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あの日の放課後。


あれは、恋だったのだろうか。

高校3年生の夏、席替えで前後になった男の子と、仲良くなった。

彼はすごくノリが良くて、いわゆるイケメンで、いつもクラスの中心にいるような、誰とでも仲良くなれる明るい性格の男の子。

私はといえば、いつもクラスの端っこにいるような、静かで地味な女子。

彼には1年生の時から付き合っているすごく可愛い彼女がいたし、普通だったら絶対交わらないような関係のはずだった。でも、私と彼が学年で成績のトップを争っていたからか、彼が興味を示して話しかけてきた。

「今回のテスト、何点だった?」

「どうやって勉強してるの?」

「〇〇って呼んでいい?」

「ねー、プリント回ってきたってば!」

社交的な彼は、どんどん私に話しかけてきた。多分彼からすれば、いつも通り話しかけていただけだったんだと思うけれど。

でも、普段そんなに男子と話すわけじゃない私は、いつもドキマギしながら話していた。

それが面白かったのだろうか。彼はよく背中越しに話しかけてきては、色んな話をした。

彼と話すのは楽しかったし、なんとなく心にときめくものがあったような気もしなくもない。

でも席替えをすると話すことも少なくなったし、徐々に学校全体が受験モードになって、顔を合わせること自体少なくなっていった。

そんなある日の放課後、一人で窓際の席に座っていた私に、彼が突然話しかけてきた。

「将来の夢って、ある?」

窓から校庭を眺めながら、彼は言った。

その時の私は、まだはっきりした夢はなくて、曖昧に答えてしまった気がする。

「俺、学校の先生になりたいんだよね。」

彼は、はっきりとした声でそう言った。親が学校の先生らしく、その影響かは分からないけれど、子どもたちに勉強を教えたいという。

「そっか、素敵な夢だね。叶うといいね。」

気さくで面倒見のいい彼には、すごく似合う職業だと思ったし、私は心からそう言った。

多分、彼と2人で話したのは、それが最後だったと思う。

そのあとお互い受験を乗り越え、彼も私も第一志望の大学に進学した。けれど、その後は会うこともなく、彼のその後は分からないままだった。

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10年ほどだった頃、高校の友達と久しぶりに飲んでいた時に、彼の話を聞いた。その友達と彼と何人かの友人で久々に会ったそうだ。

「〇〇くん今ね、学校の先生になって、結婚したんだって。」

10年ぶりに聞く彼の名前に、私の胸は久しぶりに高まった。

結婚した相手は、高校の時の彼女ではないらしいが、彼ならきっと、幸せな家庭を築いているだろう。

そして、私はもう一つのことに、密かに感動していた。

「俺、学校の先生になりたいんだよね。」

あの日の放課後、そう呟いた彼の声が耳の奥から聞こえてくる。

彼は、あの時の夢をずっと胸に秘めて、頑張って、頑張って、夢を叶えていたのだ。

そのことに、なんだかすごく胸が熱くなって、私は思わず唇をぎゅと結んだ。

そっか。夢、叶ったんだね。おめでとう。

私は、心の中でそう呟いて、持っていたグラスで小さく乾杯をした。

あの日、教室の窓から見た空の色と同じ、夕焼け色のお酒が、グラス中でふわりと揺れた。





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