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『点と線』を読む

本日は、自宅の本棚に大切に並べていた本格長編推理小説の古典的名作、松本清張『点と線』(新潮文庫1971)の読書感想文です。何度目かの再読です。

松本清張の文体に惹かれて

本作は、後に大人気を博すようになる社会派推理小説というジャンルを開拓したとされる古典的名作です。1957(昭和32)年2月から1958(昭和33)年1月まで、雑誌「旅」に連載されたこの作品は、時刻表を使った巧妙なトリックの斬新さが評判を呼び、著者の松本清張氏(1909/12/21-1992/8/4)の名声を一気に高めた一作です。

もう何度目かの再読になります。私の持っている新潮文庫版は、学生時代に買い求めたものです。毎回引き込まれて夢中で読み進めますが、今回も読み始めて3時間ほどで一気に読み終えてしまいました。私は、松本清張氏の文体が好きなのだと思います。理解するのに知識を要する箇所や馴染みのない表現が随所に潜んでいても、非常に読み易く感じます。おそらく、相性もいいのだと思います。

構成に感服 〜移り変わる目線

作品全体は、三人称の文体で貫かれています。私がこの小説が好きな理由に、物語を進行させていく中心に据えられる語り手役の人物が、途中で次々に移り変わることです。

冒頭から、有名な東京駅13番ホームから15番ホームに停車中の博多行き特急《あさかぜ》号に乗り込む、佐山課長補佐とお時(事件の犠牲者)が目撃される「4分間のトリック」のくだりまでは、安田辰郎(犯人)の目線が主です。ここは、事件の重要な伏線でもあります。

福岡県の香椎海岸で男女の死体(佐山課長補佐とお時)が発見されてからは、恋仲同士の無理心中で片付けられそうなこの事件に違和感を抱き、独自の聞き込み捜査を行う福岡署の中年刑事、鳥飼重太郎の目線や行動を中心に物語が展開していきます。

そして、中盤からは××省の汚職事件の重要参考人として佐山課長補佐を追っていた、警視庁捜査二課の警部補、三原紀一へとバトンが引き継がれます。以降の謎解き(安田のアリバイ崩し)は、精力的の動き回る三原とともに進行していき、トリックの種明かしと事件の結末は、最終章の三原→鳥飼への手紙の中で明かされます。

雑誌の連載として発表されたという事情も影響していると思われますが、この構成は見事であり、作品の魅力に直結していると感じます。

松本清張作品の魅力

私の持つ新潮文庫版の解説を書いている評論家の平野謙氏(1907/10/30-1978/4/3)は、作家、松本清張氏を以下のように評しています。

松本清張は処女作以来あたら能才をいだきながら下積みの世界に埋れねばならなかった不遇の人々になみなみならぬ作家的関心を持ちつづけてきた。生理的な劣等感を持っていたり、社会的に孤立したりしていながら、胸中にこの世をみかえしてやりたいという熱烈な現世欲をいだく、孤独で偏執的な人間の生涯に、松本清張は特別な関心をいだきつづけてきた。

P234

清張作品に潜む激烈なパワーの源を、見事に言い当てていると思います。本作の登場人物でいえば、能吏でありながら、汚職事件のキーパーソンを担わされたがゆえに、理不尽に葬られてしまった佐山課長補佐、その心中相手に利用された割烹料亭「小雪」の女中、お時のような不遇の人物には、さりげない配慮が感じられます。一方で、実行犯の安田を使って、汚職の疑惑を免れた××省の石田部長のような権力側の人間には、拭いきれない嫌悪感が塗されているように感じます。

今回読み返して、改めてこの作品に魅了されていました。細部まで緻密に造りこまれた作品かというと、おそらく否でしょう。後半、手紙での種明かしによって、諸々の辻褄合わせをして強引に物語を回収した感も否めません。しかし、それらを差し引いても読む価値が満載の一冊である、という私の評価は揺るぎません。何年後になるかわかりませんが、また読み返すことになるでしょう。

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