『スプーン曲げの少年』
ある程度の年齢以上の方ならば覚えておられるだろう。
1970年代半ばの超能力ブームを。
ブームの火付け役は、ユリ・ゲラーだ。
イスラエルの超能力者で、1974年には来日もした。
テレビカメラの前で、スプーン曲げや、念力による壊れた時計の復活などを披露した。
それに呼応するように、日本でも1人の少年が注目を浴びた。
仮にSとしておこう。
当時中学生だったSは父親に連れられてテレビ局に現れた。
彼は、不審がる警備員の目の前で、ポケットから取り出したスプーンを曲げて見せた。
彼は、「スプーン曲げ少年」として、テレビや週刊誌に引っ張りだこになり、ドラマや映画に出演するまでになった。
アイドル以上の人気である。
というか、まさにアイドルだった。
そして、彼のかたわらには常に父親の姿があった。
彼は、来る日も来る日もスプーンを曲げ続けた。
ついに、手を触れずに空中に浮かべたスプーンを、そのまま曲げられるまでに上達していった。
そんな人気絶頂のさなか、彼はあるテレビ番組で、スプーンを曲げられなかった。
そばにいた父親は、昨日からの風邪のために集中できていないと説明した。
しかし、続く特集番組でも、彼は失敗した。
そして、あろうことか、ある週刊誌の取材の際にスプーン曲げを頼まれた彼は、記者の目の前でスプーンを床に押し付けて曲げてしまったのだ。
そばで父親が激怒していたのは言うまでもない。
「スプーン曲げはインチキだった」
そんな見出しが踊った。
マジシャンたちは、スプーン曲げをマジックとして披露し、種明かしをした。
超能力はなかった。
人々は、安堵と落胆のため息をついた。
それ以来、彼の姿は表舞台から消えた。
あれから40年以上が経過した今、私は1人の男を追跡している。
まもなく還暦を迎えようとしている彼こそが、あのS少年だとにらんでいるのだ。
もちろん、彼にたどり着くまでには時間がかかった。
しかし、どうしても私は、真実が知りたかった。
彼のスプーン曲げは本当にインチキだったのか。
父親から逃れるために、故意に失敗して見せたのではないか。
彼は今、工事現場で働いている。
調べた名前は違うが、もちろん偽名に違いない。
初めて声をかけた時には、
「人違いです」
と相手にされなかった。
しかし、私はあきらめなかった。
日夜、彼の元を訪ね続けた。
朝晩は一人暮らしの部屋を、昼間は職場を。
彼は取材を拒否し続けた。
「これ以上つけ回すと、警察を呼ぶぞ」
私もひるまなかった。
「いいでしょう。ただ、警察を呼べば、あなたも身分を明かさなくてはなりませんよ」
朝から小雨が降っているその日も、私は傘を差しながら彼の姿を工事現場で見つめていた。
昼が過ぎ、彼が昼食から戻ってきた頃、どこかで大きな金属音がした。
作業員たちに混じって、彼も駆けていく。
私も後を追った。
叫び声がする。
現場には既に人だかりができていた。
作業員の1人が、落下した鉄骨の下敷きになっている。
「救急車を呼べ! 」
誰かが叫んでいる。
その時、人だかりの中から、彼がスッと前に出てきた。
ゆっくり鉄骨に近づくと、目を閉じた。
現場は静まり返る。
彼が鉄骨に手をかざしたその時だ。
私と作業員たちの目の前で、鉄骨はゆっくりと浮き上がった。
彼の手の動きに合わせて鉄骨は小雨の中を登っていく。
もう片方の手で、彼は下敷きになっていた作業員を引きずり出した。
骨折はしているだろろうが、命に別状はなさそうだ。
鉄骨は元の場所に再び大きな音と共に落下した。
彼は振り向くと、私の目を見つめた。
彼がニヤッと笑ってコチラを指差すと、私は動けなくなった。
驚いて声も出ない作業員たちの間を通り抜けると、彼はゆっくり立ち去った。
私が動けるようになった時には、彼の姿はどこにも見えなくなっていた。
雨がにわかに強く降り出した。
それ以来、彼の姿はようとして知れない。
私のブログに彼の顔写真を貼り付けてある。
見かけた方は連絡をお願いしたい。
くれぐれも安易に声をかけたりしないように。
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