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夢は日常的に生まれ、そして死んでいくもの

本日は、ズバリ【夢】をテーマに考えてみます。

夢とは?

ゆめ【夢】 《「いめ」の音変化》
1. 睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。視覚像として現れることが多いが、聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。
2. 将来実現させたいと思っている事柄。
3 .現実からはなれた空想や楽しい考え。
4 .心の迷い。
5 .はかないこと。たよりにならないこと。
 - デジタル大辞泉

夢にも色々な意味があります。私が本日取り扱いたい意は、デジタル大辞泉の2.に相当します。

夢との関わり方

私は以前『夢は叶えば現実』という記事を書きました。夢は叶ってしまえば現実になり、そこから新しいステージでの挑戦がはじまるという話でした。

夢ということばにはロマンチックな響きがあります。なりたい自分のイメージを思い浮かべたり、将来招き寄せたい状態に思いを馳せたりする喜びやワクワク感を否定することはできません。壮大な夢を心に抱いて、その実現に向けて懸命に邁進する姿は美しいとすら感じます。

私には、夢を「実現すべき目標」や「実現可能な願望」という概念で考えていた頃がありました。いつまでたっても夢を現実化できない自分の不甲斐なさが許せなかったし、自分が手の届かない領域に軽々と到達していく人への羨望や嫉妬を募らせることもありました。

夢を達成できないことで味わう挫折感と自己否定感に何度も何度も苦しんできました。夢が実現しない人=ダメな奴、人生の負け犬、という硬直した捉え方を払拭できませんでした。いつしか、自分を守るため、分不相応な夢は持たないようにしていた気がします。

夢を語るのは怖い

夢を他人に語るのは今でも怖いです。夢が実現しない挫折に慣れてしまい、逃げと自己弁護の気持ちがあるからだろうと思います。

☑ 夢を語る人間が現実の厳しさに打ち拉がれてあっさりとその夢を手放すと、その態度は揶揄されたり、バカにされたりする対象になります。
☑ 夢を語る人間がその実現に向けて精一杯の努力ができていないと、その事実を咎められ、失敗したことを「当然だ」と軽蔑される対象になります。☑ 夢を語る人間が自分の挑戦に大切な人を巻き込んで結果を出せないと、その大切な人からの信頼や信用を一気に失墜し、孤立する対象になります。

「夢を語るのは怖い」のは、私が他者からの承認欲求が強く、他者から受ける評価にも敏感だからでしょう。夢の実現に向けて真摯に努力している人は、夢の実現に中途半端に取り組んでいる人には厳しく、理解や同情を寄せてはくれません。それがまた萎縮する要因になります。

夢は更新し続ければいい

今の私は、自分の夢が日々生まれ、死んでいくのはありふれた情景なんだと考える努力をしています。人間が生まれ、必ず死を迎えるように、夢にも旬があり、必ず終わりがある生き物だと考えておく、という発想です。

● 願った夢が叶わないことは、何ら悲しむことではない。
● 夢を振り切って折り合いをつけたことを、後悔し続けることはない。
● 夢は持っても、持たなくても構わない。
● 自ら殺す夢もあるし、周囲から殺される夢もある。
● その現実を受け止めて、また気軽に次の夢を持てばいい。
雑なサイクルの繰り返しでも完全に絶望するよりマシだろう、と考えるようにしています。

叶った夢には感謝して、現実としっかりと向き合っていく……
叶わなかった夢にも、自分に一時期宿ってくれたことに感謝して、丁寧に成仏させてあげる……

夢の呪縛から自由になることが大切だと思います。
夢は日常的に生まれ、そして死んでいく…… 
弱くて、ちっぽけで愚かな人間のようなものだ…… 
と考えると少し気が楽になります。夢ということばを重く考え過ぎず、これからも気軽に夢を生み、殺しながら日々を過ごします。


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