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『節分とランナーコーチ』

9回の裏。ツーアウト。得点は7対0。
そんな状況から、2塁打を放った。
盛り上がるベンチに応えるようにガッツポーズ。
それはそうだ。
ノーヒットノーランを阻止したのだから。
何とか1点でも返して、完封も逃れたい。
もう勝てるとは思っていなかった。

リードをとり始める。
もう、ショートもセカンドも累に入ろうとはしない。
それはそうだろう。
この点差でツーアウト。
バッターに専念するべきだ。
キャッチャーはインコーナーに構える。
汗で滑ったのか、ボールひとつ甘く入った。
打球は目の前を抜けて行った。

ヒットだ。
走りだす。
ランナーコーチはぐるぐると腕を回す。
打球の速さからすれば、タイミングは微妙だ。
突っ込むしかない。
そう思った時、ランナーコーチの後方から叫び声が。
3塁側のスタンド最前列で、両手を広げて叫んでいる。
やばい。
彼女だ。
きゃしゃな体に、長い髪を振り乱して、
「止まれ、止まれー、この野郎! 」

結局、高校最後の試合には負けた。
しかし、次の打者のセカンドゴロがエラーを誘い、僕はホームを踏むことができた。
チームにとっては大きな1点だった。
3塁で止まって正解だった。
彼女のおかげだろうか。

「際どかったのに。どうして、止めたんだ」
「安全策よ。あんたは、いつも運が悪いからね」

今では、細い背中はすっかり大きくなった。
もう両手を広げて叫ぶことはないが、僕と子供を守ってくれている。

「さあ、これつけてよ」
渡された鬼のお面を、キャッチャーマスクのようにかぶった。
彼女を見ると、気合が入っている。
プロテクターも欲しいな、ランナーコーチ。

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