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『ゾンビの小説』

おはようございます。よろしくお願いします。
新しい小説はなかなか好評ですね。売れ行きも好調です。
僕も社内で鼻高々ですよ。
あ、このコーヒー、美味しいですね。
やっぱり、優れた芸術家は違いがわかるものですね。
お世辞じゃないですよ、そんな。
本当に美味しいですよ。

で、今日はこの勢いで次回作を出しちゃいましょうという提案なんです。
実は、先生に書いていただきたいものがあるのです。
それは、ゾンビの小説です。
ええ、そうです、そうです。
おっしゃることはわかります。
巷には、既にソンビ小説や映画、ドラマがあふれています。
まあ、ちょっとしたブームと言ってもいいでしょう。
もちろん、そのブームに乗っかろうという思惑もあるにはあるんですけどね。

ただ、今世の中にあふれているものは、本当のゾンビの物語ではないんですよ。
そう思いませんか。
ゾンビだ何だと言いながら、結局は、そこに描かれているのは人間ドラマなんですよ。
ゾンビという危機に直面した時に、あぶり出される人間の本性というやつですか。
あれはあれで、面白いですよ。
エンターテインメントとしてはね。

でも、本来、人間は長寿を望み、時には、命がけで不老長寿を求めて来たんじゃないですか。
命がけの不老長寿なんて、笑えますけどね。
でも、ご存知でしょうが、ゾンビは死なないんですよ。
そうです、そうです。
ソンビになれば、もう死を恐れることはない。
これこそ、人間が求め続けてきた姿ではないですか。
それに、ゾンビ自身は子孫を増やしませんからね。
人口問題もない。
歳もとりません。ゾンビになった時の年齢のままです。
高齢化問題もない。

そこで、先生に書いていただきたいものは、人間ドラマなんかではありません。
ゾンビを主人公にした物語なんですよ。
永遠の命を手に入れたゾンビたちの物語です。
ゾンビの内面を描いていただきたいのです。

え、ゾンビに内面なんかあるのかって?
ああ、先生もやはり、あんな架空の物語に毒されていらっしゃいますね。
そもそも、ゾンビに内面があるかどうかは、ゾンビになってみないとわかりません。
あなたたち、いえ、われわれ人間は、犬や猫、時には虎やライオンまで、擬人化しているじゃありませんか。
ライオンが悩み成長する映画、ありましたよね。
なのに、ゾンビだけは、心なんか失った、生き物とも言えない怪物だと決めつけているのです。

先生、ゾンビは進化しないと思っているでしょう。
ええ、描かれているゾンビって、いつまでたっても同じですもんね。
でも、ゾンビも進化しているかもしれませんよ。
人間の言葉を学び、感情が生まれ、意志を持っているかもしれませんよ。
もう、人間と同じですよね。
死なない人間ですよ。
こんなスーツを着ていると、もう見分けがつかないでしょう。

もちろん、コーヒーの味なんかわかりません。
ああ、言っちゃった。
ま、いいか。
味覚は最後に進化するらしいです。
でも、お世辞を言うくらいの知恵はついてきました。

書きましょうよ、先生。
ゾンビの小説を。
ゾンビが書いた、ゾンビの小説。
世界初。
売れます、絶対、売れます。

さあ、先生、こちらに。
大丈夫ですって。
すぐにすみます。
歯型の目立たない、脇腹あたりにしましょうか。

だめですよ、逃げられません。
奥さんには、先ほど挨拶をして…
今頃、ひと足早く、永遠の命を手に入れておられますよ。
さあ…

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