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トロントの事例から考えるスーパーシティ法案に必要なデータプライバシー解決策とは?

今月の27日に参院本会議で与党などの賛成多数で改正国家戦略特区法案(所謂スーパーシティ法案)が可決しました。

あらゆる分野の先端技術を組み合わせた相乗効果で住みやすいまちを目指すということを念頭に民間と協力して新しい技術を育成していく考えもあります。

まちづくりで争点になるのが、特定の地域で収集されるデータとそのデータプライバシーの問題です。内閣府の資料では区域会議を通じて基本構想を策定し住民同意などを経て認定という流れと説明されています。

一方で、この構想自体に対して懸念を示す考え方は一部の政治家の方からも声が上がっています。

特にデータプライバシー に関してはGoogleの親会社アルファベット傘下のSidewalk Labsがトロントでスマートシティ構想を中止する一つの要因になるなど、実際に進めていく上で大きな議論が生まれるのではないかと考えられます。

今回はトロントで中止になったSidewalk Labsのデータプライバシー問題とその裏で起きた背景から、公共サービスとプライバシーを前提にした設計について考えていきたいと思います。

Sidewalk Labsとは

2017年10月に「Sidewalk Toronto」というプロジェクトをGoogleの親会社Alphabet傘下のSidewalk Labsが発表します。

(動画:Introducing Sidewalk Toronto)

背景として、トロント南東部のウォーターフロント地区の再開発計画が上げられます。2001年よりトロント市とオンタリオ州、カナダ政府が中心となり地区の開発促進を目的に「Waterfront Toronto」を設立。

Quayside地区の再開発に取り組んできており、2017年3月、Quayside地区のイノベーションと資金調達のパートナー公募をスタートします。

公募を通じてSidewalk Labsが選定され、同年10月に「Sidewalk Toronto」プロジェクトがスタートします。

トロント地域の不動産トレンド

近年都市開発や人口流入が増加したことによって人口増加、環境汚染、住宅価格の上昇、貧富の格差、交通渋滞など、都市化の問題が発生している。富裕層移民の増加や中国資本需要などにより不動産バブルに対する懸念も上がっている状況です。

Sidewalk Labsの構想は以上の問題を解決するため初期にコンサルティングなどの事業計画の作成、そして不動産開発などによる税収入増加による分配。その後、運営管理によるマネジメント収入を確保するモデル及び他都市へのライセンス料などが検討されていました。

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ICT技術を活用した多層化プラットフォーム

Sidewalk Labsでは複数のレイヤーに分けて都市の設計を行っており、主に物理的なエリアとデジタルレイヤーに分けたプラットフォームとしての都市開発を進めています。

物理的環境エリアにおいてはセンサーなど関連技術を活用してデータを収集し都市計画に生かす構想を考えています。

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デジタル技術を活用した都市の目的としては、雇用創出・経済の活性化環境への配慮住宅価格の押し下げ新モビリティデータプライバシーとガバナンスを上げています。

2020年5月7日に撤退声明を表明するまで取り組みは進められていたが、最終的にはコロナの影響もあり、特に経済の先行き不透明による不動産価格の不安定要素が最終的な決め手になりました。

Sidewalk Labsが直面した課題

Sidewalk Labsプロジェクトは住民合意のプロセスを進めていくことの難しさを露呈した形になります。

具体的にどう言ったケースがあったのか紹介したいと思います。

住民への理解

Sidewalk LabsとWaterfront Torontoでは住民に向けて取り組みの説明などを行っています。

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(画像引用:How Smart Should a City Be? Toronto Is Finding Outより

上記の写真は2018年8月に開催されたもので、ラウンドテーブルなどを通じて説明する機会を設けています。特にデータ活用のフレームワークに関する説明で "利益を生み出す目的" に対しては住民からも数多くの疑問が投げかけられました。

加えて、"データを商業利用しないと言っているが、フレームワークでは個人情報をSell(販売以外も含む)しないと言っているだけでデータを統合するなどはどのように考えているのか" 等取得するデータの取り扱いに関しては疑問の声が上がっていました。

