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002夜 Blue Moon--月がツキを呼ぶ嘘のような本当の話。

スタンダードのタイトルで「Moon」がつく曲。この曲以外にもぱっと思いつくだけで、Fly me to the moon, How high the moon, It's only a paper moon, Moon river, Moonglow, Moonlight Serenade, Polka dots and moonbeams, Moon and sand, Get out and get under the moon, Moonlight in Vermont, Moonlight becomes you, No moon at all, Old devil moon, What a little moonlight can do, Winter moon....ゴロゴロ出てくる。「Star」がつく曲もけっこうあるとはいえ、数ではMoonに軍配があがるはず。

スタンダードも第一印象が大事?題名を変えたとたんヒット

タイトルといえば、いわば曲の顔であり第一印象を決める重要な要素。スタンダードの中には、オリジナルはどうもパッとしなかったけど、「タイトル」をかえたとたん、一発逆転でヒットした曲の例は少なくありません。スタンダードの世界でも見た目というか、第一印象は大事なんですねえ。そしてこの「一発逆転パターン」には、なぜか「Moon」という単語が使われた場合が多いのです。
例えば1954年マンハッタンのクラブ「Blue Angel」の名ピアニストとして知られたバート・ハワードが作った「In other words」という曲。これを1962年、当時のアポロ計画による月人気にあやかろうと、ピアニストのジョー・ハーネルがタイトルを変更して自身のオーケストラ録音したところ、いきなり大ヒット。それがFly me to the moon。ご存知誰もが知ってるスタンダード曲の1つ。
1932年につくられた"If I Believed In Me"という曲は、翌33年にパラマウント映画 「Take A Chance」 で使われることになり、新たにIt's Only A Paper Moonのタイトルでヒットしました。
また、1935年にGlenn Millerが作曲した"Now We Lay Me Down To Weep" という冴えないタイトルの曲も、1939年にタイトルだけでなく歌詞ごと変えたとたんミリオンセラーになりました。そのタイトルはMoonlight Serenade、グレン・ミラー楽団の「顔」となった曲です。
月のタイトルが「ツキ」を呼んだという、まさに冗談のようなお話。そしてご想像の通り、この曲もガチでそのパターン。ただこのBlue Moonの場合は、アポロ計画のごとく幾度の失敗と軌道修正を重ねた上で、ようやく「月」と「ツキ」にたどり着くことができたのです。

不屈の精神とちょっとの運で輝いた月。

Blue Moonは、作詞ロレンツ・ハート、作曲リチャード・ロジャース、名コンビと言われたロジャース&ハート作品。
はじめは1933年ジーン・ハーロウ主演のMGM映画「Make me a star」の主題歌として書かれたもので、その時のタイトルは「Prayer(祈り)」。詞の内容は無垢な女の子が映画スターになる思いを表現した内容だったそうです。ところが映画自体が製作中止となってしまい、お蔵入りに。
翌年、クラーク・ゲイブルとウィリアム・パウエル2大スター共演の「マンハッタン・メロドラマ」という映画にこの歌を使おうという話になり、コンビは「It's just a kiind of Play」というタイトルで詞を作り直します。ところが製作段階でこの曲部分がカットされてしまいます。
さらに同映画のナイトクラブのシーンの曲を依頼されたコンビは、もう一度「The Bad in Every Man」というタイトルで書き直しました。この歌はようやく映画で日の目を見ることになったものの、実際のシーンではシャーリー・ロスがワンフレーズを口ずさんだだけ。その後、楽譜が販売されたものの、「3度目の正直」は起きませんでした…。
まあ普通ならこれでも健闘した方だし、実際世の中こんな感じで消えていく曲がほとんどでしょうね。

ところがこの映画を見た音楽出版社の社長、ジャック・ロビンスからこんな申し出があります。「曲は売れそうだが、詞がねえ。もう少しロマンチックにしたら」
作詞のハートは、さすがにもうあまり気乗りしなかったそうですが、それでも4回めの書き直しを行いました。それがこの「Blue Moon」。ロビンスは早速この曲を「ハリウッドホテル」というタイトルのラジオ番組のテーマソングとして採用します。そして1935年コニー・ボズウェルが歌い大ヒット。さらにその後、The Marcelsというドゥワップグループのカバーの大ヒットを経て、何年も歌い継がれるスタンダードとなったのでした。
スタンダードソングは時代を超えてきた超精鋭ですから、最初っからドカンとヒットして万人に愛されてきた天才タイプの曲もゴマンとあるけど、こういう曲もたくさんあります。叩き上げタイプですね。ツキを得るために、必要だったのは、不屈の精神。そして最後のちょっとした運ということでしょう。

訳詞(要約)

昔、心から笑えなかった頃 月の光が嫌いだった
詩人を喜ばせる影も光もつまらないもの
一緒に過ごす人もいない 独り身の自分には人生は苦いものだった

ブルームーン、君はそんな僕をみていたよね?
たった一人で 抱く夢もなく 愛する人もいない僕
愛する人が欲しいという 心からの祈りを聞いていたんだろう

すると突然あらわれたんだ たった一人の我が胸に抱かれる人
「愛して」というささやきに思わず空を見上げると
なんと月は金色に変わった

ブルームーン、もう僕は一人じゃない
夢もなく 愛する人もいない かつての僕じゃないんだ

歌詞の内容も「逆転」がテーマになっているというのが面白いですよね!
Blue Moonは、天文学上では※1カ月の中に満月が2回あるときの満月のこと。このことを指して英語では「once in a blue moon」という慣用句があり、「めったに起きない」または「奇跡のような」といった意味があります。この歌の詩はこの「奇跡」ともともとのBlueの「憂鬱」の2つの意味を対比させているんですね。
この曲が会ってきた憂き目と巡ってきた最後のチャンス。逆転と奇跡を祈って、あえてハートはこういうタイトルと歌詞にしたのかも、なんて想像してしまいます。
いまではマンチェスターシテイFCのファンが心をこめて歌うアンセムにもなっています。不屈の闘志を胸に秘めて奇跡を呼びこむ歌ですね。

When I looked the moon had turned to the gold.
月がツキを呼び、そして金色に輝いたというお話でした。

※旧暦が太陽暦に変更されて1カ月が30日か31日になり、月の満ち欠けの周期が29.5日ですので、このような現象が起こるようになったとか。

歌モノおすすめ盤

Ella Fitzgerald/ Rogers & Hart Songbook、The Best of the Concert Years
Carmen Mcrae/ Blue Moon
Elvis Presley/ The Complete Sun Sessions
Julie London / Julie is her name


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