これを見て、京都の男は、少なくとも小学生くらいになると妙な興奮を覚えるようになるんだ。そしてね」
僕は彼女の顔を意地悪くしたから見上げる。
「そして、高校生になる頃には、みんなもう済ませているんだよ。自分が住んでる町とね」
だからと、僕はナブキンをたたみながら言った。
「だから、やめた方がいいよ。あいつについて京都に行くのは。絶対に後悔するから」
さらに、
「君は、僕とこの街で幸せになるべきなんだ」

しかし、健闘虚しく、彼女は京都に行ってしまった。
そんなことは知るものかと時は流れ、僕がホームで彼女をこっそり見送りながら流した涙も乾いてしまった。
彼女との連絡も途絶え、さらにいくつかの恋愛の後に僕も結婚した。

一人息子も中学生になり、この秋には修学旅行に行く。
不安は的中した。
旅行先に京都が入っている。
これまで、家族で旅行する際にも、京都だけは、頑なに避けてきた。
お金を出してやるから、お前だけ修学旅行は違うところに行け。
できれば、そう言いたかった。

そんなある日、手紙が届いた。
「お元気でしょうか。
ご無沙汰しています。
私はあれから、彼と結婚して、今では娘が2人います。
まだまだ、子育てに忙しい毎日です。
夫にあなたの話をしたことがあります。
夫は大きな声で笑いました。
以下は、夫の言い分です。

みんな、そう言うんだよ。
京都の男は、ってね。
でも、少し違うんだよな。
あの、君の元カレ?みたいな?人が言ったように、Yの文字の真ん中を塗りつぶす。
そして、おっと思う。
そこまでは同じなんだよ。
でも、僕たちは、こう考えるんだ。
ここか、ここから僕たちは生まれてきたのか。
つまり、京都は僕たちにとっては母と同じなんだ。
これが、なかなか理解できないんだよね。
君の元カレ?みたいな?人のような発想をついついしてしまうみたいなんだけれどもね。      
母なる故郷って感じかな。
僕を産んでくれてありがとうって感じで、京都の街を眺めているんだ。
だから、京都の男は女性を大切にするんだよ。
そうどすえ。
あはははは。

ということでした。お伝えしておきます。
私たちは、時々、あなたがあの時塗りつぶしてくれたところに散歩に出かけます。
鴨川と高野川が合流するところ。
そうそう、今では、そこにど根性松と呼ばれる松があるんですよ。
あなたが塗りつぶしたあたりにね。
あなたもこの松のように、挫けずに頑張ってください。
そうそう、あなたが書いてくれたあの紙ナプキン。
あの後、もう少し塗りつぶしてみると、私にはカクテルグラスに見えてきましたよ。
それでは、お元気で」

僕は、手紙を引き裂いた。
何が挫けずにだ。何がカクテルグラスだ。しかも、今ごろ。
「元カレ?」「みたいな?」、いちいちハテナをつけやがって。
妻は唖然としている。
「何かあったの?」
「何もない」
飛び散った手紙のかけらを集めながら、息子に言った。
「京都に行ってもいいが、絶対にアソコには行くんじゃないぞ」












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