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📖#5 「人生は運ゲー!成功もお金も運次第なんてひどい!」江戸娘、狂った社会に物申す『独考』

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【前回までのあらすじ】

江戸時代後期のお江戸に「日本女性のお手本になりたい!」と鼻息を荒くする武家娘、その名は只野真葛ねえさん!国際的で裕福な家で育ち、コネを使って10年間お姫様にお仕えし、結婚と再婚をして仙台で人生について考えた結果、色々と気づいちゃったようです。


ここからはインターナショナルな恵まれた環境で育った真葛ねえさんによる「ここが変だよ日本人!」です。


外国の人は肉食だから…

外国の人は肉を食べるため、寿命が短く、30歳になると白髪が生えてきて、50歳まで生きれば長生きだそうです。

日本は草の実を食べるので、寿命は長いけど、心が成熟していないので、この先何年も生きるとは思っておらず、時間を無駄にする人が多いです。
たとえ、一万年生きたとしても、人にさずけるものを残せなかったら意味がないと思います。

肉食の外国は、30~40歳が平均寿命らしいけど、物事を深く考えて行動するので、日本人が敵わないことも出来るみたいです。

でも、羨ましくありません。
日本人だって、よく考えて生きれば、外国人にだって負けません。

真葛ねえさんが言っている「外国の人」とは、お父様が情報を集めていたオランダ人やロシア人のことのようです。
オランダ人・ロシア人は、肉食だから長生き出来なくて、日本人は草食だから長生きなんだと、真葛ねえさんは決めつけてしまってますけど、うーん……それはどうなんでしょう?

真葛ねえさん「外国の人は、肉食だからすぐに老けちゃって平均寿命が短いのね。でも、その分、深く考えて行動するから、日本人には出来ないことが出来るのね。べ、べつに、羨ましくないんだから! 日本人だってやれば出来るし!」

ねえさん、ツンデレみたいなこと言ってますね(笑)

肉食だから心が成熟しているとも、平均寿命が短いとも思いませんけど、この時代でも日本人の平均寿命は外国よりも長くて、外見も若々しかったんですね。

そういえば、数年前、トルコに旅行に行ったとき、現地の男子大学生に声をかけられて「何歳?」と聞かれたので「3●歳だよ」と答えたら、目をまん丸にしてビックリされてました。
そうだよねー。立派なあごひげをたくわえたトルコ大学生から見たら、年下だと思うよねー。
(これが日本人年齢トラップだ! 気をつけろよ!)と、ふふんと鼻を鳴らしながら、その場を去った私です。

すみません。真葛ねえさんから話がそれました。
江戸の乙女の話に戻りましょう。

江戸時代の日本人は、一部地域や特別なときをのぞいて、肉食は基本的にはNGとされていましたが、病気を治すときの薬として食べられていたこともありました。

肉食について、こんな逸話があります。
明治時代、政府から肉食が推奨されるようになった頃、とあるご家庭では、若者が買ってきた牛肉を、庭に置いた七輪の上で焼いたところ、昔気質むかしかたぎの祖母が猛反対。
自分は絶対に食べないと言い放つ祖母を無視して、家族は初めての牛肉の味に感動。
もくもくと上がる煙を見て、祖母は大慌てで、仏壇と神棚の扉を閉めて、合掌してご先祖様にお詫びします。
「おばあちゃんがご先祖様から隠してくれたから安心して食べられるぞ!」と、家族は大喜びで牛肉を美味しく完食しましたとさ。

このおばあちゃんも、まさか100年後には日本人の大半が、すき焼きやら焼肉やらを大好物にしているとは思わなかったでしょうねー。


言葉が通じないからって、だますのは良くないわ

漂流した日本人(大黒屋光太夫だいこくやこうだゆう)を送ってきてくれたロシア人のアダム(アダム・ラクスマン)に、幕府がお礼の品を贈りました。その中には、箱入りのタバコがありました。
アダムはとても喜んで、箱のふたを開けてみたら、上の一枚だけ上等なタバコの葉がうすく敷いてあって、残りは粗末なタバコの葉が敷いてありました。
アダムは笑ってタバコを吸わずに捨ててしまったと聞いたとき、私は「日本の恥だ」と思って、胸がつぶれる思いがしました。

