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エナメルの夏(長編小説)

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【連載長編】エナメルの夏-六月(初夏)

【連載長編】エナメルの夏-六月(初夏)

 入部テストを終え、友人何人かとの帰り際、教科書を置き忘れたことに気づいた陽は一人教室に戻った。教室の横の廊下がいやに水浸しで不思議に思ったのを脳裏に、下駄箱場で新品の靴を履くのに苦労していると、後ろから「陽」と名前を呼ばれた。振り返るとそこには、阿須賀が頭からタオルを被り、野球のバットを片手に立っていた。一番上のロッカーに手を突っ込んで、靴を陽が座る隣に置く。
「陽ってどこに住んでんの」
 近づ

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【連載長編】エナメルの夏 - 四月(春)

【連載長編】エナメルの夏 - 四月(春)

 中学の登校初日、桜の香る開放的な昇降口で、雪見《ゆきみ》陽は立ち尽くしていた。自分のネームを探し回って、ついに見つけたと思えば一番上。身長の低い彼は背伸びをしても届かなかったのだ。同級生たちがその横をどんどん通り過ぎていく中、同じ色のシューズを手に持った背の高い少年が、陽と同じ段の一番下を眺めていることに気づく。彼は陽に、靴箱を取り替えないかと訊ねた。彼の靴箱は陽と真逆で一番低い場所にあり、その

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