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『家族と社会が壊れるとき』を読む

本日は、是枝裕和、ケン・ローチ『家族と社会が壊れるとき』(NHK出版新書2021)の中の、ケン・ローチの語った若い世代の人々へのメッセージ(P172‐174)の内容から膨らませて考えてみます。

ケン・ローチ再び

本書は、町山智浩『それでも映画は「格差」を描く』(ナショナル新書2021)の中で紹介されていたケン・ローチ監督作品に触発されて購入しました。作品の感想は、noteにも書きました。

本書は、是枝裕和氏との間で行われた対談の記事ー『"家族”と”社会”を語る』『映画と社会を語る』ーに、両氏それぞれの記述などが追加されて書籍化されたものです。真性の左翼を貫き続けるローチ氏は、80歳を超えた今も健全な怒りを内面に持ち、苛立ちを隠しません。

謝罪と希望

第四章の最終部分、『謝罪と希望』という項で、若い世代に伝えたいこととして、ローチ氏は、第一に不平等と搾取、環境破壊という負の遺産を残してしまったことへの謝罪を、次に歴史を知ってほしいという要望を述べます。

「決まり文句(クリシエ)を疑うべき」例として以下を列挙します。

● 「自由主義」は自由ではない。
● 民主主義を支持すると宣言する国家は、往々にしてその敵である。
● 政治家が称揚し宣伝する「経済成長」とは、たいていの場合、搾取と資源の破壊、気候危機の増大を意味する。
● 「防衛力」はいつも、市民の安全を守るどころか、戦争を仕掛ける。
● 「フレキシブル(柔軟)な仕事」とは、雇用者には良いが、労働者には都合が悪い。

これらが跋扈する社会では、一般的な人々の願いである、持続可能な社会、安全な生活、尊厳、充足からどんどん遠ざかっていくと続けます。

現代の問題を視る目を養う

今社会で何が問題になっているのか、どういう危機が迫りつつあり、その場合どういった事態が想定されるのかを洞察する力は、したたかに生き抜いていく為に必要です。まずは、自分と自分の大切な人々を守る、そして社会的正義が実現されるよう、自分のできる行動をすることが必要でしょう。

私は、ここ数年「自由」ということばの魔力に酔い過ぎていた、誤ったイメージを抱いて過剰に持て囃し過ぎた、という反省の気持ちを持っています。経済的自由・時間的自由・精神的自由を実現することが、自分の理想とする幸せを実現する確信して、行動指針としてきました。

しかしながら、約2年間のモラトリアム的な時間を過ごした結果、

「自由主義」は自由ではない。

とローチ氏が言うことの意味が、かなり腹落ちしてきています。

クリシエを疑う

自由もプロパガンダの一種であり、絶対的価値観に据えるべきではないのではないか、という意見に変化しつつあります。自由主義的価値観が支配する社会で定められるルールは、知力・腕力に優れる者に圧倒的に有利なようにできています。

自由主義下の競争に勝てる強い者は、名誉と富と権力を手にし、ガチンコ勝負では勝てない非力な人や、そもそもの競争に参加すらできないような人は、恵まれない地位、虐げられた立場に追いやられて、徹底的に搾取され尽くされ、時に切り捨てられる運命が待っているように見えます。この負の側面を、ブレることなく何年も語り続けている識者の代表格が、ローチ氏なのかもしれません。

資本主義、自由、差異、競争…… これまでは、無批判に受け容れてきた概念への疑念が渦巻く時があります。私は、ローチ氏のように左翼的思想を信奉できませんが、これまで距離を置いてきた、マルクス経済学や資本論も理解した上で、自らの立場を決めていこうと改めて思いました。


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