短編小説「熟成下書き」
『来週の土日、どちらか予定空いてたりする?ちょっと話したいことがあって。場所も時間合わせるので、少し時間取ってくれると嬉しいな』
……うん、自然だ。悪くない。書いて、何度も書き直してきたから、いい加減完璧だろう。
よし、送る。送るぞ。送る…。
「あの人に告白しよう、好きだと言おう」と決めて、一ヶ月。LINEで伝えることも考えたけど、既読付くまでも、既読ついてからも、返信来るまでも、とても平常心でいられる自信はなくて、顔見て伝えることにした。
伝える言葉は凝るつもりはない。呼び出してしまえば、あとはなるようになる。そして呼び出すためのメッセージはできた。あとは送るだけ。具体的な行動としては、右下の送信ボタンをタップするだけ。それだけ。
分かっていても指が動かず、また書いた文面を眺める。
送る、という現実から逃げて、「こっちのほうが読みやすいかな」と、また文章を入れ替えたり句読点を調整したりして、推敲する。
『来週の土日、どちらか予定空いてたりする?ちょっと話したいことがあって、少し時間取ってもらえると嬉しいです。場所も時間合わせるので!』
…よしっ。もういいだろう。送るぞ。
一呼吸おいて、いざ送信ボタンをタップしようとしたら、スマホがブルっと震えた。
まさか、あの人から連絡?なんて期待したけど、親友のユウコからだった。
「やほー。今度の土曜日、空いてる??」
…なんだ。あの人じゃなかった。万が一でも雑談めいた連絡がきたら、ついでの感じで誘えたのにな。なんて、そんなうまくいかないか。
私はいったんユウコのメッセージを保留にして、あの人の連絡先画面に戻る。書きかけのメッセージがそのまま残っていた。
私はため息をついた。
送信ボタン、今日も押せなそうだな。時間も遅くなってきたし、また来週かな。
ユウコに土曜日空いてるとLINEして寝るか、と画面を切り替えようとして、ふと、鼻がむずむずした。
くしょん、とくしゃみを一つする。
勢いで送信ボタンの上においてあった親指が、画面をタップした。
ぽこ、っとメッセージが送信された。
あ、と思ったけど、送信完了してしまった。
手が震える。今ならまだ送信取り消しだって押せるけど、行動に移しちゃうきっかけなんて、こんなものかもしれない。
ついに送ってしまった。さあ、あとは返事を待つだけ。もしかしたら、土日は予定がうまっていて、またの機会になるかもしれないし。
送信メッセージに既読がつく。
「おつかれ。土曜日の午後なら空いてるよ」
あの人から、短いメッセージが返ってきた。
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