見出し画像

『自由と成長の経済学』を読む❹

本日は、自分なりに丹念に読み進めた内容を、過去3回にわたって読書ノートを書いてきた柿埜真吾『自由と成長の経済学』(PHP新書2021)の真骨頂とも言える第7章を取り上げます。最終回です。

第7章 新しい隷従への道ー『人新世の「資本論」批判』(P143-199)

この章が本書のメインパートです。「脱成長コミュニズム」を提唱して、一気に知名度が上がり、引っ張りだこになっている感のある斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』(集英社新書2020)を、ぶった斬りにしてやる、という並々ならぬ気合が、柿埜氏の筆からは感じられます。

資本主義擁護の主張に新鮮味を欠き、イマイチ深く共感できなかった1~6章とは打って変わり、この章の舌鋒は、熱量と迫力が格段に違っていて、本質を突いた反論と頷く部分も多数ありました。

章の冒頭、カール・マルクスの著作のことばを援用しながら、脱成長コミュニズムに宣戦布告です。

「ヘーゲルはどこかで、全ての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度目は悲劇として、二度目は茶番として」
脱成長コミュニズムという妖怪が日本を闊歩している。資本主義と共産主義の戦いは貧困、不正、非効率に満ちた社会主義計画経済の崩壊で決着がついたはずだった。(P144)

経済成長を止める(≒脱成長)ことを最優先するのであれば、共産主義は最適な施策だが、待っているのは幸福ではなく、地獄である、という論法で、脱成長コミュニズムの提唱する案の実現可能性を、次々と否定していきます。

● 環境問題は、突き詰めると、外部不経済(=取引に参加する当事者同士は双方に恩恵を受けるが、取引に参加していない第三者が不利益を被る)の問題と考えられる。 👉 コスト負担責任を免れている取引の当事者に、適正なコストを負担させる市場経済を創出すればいい(SDG's的発想)
● 気候温暖化、気候変動によって飢饉が発生し、人類が滅亡するという根拠に乏しい。脱成長が、環境問題を軽減するという根拠が乏しい。むしろ貧困層を中心に事態を悪化させる。
● 電力や水といった「コモン」は自然発生物ではなく、革新的技術と市場競争の上に成り立っているという認識が欠如している。
● 脱成長主義者に、今よりも貧困生活を享受する覚悟があると思えない。
● 共産主義社会では、市場競争とは別次元の競争を惹起させる。

真面目に脱成長を唱えるなら、脱成長社会では心の余裕が生まれるなどと空想すべきではなく、ファシズムや人種差別主義への対策を考えるべきである。(P170)

特に、以下の点は、人間の特性に根差した指摘なので、脱成長コミュニズムの懸念事項として、深耕すべき部分と感じました。

経済格差をなくし、全員を平等にする共産主義社会では差別を生まないというなら、あまりにもナイーブである。資本主義を廃止したところで、戦争がなくなるわけではない。共産主義社会の競争は違う形を取るだけである。その方法はよくて多数決、悪くすると暴力である。野心家は金持ちになれないなら、代わりに権力や地位を追い求めたくなるだろう。その結果ははるかに有害である。(P171-172)

脱成長コミュニズムに与しないと頑張り続ける人々に対して、寛容性を発揮できるかというのはかなり難しい課題だろうと思います。同調を強要すれば、支配ー被支配、暴力による強制を誘発することになり、脱成長コミュニズムの思想が、本来追求したかった「潤沢さ」「多様な自由」が逆に失われることになる…… という危険性を孕んでいることは理解できます。

まとめ

脱成長コミュニズムは、共産主義が経済成長では資本主義に完敗したことを踏まえて、今度は心の豊かさや環境保護を基軸に据えて、舞い戻ってきた「茶番」というのが、柿埜氏の見立てであり、反論の結論は

現代の世界は確かに多くの問題に直面しているが、脱成長コミュニズムは新たな隷従の道に過ぎない。(P198)

という記述に集約されています。

脱成長コミュニズムは、ある程度均一性のあるコミュニティ環境内でのみ成立する理論なのだろうという気がしています。自由放任主義ではおそらく成立しない社会モデルで、参加者には、秩序の維持と我慢と抑制が求められるのだろう、そしてそれは人によっては、抑圧と隷従という受け止めになるであろうことは想定できます。

欲を言えば、柿埜氏が本書の中で、反資本主義を唱える代表的論者として批判的に取り上げている水野和夫氏の、

「資本主義の先にあるシステムを明確に描く力は私にありません」

という態度から踏み込んでいただき、不満と閉塞感の中で救われない思いを抱える私たちに、柿埜氏流の、資本主義を土台とした修正案・改善案も提示してもらえるとありがたいなあ、という思った次第です。(完)


この記事が参加している募集

サポートして頂けると大変励みになります。自分の綴る文章が少しでも読んでいただける方の日々の潤いになれば嬉しいです。