これは幕府の役人とタバコ屋が、アダムをだまして自分たちの利益にしたことが原因だったけれど、
「言葉の通じない外国人には、どんなことをしてもいいだろう」
と思うのは、日本の良くないところです。とても残念に思います。

優秀な外国人に、我が国の情けないところを見られてしまって、とても恥ずかしいです。

不正やズルには激しくお怒りの真葛ねえさんです。さすがは真面目さんですね!

大黒屋光太夫とは、現代の三重県を拠点とした船の船長でしたが、嵐に船が巻き込まれてロシアに漂着。
色々あって、ロシア帝国の女王エカチェリーナ2世にお会いして「日本に帰りたいです!」とお願いして、漂流から約9年で、やっと帰国できたラッキー船長です。

その光太夫を船に乗せて、日本に送ってくれたアダムさんに「ありがとうございます」と言って差し出したお礼の品が、上質に見せかけて、ほとんどが悪質のタバコでした。

お礼の品、せこすぎ!!

アダムさんは笑って流してくれましたけど、これはとても情けないですね。
ましてや、日本代表女性を目指している真葛ねえさんにとっては、自分のことのように恥ずかしかったと思います。

浮気が重罪になるロシアの法律が羨ましいわ

ロシアの法律が羨ましいです。
結婚したい男女が教会を訪れて、
「この人を一生連れそう伴侶と決めますか。どう思いますか」
と聞かれて、男が答えて、女も同じ質問に同意すれば夫婦になるのだそうです。
もし浮気をしてしまったら、男女ともに重罪になるようです。

すぐには、伴侶を一人に決められない若者もいて、そういう場合は大勢の異性と交際してから、その中から一番気持ちがあう人と結婚するのだとか。

帰国したアダムが「日本人は妻をたくさん持ちたがる」と語っても、ロシア人は「嘘だ」と言って、信じなかったそうです。

今のキリスト式結婚式のことですね。
真葛ねえさんが生きた江戸時代の武家女性は「この人を一生連れそうパートナーに決めますか?」と聞かれることはなく、親が決めた相手と結婚するので本人に事前確認はなし。
「この人の顔が嫌です!」「この人の性格が嫌です!」とは、もちろん言えません。
江戸庶民は現代日本と変わらず、離婚することは珍しくありませんでしたが、武家の女性はよっぽどのことがない限り、自分から離婚は出来ませんでした。

結婚も離婚も、ほぼ選択肢がなかった武家女性の真葛ねえさんにとって、ロシアの結婚制度は羨ましくて仕方なかったんでしょうね。
ねえさんは残念な結婚と離婚をして、とても傷ついてましたものね。

真葛ねえさん「女だけじゃなくて、男も浮気したら重罪なのっていいことだわ! いきなり結婚じゃなくて、交際期間があるのも素晴らしいわ! 夫婦はお互いに一人だけを愛するべきよね!」

1825年に亡くなってしまった真葛ねえさんは知るよしもなかったのですが、1868年(明治9年)に、ねえさんと同じく武家娘が、日本初の日本人クリスチャンのキリスト式結婚式を挙げました。

その武家娘とは、大河ドラマ『八重の桜』の主人公、新島八重ねえさんです!

真葛ねえさんは仙台藩(宮城県)、八重ねえさんは会津藩(福島県)ですので、福島藩を挟んでお隣同士。
窮屈きゅうくつで不自由な結婚に耐えるしかなかった武家の娘が、自分が他界してから50年もせずに、レディーファーストが完璧で心から愛してくれる夫とウェディングをするなんて、真葛ねえさんは想像もできなかっただろうなー。



続きます。


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