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"Where the Crawdads Sing"(『ザリガニの鳴くところ』)

約2か月かけて、オーディブルで英語バージョンを聴き終えた。もともと12時間ぐらいの比較的長い作品を、さらに2割ぐらい速度を落として聴いたので、約15時間。1回のウォーキングで聴けるのはせいぜい30分で、このところ忙しさと体調不良もあり、2カ月かかってしまった。

ご存じ、2021年度「本屋大賞」翻訳小説部門で第1位に輝いたベストセラー本。湿地で孤独に育った少女をめぐるミステリーということだが、不審死事件の解明より、彼女がこの先どう育つのか、そもそも人間として生きていけるのか…?というサスペンスの方が強い作品だったようにも思う。

家族に棄てられたった一人、人里離れた湿地の小屋で、10歳にもならない少女が生きていけるのか? …ところがそれが、生きていけるのだ。父親がまだ家にいたときに習った操縦法でボートを操り、貝を採っては町の店に売りに行き、代わりにガソリンや日用品を手に入れてボートを動かす。友と言えるのは浜辺にやってくるカモメ、夏の夜に飛び交う蛍、鳥の羽、貝殻、入り組んだ入江、月明かり…。学校には行っていない、いや、1日だけ町の役人に促されて行ってみたけれど、からかわれて惨めな思いをして、それきり辞めてしまう。けれどもある日出会った少し年上の少年が、学校の本を持ってきて、文字を教えてくれるようになる。放課後にボートで訪ねてくる少年に教わりながら、やがて家にあった本が読めるようになって、少女は自力で知識を身に着けていく。

そんな少女も思春期を迎え、少年のことを愛するようになる。彼も少女が好きなのだけど、大学に行くためにその地を去ってしまう。次の休暇には必ず戻ると約束しながら、結局彼は戻ってこない。少女はまたも親しい人から裏切られ、捨てられる。愛した人は、みな自分から去っていく――その絶望はおそらく、私たちの想像を絶している。寂しく辛い闇が心を蝕んでいく。

やがて研究者となった少年は戻ってきて、少女がいつしか描き貯めた湿地の生物の絵に魅せられ、それらを出版社に送る。少女は湿地のアーティストとして、美しい研究書の著者として、生計を立てることができるようになる。

冒頭から並行して語られる「不審死事件」が起きるのは1969年。少女の物語は彼女が7歳のとき、1950年代初頭から始まっている。事件と少女の物語はやがて後者が追い付いて一つになる。殺人か事故かも定かではないのに、少女には容疑者として嫌疑がかかり、終盤は法廷劇へとなだれこむ。

面白かった。丁寧に描き込まれた自然描写、心情描写が魅力的だ。1960年代、まだ黒人差別が当然だった時代に、冷酷な町の住民たちの中にあっても少女を助けてくれる温かい黒人老夫婦の存在が、ほっと息をつかせてくれる。そして、自分を捨てて出ていった母や兄への思慕と怨恨が切ない。憧憬、不安、恋心、嫉妬。空、森、浜、海。……エンタメというより文学的。ただし、詩の引用が散りばめられているところは、実はちょっと苦手だった。英語の詩は散文よりきちんと理解するのが難しい。それと、会話文は朗読者の南部訛りが上手すぎて、聴き取りにくくて難儀した。

やや冗長に思えるほどのゆったりとした展開は、最近のミステリーでは珍しいなと思っていたら、作者が70歳(しかも初の小説)だと知って、なるほどと納得した。つまり作者と主人公の少女は、ほぼ同時代を生きてきた人なのだ。

最後に余談。私はずっとこの邦題を『ザリガニの鳴くところ』ではなく「ザリガニたちの鳴くところ」だと思っていた。だって原題は「Where the Crawdads Sing」と複数形だから。けれどもおそらく『かいじゅうたちのいるところ』という絵本の題名に似ているせいだろう。個人的には「たち」が入っている方がだんぜん収まりがいい気がするけれど、今さら私がそんなことを言ったところで仕方がない。

以前、海外で文学賞を取った日本人作家の作品を続けて聴いたけれど、今度は、日本で本屋大賞を取った翻訳小説の原書に触れるシリーズを、始めてみてもいいかもしれないな、と思っていたりする。









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