同時期にFacebookのケンブリッジアナリティカ問題が浮上した事もあり、同社の取り組みに対しても疑問を抱く人たちも数多く存在していました。

住民理解の課題は非常に壁が大きく目的を遂行するためには事前に十分な理解が必要です。特に新しいテクノロジー領域などは、理解を促進していくための取り組みが重要になります。

公表されたマスタープランに関する問題

2019年6月にSidewalk Labsに関するマスタープランが公開されます。これは、関係者が確認できる構想にまつわる仕様書に当たるものです。カナダ人権擁護協会(CCLA)中心に主導して公表されたマスタープランに関して訴えを行なっています。DSAP(デジタル戦略専門家パネル)の15人の専門家からは以下のような主張が行われています。(専門家会議の内容はYoutubeでも公開

“あまりにも抽象的” “扱いづらく、同じことを繰り返している”

専門家会議の座長を務めるMichael Geist氏はメンバー内でも一部明確化の必要性や修正ポイントなどを要求しています。

何故このような事態が起きてしまったのかをマスタープランの内容から深ぼっていきたいと思います。

Forbesの記事を通じて2019年9月に戦略コンサルタントのRemington Tonar氏とデータ企業のディレクターEllis Talton氏がわかりやすく解説してくれています。マスタープランに関しては主に4つの点が指摘されています。

1、都市のイノベーションに物理層、デジタルの融合が必要と語られているにも関わらず、これらは社会コミュニティ形成より上位で進めていくことは難しいと考えられること

マスタープランで象徴的なのは "社会コミュニティの形成" に関する言及が非常に少ない点です。以下のグラフはマスタープランから抽出したキーワードの比較です。

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(グラフ画像引用:Figure 1: Master Innovation and Development Plan Keyword Search

グラフを見ると "Innovation" や "Data" などテクノロジーを主とした内容が中心に展開され、"Social" や "Inclusivity"、"Human"などは比較的引用数が少ないことがわかります。

勿論、キーワード数が全てを説明する事は難しいと考えますが、マスタープランを読んだ現地の人がどのように感じるかは想像できると思います。

2、特定の誰かを設定せずにデジタルインフラが必要な理由を説明する事は難しいと考えられること

ここで述べられているのは、国によって建造物や不動産設計のプロセスが異なるという事です。アメリカとカナダを比較して、"先に物を準備して、そこに人が集まるのか" "人を前提にして、物を形成していくのか" は地域性によって異なります。

トロントのケースでは、"人を前提にして、物を形成していく" 事に注力されるため誰か人の利用が前提にあった上で、デジタルを活用するという考えが求められる事になります。

3、社会コミュニティの形成に対する不明瞭な状態では理解を得ることが難しいと考えられること

文化やその地域に住む人たちにとって何が具体的にプラスになるのかを明記する必要があります。コミュニティを前提とした設計が求められる大きな要素になります。

4、イノベーションによって生まれるコミュニティは果たしてどのようなコミュニティなのかを明確にしない限り理解を得ることが難しいと考えられること

テクノロジーによるイノベーションによって生まれるコミュニティが一体何で、どのようなメリットがあるのかを説明する事は住民理解を得るために非常に重要なポイントになります。

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データを下に街づくりを実施していく上で、明確に説明できる要素と目的をクリアにしておくことがマスタープランを描いていく上でも非常に重要になります。

データプライバシー専門家の辞任

データプライバシーに関する懸念は上がっており、TechGirls Canadaの創業者サアディア・ムザファー氏はMedium上で2018年10月9日専門家メンバーからの辞任を発表しています。

オンタリオ州で情報・プライバシー・コミッショナーを務めるアンカブキアン博士も辞任の際にYoutubeを通じて経緯を発表しています。

カブキアン博士は動画の中で以下のように発言しています。

"住民同意関係なくセンサーなど自動的にデータを集める仕組みは市民のプライバシーに配慮していない。そのため個人を特定するべきではないのだが、プロジェクトは努力義務で解決しようとしている"

顔認証などセンサー自体を拒否する権利などを設計する事は、街などの物理空間で活動する人たちの行動をデータ化する上では非常に重要なポイントです。

ここでは主に3つのポイントに絞ってSidewalk Labsが直面した課題を整理してきました。データプライバシーを考える上で重要なポイントは "設計の中に人が中心として入っているかどうか" と言うことがポイントになります。

人を中心とした設計を十分に担保できていなかった点に関しては、Sidewalk Labsが取り組みを進めていく上で大きな足枷になり遅れや実現できなかった大きな理由ではないかと考えられます。

では何故こう言った事態になってしまったのでしょうか?

