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金曜日の随筆:『構造と力』との思い出~『ニッポンの思想』が導いた縁

また運命を動かしていく金曜日が廻ってきました。2021年のWK31、文月の伍です。本日は、過去の思い出と繋がった喜びを記します。

過去の記憶を呼び起こす書

昨日(2021/7/29)の松本日帰り旅行の移動中に読んでいた佐々木敦『ニッポンの思想』(講談社現代新書)がかなり面白かったです。

思想は、私がこれまでずっと本格的に手を出せなかったテーマです。難関へと踏み出す最適の手がかり書になりそうなことが、『プロローグ「ゼロ年代の思想」の風景』を読んでわかりました。

八〇年代以降の「ニッポンの思想」の大きな特徴は、それが「商品」として(も)活発に流通するようになったことです。具体的には、第一章で取り上げる「ニュー・アカデミズム」の登場によって、一気に「思想」は「商品」化しました(より精確にいえば、「商品」であり得るということを証明しました)。(P24)

という説明には合点がいきます。

思想が商品化されていく時代の先駆けとして登場し、象徴にもなった人物に浅田彰氏がいて、氏の著作『構造と力』がその役割を果たした、という解説は妥当だと感じます。1964年生まれの著者のライブ感なのでしょう。

『構造と力』は、浅田彰氏(1957/3/23-)が、京都大学人文科学研究所助手時代の1983年に発表した作品です。思想書としては異例の大ヒットを記録したのみならず、マスコミにも頻繁に取り上げられました。当時、浅田氏は「知のカリスマ」として時代の寵児のような扱いを受けていました。

浅田彰とアイアン・メイデンの思い出

私が受験勉強中に熱心に聴いた音楽の一つに、アイアン・メイデン(Iron Maiden)『サムウェア・イン・タイム Somewhere In Time』(1986)があります。1986年6月に発売されたアイアン・メイデン通算6枚目のスタジオアルバムです。

名盤揃いの彼らの作品群の中で、本作は突出した評価を受ける作品ではないものの、私は本当に好きでした。数学の問題を解く際のバックミュージックとして最適なことを発見してからは、アナログレコードをレンタルしてダビングしたカセットテープを、結構なボリュームを出して聴いていました。

中でも、B①『長距離走者の孤独 The Loneliness Of The Long Distance Runner 6:31』とB③『デジャ=ヴ Deja-Vu 4:56』の疾走感と躍動感にハマっていました。B②に収められている『ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド Stranger In A Strange Land 5:44』は、シングルカットもされた彼らの代表曲の一つですが、テンポがスローで好きではなかったので、毎回テープの早回し機能で飛ばし、B①とB③だけをエンドレスで聴いたものです。

B①を聴きながら数学の問題を解き、B②になった瞬間にテープを早回しし、B③からまた新しい問題に挑む、B③を終えたら、テープを巻き戻して再びB①へ、とまるでインターバル・トレーニングをやっているようでした。今では考えられないアナログ手動対応時代の懐かしい思い出です。

因みに『長距離走者の孤独』のモチーフとなっているのは、英国の労働者階級の日常を描いた作品で有名な作家、アラン・シリトー(Alan Sillitoe、1928/3/4-2010/4/25)の同名小説で、私の大好きな小説です。

前置きが長くなりましたが、『サムウェア・イン・タイム』のジャケットには、世紀末都市が描かれており、荒廃した街看板の一つに『浅田彰』と書かれています。浅田彰の名が私の脳裏に残っている理由に、この思い出が一役買っていることは間違いありません。

名前を知っているだけの関係が……

浅田彰『構造と力』には果たして何が書かれているのか、ずっと興味がありました。ただ、難解な書だ(思想書、哲学書は難しいのが当たり前)という先入観があったので、私自身が、自ら手を出すことはありませんでした。自分の読解能力や知識では、到底歯が立たないだろうと思っていたのです。

それでも、若い頃には、これから先の人生で、『構造と力』に書かれている内容のエッセンスを噛み砕いて解説してくれる親切で聡明なオトナのひとりや、ふたりはいるだろうし、酒の席などで話題になることもあるだろう、くらいに思っていました。

しかしながら、これまでの私の人生で、本書の中身や意義を解説してくれた人はおろか、誰かと浅田彰について会話をしたという記憶もありません。残念ながら、思想に詳しい人や、思想の面白さに扉を開いて導いてくれる人と私は、縁がなかったようです。

本書の第二章で、佐々木氏が、『構造と力』の内容や当時の背景、前提となる思想、浅田氏のスタンスなども織り交ぜて、わかり易く解説してくれているのを読んで、大変嬉しく思いました。到底手の届かないと諦めていた高嶺の花に、少し近づけたような嬉しさがあります。出会いから40年近い時を経て、紡いでくれたこのご縁には感謝です。

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