(旧)1 堂道課長は嫌われている。
「堂道キモい。本気で死んでほしい」
化粧直しの途中で、夏実が吐き捨てるように言う。
「あー、今日も朝から課長キレてたね。マジうざい。こっちまで嫌な気分になる」
歯磨きをしながら隣の鏡に映る小夜がしかめた顔で何度か頷いた。
堂道夏至。ドウドウゲシ、営業部二課の課長。
変わった名前。社内の嫌われ者。
すぐキレるし、怒鳴るし、声でかいし、下品だし、だらしないし、言う事無茶苦茶だし、すぐ煙草に吸いに行くし、何回も行くし。
あと、整髪料つけすぎ。
夏実は二課の営業事務だから堂道課長の直属の部下になる。
一課の小夜と私は直接の被害は少ないけど、隣の島だから、一課も三課も、いやもうフロア全体が迷惑してる。
ムカつくこと、嫌いなところを挙げたらきりがない。
これまでのありえない伝説を列挙したら立派に本が出版できるんじゃないかっていつも言ってる。
言ってるんだけど。最近ちょっとだけ、同調できない私がいる。
歯磨きを終えて先に化粧室を出ると、ちょうど前から堂道が歩いてきた。
すごく不機嫌そうだ。
いつもだけど。
両手をポケットに突っ込んで、腕にコンビニのビニール袋をひっかけてる。中のお弁当、激しく傾いてますけど。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れー」
疲れたかすれた声。
最近気づいたこと、どんなときも挨拶を無視されたことはないこと。
課長がすごく怒ってるときに、こっちもすごく最低最悪の気分にされて、社会人として仕方なしの最低限の「お疲れ様です」にも「おう」とか「ああ」とかだけど、返事しないことはないような気がする。
それに、今まで気にしたことなかったけど、っていうか今まで息止めてすれ違ってたけど。
煙草の臭い九割の残りの一割、かすかになんか香る。絶対なんか香りモノつけてる。
――――なんか、意外。
足を止めて振り返ると、くたびれた背中が廊下の少し先にあった。
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