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芸術は人生を変える


去年から遅々として進まないながらもちまちまとタイ語の勉強をしています。サワッディーカー、マリカー。

私がタイ語と、使える英語の勉強し直しをスタートさせたのには、明確な理由があります。
まずは英語。これは結婚をした時点で、いつ何時日本以外の国に放り込まれるかもしれぬという危機感を持ったからです。主人も私も親戚一同数世代遡っても全員日本人なのですが「あ、来月からしばらくアメリカに行くよ、もちろん家族全員でね」と言われても何の唐突感もないような家庭環境(つまり主人が)なのです。そして案の定、英語の勉強し直しを始めてから約半年後、なぜかタイのバンコクに単身で私は放り込まれました。主人の代わりに行ったわずか5日間のバンコク滞在でしたが、なかなか目の覚めるような出張でした。当時本当に日本語で言う所の「こんにちは」に該当するสวัสดีค่ะ(サワッディーカー)しか言えない状況で、しかも英語も片言しか出てこない様な、どう考えてもあなたアウトでしょうという状態の私が、よくもまあいろんなタイ人と会話が成立してたもんだと、今思えば英語圏の誰かが憑依してたんじゃないかという程の思い出ではあるのですが、その時の話はまたいずれ。
そしてそのバンコク出張が影響して自然な流れでタイが好きになったからタイ語の勉強を始めたの、と言うのなら、まだ素直で可愛らしい乙女旅行者な感じもするのですが、私の場合は全くそうではありません。

ある一人の尊敬する現代芸術家がたまたまタイ人だったからというのが、私がタイ語を勉強している唯一と言ってもいい理由です。もしもその芸術家がドイツ人だったなら私はドイツ語を勉強したと思うし、中国人だったら中国語を始めたでしょう。たまたま、タイ人だったのです。それはもう、好きになっちゃった彼がタイ人だったから致し方なくタイ語を頑張って勉強したんだよねえというお惚気な話とほぼ同じとも言えます。ただし、愛だの恋だの寂しいだの会いたいだの言っているのと大きく違う点は、タイ語で解読すべき対象が文化芸術と人文哲学などであるということ。果てはおそらく歴史や政治にも関わる話であり、お互い言語が不自由なく通じていたとしてもそれ相当な勉強をしてから挑まないとなかなか踏み込めないものであるという、これまた難所の先にまた難所のような話なのです。それを文字が一文字も読めないタイ語でやろうというわけですから、とんでもなく遠い道のりです。コロナ禍で悶々する日々の中で、読めない文字や聞き取れない発音に頭を抱え、耳をほじくりかえせども聞こえないアとウの中間の様な微妙な音や激しいアップダウンの声調に悶絶しながら、何度も挫折しかけ、それでもやっぱり諦めないぞと思い続けているのはひとえに、その芸術家の作品があまりにも素晴らしく、あまりにも深く、個展の作品群を見ただけでぼろぼろ涙が出るような未知の強さと衝撃を感じてしまったからなのです。
その芸術家の名はタイウィジット・プンガセンソンブーン。タイの現代美術家を代表する一人で、タイ抽象絵画の巨匠の一人とも言われています。

これまで様々な美術作品を見てきましたが、人生で作品を見て涙が出たのは3回。
1回目は増山たづ子さんという写真家の個展を伊豆フォトミュージアムで観た時。2回目はピカソの《ゲルニカ》のタペストリーバージョン(1枚が日本にあります)をポーラ美術館で観た時。そして3回目がバンコクでのタイウィジット・プンガセンソンブーンさんの個展を観た時です。かれこれ軽く1000は超える展覧会を観てきて、この3つの鑑賞体験は生涯忘れないだろうと思います。

タイウィジット作品がここまで深く心に刺さるのは一体なぜなのだろう。
どうにかしてその秘密、真理に近づきたくなりました。そのためにはどうしても、彼の母国語であるタイ語が必須となったのです。言語は文化であり、それぞれ決して他の言語に翻訳できない独自の色や空気感があります。彼の作品を本当の意味で理解し探究するにはタイ語とその背景となる文化を基礎とした上で、質問を投げかけたりしていかなくてはいけません。
なんちゃってタイ語で料理が注文できたり、ちょっとおまけしてよと夜市で交渉し、バイクタクシーの運転手さんと値段やら行先のやり取りをするとか、そういうタイ語で旅ができるレベルの数段上を求められているわけです。

必要に迫られた理由から、どうにか勉強を続けているタイ語ですが、そもそも現時点ですらタイ語だけを使って旅行できるのかもかなり怪しいですし、これは1年も経って果たして前進しているのでしょうか、もはや後退しているのでしょうかと言う不安に苛まれる今日この頃です。
しかし去年の今頃は文字も読めず中国語とタイ語を聞き分けられなかった私が、今はある程度読めてタイピングまではできる様になり、辞書も引けて、時間さえかければ書かれている簡単なタイ語の文章は何となく解読できる様になってきているのだから、サワッディーカーとขนมปังカノムパン(ブレッド、パンのこと)しか知らなかった1年前よりはきっと成長しているはず、と思い込みたいものです。自信がないと人間グダグダと一文が長くなるもので。もので、ものでで、あいすみませぬ。

もういっそタイに転勤になったら、何とかなるのだろうか。
しかし暑いの、嫌だな。私は気温28度を超えるとバテるシロクマのような生粋の北国人だから。
詰まるところ、芸術の中毒性ほど恐ろしいものはないのです。暑いのも辛いのも無理な私が四六時中タイとタイで出会った素晴らしい人たちとその作品について考えているのですから。この1年タイについて考えなかった日はほとんど皆無です。
素晴らしい芸術は人を大きく変える力を持っているのです。

とりあえずพิพิธภัณฑ์ศลปะไทยร่วมสมัย ピピタパンシラパタイルアンスマイって言うのが一番最初に覚えた一番長いタイ語。MOCA Bangkokのことでバンコクにあるタイ現代美術館です。

おお、まきばはみどり。おお、頭の中ぐちゃぐちゃ。おお、今日も撃沈。
負けないで、もう少し(全然もう少しじゃない)。
あまりにもお粗末であまりにも珍道中すぎる、タイ語勉強。芸術を愛する気持ちだけを頼りに今後どうなっていくのか、乞うご期待。


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