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訪れたあの街⑦:ニューキャッスル

以前訪れた街に思いを馳せる

当たり前に享受してきた「移動の自由」に制約が入ると、移動好きの虫が騒ぎ始めます。緊急事態宣言後解除後、感染者数もじわじわ増え、新たなクラスター感染が起こるなど、また警戒感を上げる必要がありそうな空気になってきています。

世界中の興味のある場所を訪れるのは、私が子どもの頃から抱いていた夢でした。幸いなことにこれまで世界の色々な国を訪れることができました。その感激を懐かしみ、訪れた印象深い街の思い出を書き記してきました。第7回の今回は、私のはじめての海外旅行の訪問先であり、全ての出発点となった場所、オーストラリアのニューキャッスルです。

原点となった旅

家内を物色していた時に、偶然この写真に出会いました。1990年7月、丁度30年前です。私の初めての海外旅行は、船の旅によるものだったのです。

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私は元々船が好きで、海外への憧れも強かったことから、就職先に海運会社を志望していました。最終的には鉄鋼会社へ就職することに決めたのですが、採用面接で私の語る船への強い思いを覚えてくれていたのでしょう、内定が決まった後に、会社が契約している鉱石船に、研修目的で乗船させてもらえる事になったのです。

鉱石船とは、鉄鋼製品の原料となる鉄鉱石や石炭を運搬する船で、鉄鋼会社が世界各地で買い付けた鉱石を求めて、日本と海外を往復しています。行き先は直前まで決まらないという話で、オーストラリアのニューキャッスルかポートヘッドランド、カナダのバンクーバーあたりだろう、と言われていました。最終的に、ニューキャッスルに決まりました。

私にとっては突然降って沸いた海外渡航の話です。急いで、パスポートを取り、7月某日(正確な日付けは覚えていません)に日本港を出港しました。下の写真は、日本出港前、沖合に停泊中の鉱石船から陸地側を撮影したものです。30年前の「写るんです」で取ったものなので画質は良くありません。

上の写真は太平洋を航行中の鉱石船の甲板を撮影したものです。ハッチが開いているのは、確か日本近海で積んだ海水を捨て、新たに太平洋の海水に積み替える作業を行っていた為だと思います。細部はうろ覚えですが、以下のような説明を受けたと記憶しています。

☑ このハッチの下に日本に持って帰る石炭を貯蔵して運搬します。
☑ 往きは、海水(バラスト)を充填して重量確保し、航行します。
☑ 目的地に着いたら、海水を排出し、石炭を積み込みます。
☑ ただ、日本近海で汲み上げた海水は不純物を多く含んでいて、オーストラリアの環境規制には適合せず、そのまま排出は出来ません。
☑ なので、一旦太平洋の公海上で日本からの海水を排出し、新たに太平洋の海水に詰め替えるのです。

ニューキャッスルの概要

ニューキャッスル(ニューカッスルとも。Newcastle) は、オーストラリア大陸南東部の沿岸、ハンター川河口のタスマン海に面する港湾都市です。ニューサウスウェールズ州に属し、近隣の大都市はシドニー(Sydney)です。 

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人口は 322,278人(2016年現在)で、オーストラリアでは7番目の街です。ニューキャッスル港は、石炭輸出港して世界的にも有名ですが、2014年4月には、中国企業に98年間の使用権を与えることが発表されています。

ニューキャッスルの思い出

ニューキャッスルに滞在したのは、石炭積み込み作業が行われていた1.5日だけですので、大した記憶はありません。大都市シドニーへは列車で約1時間位の距離だったので、日帰り往復も可能だったのですが、当時は英語も殆ど喋れず、ビビりだった私は、お断りをしました。これ以来、オーストラリアには一度も行く機会がなかったので、この時に勇気を出して、行っておけばよかったかもしれません。

初日は午前中に到着したように思います。好意で操舵室に入れてもらい、停泊作業を見学させてもらいました。停泊ポイントは港湾から指定されていて、無許可で関係ない場所に錨をおろすと違反になります。

停泊が完了すると、艀でやってきたオーストラリア港湾移民局の人が乗り込んできました。入国スタンプを押してもらい、艀で港に上陸し、買い出しにいく船員さん達のタクシーに同乗させてもらって、市内へ行きました。

街歩きをした記憶は朧気です。目的だったホッケーのスティック(日本非売品)を買い、市内公園でやっていたミュータントタートルの子供向けイベントを観て、どこかの川べりを散策したように思います。

夜は、市内のパブのような所で船員さんたちと食事をやしました。ビールがフォスターだったのと、店員のお姉さんに帰りのタクシーを呼んでもらうように頼んだら、店内の公衆電話からめんどくさそうにやってくれた光景だけは覚えています。

翌日は曇天で、しかも作業が順調で出航時間が早まったということで、鉱石船に積んであった自転車を借りて、近くを散策したくらいで予定の滞在時間は終わってしまいました。という状態なので、ニューキャッスルという街についての有益な観光情報は提供できません。この旅は、むしろ鉱石船内での経験の方が遥かに貴重で、とても思い出深いのですが、それはまたの機会に綴りたいと思います。

私の初海外旅行はかなり特殊な経験だったなあ…と改めて思いました。


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