Sidewalk Labsのガバナンス問題

イノベーションに関する取り組みを紹介するThe Logicの記事から興味深いインサイトを紹介します。(個人の解釈です)課題に直面する前に、どのような対策を実施するべきか検討する上で参考になると思います。

1、政治的な合意と現実とのギャップ

2017年10月にSidewalk Labsに関する象徴的な写真が発表されます。

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(画像引用:Letter from the editor: Lessons from where the Sidewalk Ends

カナダのトルドー首相、トロント市長ジョン・トーリー氏、当時のアルファベット会長エリックシュミット氏などが写っている写真です。

意思決定者間で政治的にプロジェクトは合意され進んでいましたが、実際には内部で選定プロセスなどで疑問が上がるなど現場レベルでは合意に至っていないなどが問題になっています。

2、少数派の懸念の声に向きあう必要性

プロジェクトを進めていく段階で少数派グループやプライバシー専門家から声が上がるようになります。特に現地住民に対して、どのようなメリットがあるのかと言う声は徐々に高まっていくようになります。

最終的には専門家が一部辞任するなど当初想定していなかった流れへと変化していく事になります。プロジェクトがスタートして1年経過した段階から、メディアやジャーナリズムによる批判や指摘なども行われるようになります。

そうなると、マネジメントチームと批判との対立軸の構図になってしまい本来目的としていた住民合意が上手く進んで行かなくなってしまいます。

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初期の段階で少数派の声に耳を傾けていくことが公共のプロジェクトでは非常に重要なポイントになると考えられます。

3、現地でのリーダーシップ不在

プロジェクトを進めていく上で意思決定者及びプロセスはニューヨーク中心に行われていました。トロントからは現地スタッフがニューヨークへ出張し、50回以上繰り返し行われていました。

特に政治的な考え方や文化、人間性が異なるとこう言ったリーダーシップの違いが現地での合意に大きく影響してくる事になります。

4、状況の変化への対応が必要

プロジェクトが進んでいく度に当初想定していたメンバーから人の入れ替わりが起こる事になります。

企業の外部環境の変化に加えてマネジメントが変わる事で、これまで合意できていた内容が大きく変わる事になります。そのため、マネジメントチームの選定プロセスなどを透明化させておく必要性が出てくる事になります。

Sidewalk Labsの例からスーパーシティを考える

スーパーシティ法案に関して様々な有識者、及び政治家の方が意見を表明しています。

個人的にはれいわ新撰組の山本太郎議員のYoutube動画が非常に分かり易かったので紹介します。

(動画:漏れてます? あなたの個人情報 スーパーシティ法案 後編】れいわ新選組 代表 山本太郎)

監視社会と呼ばれる表現が正しいかどうかは議論が必要ではありますが、トロントの例からも少数の意見に対して耳を傾けた上で取り組んでいく事は重要になります。

特に公共性の高いデータ利用に関しては、データプライバシーに関する問題だけでなく、住民理解の観点からも非常に大きなポイントになります。

住民理解に関しては "法律にさえ従っていれば良い" と言う問題ではなく、丁寧にわかりやすく説明する事に加えて(プロジェクト全体の指針やPR等)、住民を巻き込みながら社会コミュニティの形成を行っていく必要があります。

社会・地域コミュニティは現地の独自性にも関わってくるため一概に答えがない点が難しいですが、改めて解の無い問いに対して解を出していく重要性がこれから求められると考えます。

公共サービスとプライバシーを前提にした設計を考える事は、解の無い問いに答えを出していくための一つのキーワードでより良い社会を考える上で重要なポイントになっていくと考えられます。

※今回の記事でCOMEMOでの公開は卒業になります!引き続きnoteを通じて読者の皆様にはデータプライバシー の最前線をお伝えしたいと思いますのでご興味のある方はこちらで引き続きお願いします↓

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