ハートの雲と手

2020年代、「共感の資本主義」の時代へ

#2020年代の未来予想図  というお題でnoteを書きます。

 2020年を迎え、この先10年、どのような社会になるのでしょうか。私は「共感」が社会の軸のひとつになっていくと思います。もっといえば、共感をベースとした資本主義の時代がはじまる、という仮説を立てました。

妄想共感型資本主義

 私はかつて、企業の投資家向け対応窓口であるIR(インベスター・リレーションズ)として年間千件近くの面談をこなしていました。その間、論理的に判断を行っていそうなプロの投資家たちが、ロジックだけでは投資しないケースを何度も目撃しました。様々な算定手法で評価を計算し、どんなに割安であっても、好きになれない会社は決して買わない、ということです。好きになれない、つまり共感できない時は、買わないことを正当化する理由を探しています。一方、他社と比べてかなりの割高であっても、経営者の語る未来(「妄想」ともいう)に共感し、魅了されると、少々無理めな高成長を信じ、買える理由を見つけ、高い評価で購入してくれるものです。
 『楽天IR戦記』でも、1兆円もの資金を運用するファンドマネージャーの名言として次の言葉を紹介しました。

「良いファンドマネージャーの条件は、一に妄想力、二に妄想力、三も妄想力」  第1章 (2) 大航海へのチャレンジ

 これを共感の資本主義、あるいは妄想共感型資本主義と名付けます。
 10年ほど前に遡ると、妄想共感型の資本が注入されたのが、シェアリングエコノミーだったり、ソーシャルメディアだったり、AIだったりします。共感によって集められた資金を用い、クレージーな起業家たちは妄想を現実のものとし、10年前には思いもよらなかった社会の変革を起こしました。そして投資家に高いリターンをもたらしたのです。

Z世代の共感の経済

 この共感の資本主義が、2020年代、さらに発展すると考えるのには理由があります。90年代後半から2000年代初めに生まれたZ世代が社会に出てくるからです。iPhoneの発売は2007年。Z世代は、中学生・小学生のころから当たり前のようにスマートフォンに触れ、「ソーシャル・メディアのつくる関係性=社会」として育ってきました。ソーシャル・メディア上では、自分と近しい意見の人と寄り添い、共感するグループを育成しやすい傾向にあります。共感が増幅されやすいのです。
 その傾向は単なる友達選びにとどまらず、行動や理念に共感できる企業の商品を購入したい、という志向がこの世代に広がっています。カフェではフェアトレードコーヒー豆を好んで選んだり、プラスチックバッグを極力減らしているアパレル企業で洋服を買ったりするようになっています。
 企業の価値観に共感し、「ファン」になるのです。コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之(さとなお)さんはファンをこう定義しています。

ファンとは、企業やブランドが、大切にしている価値を支持してくれる人
(コミュニケーション・ディレクター 佐藤尚之(さとなお)氏)
「ファンベース」とは

 そしてファンが新たなファンを呼び、結果として中長期に安定的な売上をもたらすと、さとなおさんは言い切っています。消費においても、共感の経済原理が働きはじめています。

共感の資本主義:ESG投資

 見えない未来を信じる共感の資本主義とESG投資は、とても相性がいいいです。これまでESGは企業の利益につながらないと批判されてきました。ところが、上述のように消費者がその価値観に賛同する企業の商品・サービスを選好するようになると、ESGの実践が企業業績の向上として現れる可能性が出てきました。
 Z世代やその上のミレニアル世代が経済力を持つにつれ、消費だけでなく、投資先も企業の価値観や行動への共感度で選ぶようになってくる傾向は高まるでしょう。

共感の危うさ

 しかし共感とは、危うさをはらんでいます。特にソーシャル・メディア上では、たくさんの投稿の中から、自分の発信した内容に近い意見が目につくようにアルゴリズムがつくられています。自分の周りでは”常識”である考え方は、別のグループからはまったく共感されないケースも増えていくことでしょう。共感のグループが強固になればなるほど、社会の分断を生むことも指摘されています。これはすでに社会的な問題になっています。
 また共感は欠点を覆い隠すかもしれません。ベンチャー企業の創業者の妄想に共感して資金を投じたものの、不適切な取引を見逃し、または暴走を許し、結果的に損失となってしまえば、悔やまれることでしょう。恋愛であれば「あばたもえくぼ」で笑って済ませられますが、投資であれば大きな損失となり、笑えません。

まっとうな共感力を鍛えよう

 共感しすぎる欠点を補ういくつかの方法を考えてみました。
 まず「傾聴」です。自分が「共感しない方」のグループの意見に、しっかりと耳を傾けることです。できるだけ心をからっぽにし、ひとつひとつに反論しようとせず、何が言いたいのか、全身で受け止めてみましょう。共感できなくても、多様性を認めることはできるかもしれません。これにより社会の分断を防ぐことが一定程度可能になるでしょう。

 そして、共感した先には「規律」があるのか、確認しましょう。お気に入りのブランドの経営者や、投資先の社長が言っているのは、耳障りのよい言葉で飾ったトークではないでしょうか?
 ESG投資においても表面上だけ整える「ESGウォッシュ」という言葉も出てきました。企業活動に根付いているものかどうか、できるかぎり事実確認や業界横並びの比較をしましょう。実はライバル会社の方が真面目だったりするかもしれません。

 ふたつの価値観の間で迷ったらどうしたらいいでしょう。アドラー心理学のベストセラー『嫌われる勇気』で”先生”はこう言っています。
 「迷ったら、より大きな共同体の利益になる方を選びなさい」

共感力=信用創造

 2020年代、共感の資本主義はますます大きくなることでしょう。しかし、共感の使い方によっては、単なるポピュリズムや分断を生む可能性も、世界の平和などの大きな社会課題を解決する可能性も、どちらもあります。2020年、私たちは今、大きな分岐点に立っています。

 最後に、本当の共感力とは、自分が相手に心を寄り添わせることでなく、相手から信頼されることなのだそうです。
 共感力を鍛えると信用力につながる、と私は理解しました。共感による信用創造、これこそ2020年代の新しい経済の法則になるかもしれませんね。

共感能力とは、こちら側が相手の気持ちに共感することではありません。相手から「この人だったらわかってくれる」「この人だったら信頼できる」と感じてもらうことです
    日本コミュニケーショントレーナー協会 引用:『人を動かす力』

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IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!