純太という名の子が居た

専門学校時代、19か20の頃か。年上のジュンタという子と友達になった。女の子なのに男子みたいな名前で髪も短くしてた。

「ワタシ、今度は男の子に産まれてくるんだ」
「ふーん」
「ホントだよ?」
「そっかー」

中央線で帰る途中の事だった。
列車がガタンと大きく揺れた。思わず目の前の吊り革に同時に掴まった。慌てて手を離す。

「あ、ごめん」
「ううん、ごめん」

西荻あたりから新宿まで二人とも暫くうつむいて黙り込んであとは何を喋ったのか覚えていない。

一度郊外の公園に車で連れて行ってくれた事がある。誰もいない2人きりの広い緑地公園は寂しくて風が吹いて寒かった。僕らは曇天模様の空の下、公園の遊具に乗っかってポツリポツリと映画や小説や音楽の話しをした。夕方、そろそろ帰ることにした。

彼女の運転はエレガントだった。助手席で眠くなるくらいに。

「ん?のざる?猿?」
「野猿じゃないかな…」
「大きな建物だねぇ。なんだろ?」
「んー…、ホテル…じゃない?」
「へー!こんな辺鄙な所にホテルがあるんだ」
「そうみたいね。ホテルあるみたいね」

それからぼくらは洒落たコテージ風のカフェで暖炉に当たりながらお茶を飲んだ。暖かくなったせいか僕らは突然饒舌になり言葉を散り交わした。そして最寄り駅まで送ってくれた彼女にお礼を言って帰路についた。

ある日ジュンタの好きなスザンヌ・ヴェガが来日すると聞いて早朝からプレイガイドに並んだ。良い席がとれた、二人分。

「ねえ!ジュンタ、待ってよ」

足早に昇降口に向かうジュンタに声をかけた。

「あー…これ、ごめん…行けないや…」
「あ、そっかー、OK. OK. うん、なんか、ごめんね?」
「ごめんね…」


ジュンタが婚約していたと知ったのはその数日後だった。それから彼女の内臓の病気の事も知った。僕にとっては全てが手遅れだった…。

結婚式に呼ばれた。1階のロビーに続く階段まで彼女は僕を見送りに来てくれた。

「幸せにね。じゃあね」
「うん。ありがとう。……ケンちゃん?」
「うん?」
「元気でね…」
「…ありがとう。ジュンタもね」

何度も振り返りながらゆっくり階段を降りて行った。ジュンタはその潤んだ瞳に微かに笑みを湛え小さく頷きながら僕の目から視線を逸らさなかった。最後まで。見えなくなるまで。

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