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『それでも映画は「格差」を描く』を読む❶

本日の読書感想文は、町山智浩『それでも映画は「格差」を描く』(インターナショナル新書2021)です。

映画評論家という仕事

一本の映画作品には、膨大な予算が準備され、多くの才能あるタレントやスタッフが動員され、長時間自らの全精力を拘束を捧げることを強要され、技術の水位が結集されます。究極のエンターテインメントと言ってもよいかもしれません。そんな映画ビジネスの世界で生き残っていくのは、並大抵の才能と努力では覚束ない荒業です。

映画評論家とは、映画製作に携わるクリエイターたちが命を削り、血の滲む思いで生み出した作品を、自分の膨大な知識と経験、自分自身の価値観を動員して、容赦なく切り刻むことで、おカネを貰う職業です。

次から次へと生み出され続ける作品に向き合いながら、毎回真剣に評論作業に挑むのは、なかなかに痺れる仕事だろうと感じます。中途半端で浅はかな評論をすれば、自らの信頼や信用を失います。創作者やファンから恨まれたり、憎悪の念を抱かれたりするリスクも引き受けねばならず、メンタルの強さや図太さも要求されそうです。

映画評論の必要性

町山智浩氏(1962/7/5-)は、なかなかに破天荒なエピソードを持っている人物です。映画評論は、氏の仕事の一部に過ぎず、編集者やコラムニストとしても活躍している「筆の人」です。

私の映画に対する知識や情熱は、大したことがありません。会社を退職して平日に時間ができるまでは、映画館に足を運んで映画を観ることも少なく、映画は、テレビやレンタルビデオ、出張中の飛行機やホテル、最近ではamazon primeで、片手間に視聴するものでした。

感性や洞察力も鋭敏な方ではなく、注意深くストーリーを追っていける方でもないので、あらかじめ映画評論を読んで、あらすじや登場人物を頭に入れてから映像を観ることも多いです。また、偶然出会って「よかったなあ」「よくわからなかったなあ」と思った作品は、後で答え合わせや見落としていた見所や評価を再確認する意味で、映画評論を探すことがあります。町山氏の映画評論は、そういう際に出会うことの多い評論家でした。

私のような映画音痴には、正しい理解へと導いてくれる良心的な映画評論が必要、という考えを持っています。

話題作の評論

本書には、ここ数年公開された比較的新しい作品を中心に13本の映画の評論が収められています。話題になった映画が多いものの、この中で私が実際に観た作品は『ノマドランド』だけです。本書の帯に

世界の映画作家たちは現代社会を覆い尽くす「格差と貧困」をどのように描いたのか?

とあるように、経済格差という社会課題に切り込んだ作品ばかり選定されており、それを町山氏が怒りの気持ちを抑えながら、丁寧に解説しています。経済格差は、氏自身も強い関心を抱いている問題なのでしょう、扇動的な評論が展開されている部分もあります。

2016-2019年のカンヌ映画祭の『パルム・ドール受賞作品』(監督)の解説が収録されています。

2016『わたしは、ダニエル・ブレーク』(ケン・ローチ)#10
2017『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(リューベン・オストルンド)#5
2018『万引き家族』(是枝裕和)#12
2019『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ)#1

町山氏は、2021年アカデミー賞受賞作品の『ノマドランド』(クロエ・ジャオ)#3を含めて、

どれも、経済格差と貧困をテーマにしている(P7)

と書いています。描き方はそれぞれ違うにせよ、経済的要因による格差の問題、そのシステムの中で最底辺に押しやられてしまった人々は、世界中の映画作家にとって、無視のできないテーマなのだと思い知らされます。

『ジョーカー』について

本書の中で一番読みたかった評論が、『ジョーカー』(トッド・フィリップス)#2でした。

まず、トッド・フィリップス監督が、コメディ映画を主戦場にしてきた人であり、『ハングオーバー!』シリーズの製作者・監督だったことを知りませんでした。自身の作品への賛否両論にうんざりした結果、

コメディじゃなくて、恐れ知らずなものを作る(P49)

という並々ならぬ決意を持って製作された本作が、過去の名作の名シーンや、メッセージの要素がふんだんに詰め込まれた作品だということを、町山氏が豊富な知識をもとに解説してくれています。

本稿を読むことで、先週記事に書いた岡田斗司夫氏の解説や問題提起への理解が一層深まり、この作品が訴えかけてくる問題のヘビィさが、よりくっきりと自分の中で浮き彫りになってきました。


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