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左宗棠さんの鶏

食べ物のことばかり考えているせいか、結婚した相手も気づけば中華料理屋の息子さんでした。

義理の両親は既に引退してはいますが、昔はニュージャージーで家族経営の中華料理屋をやっていました。元シェフの義父はもう81歳ですが、今でも家族が集まるとどどーん!と美味しい中華、というか広東料理を作ってくれます。

アメリカの中華料理といえば、最近パンダ・エクスプレスが日本に進出したというニュースを見てちょっと驚いたところなんですが・・・しかも「パンエク」って呼ばれてるんですか!ヒ~!「アメリカで大人気のカジュアルな中華料理チェーン店」という触れ込みらしいですが、うむ、確かにショッピングモールのフードコートなんかで良く見られます。

ぱ、パンエク(書いていてムズムズする・・)に限らず、アメリカの中華料理はたいてい安くてカジュアルなものが多い。このお店のように、出来上がった料理が既にバッフェのように並んでいて、そこからおかずを選んで紙箱に詰めてもらうようなscoop and dump方式のものは、オフィス街や学生にも人気ですし、普通のお店でも気軽に出前やテイクアウトに応じてくれるので、晩御飯が面倒だから今日は中華にしよう!というアメリカ人家庭も多く見られます。

大体どんな小さな街に行っても、家族経営の中華料理屋が必ず1軒はあるもので、実は旦那の両親がやっていたレストランも、ニュージャージーの田舎街に唯一あった中華料理屋でした。街にアジア人は旦那といとこの家族位しかいなかったそう。

そしてもちろん、そんな田舎で本格中華を提供したところで、アメリカ人に受け入れられる訳もないため、アメリカの中華料理は独特の進化を遂げ、中国でも日本でも見たことの無いようなシロモノがメニューに並んでいます。

例えば酢豚。日本で食べるような酢豚を出すお店もありますが、お店によってはドーナツのタネのようなものを豚肉にまぶして揚げたものに、真っ赤な甘酢ソースを和えるだけ、という場合もあります。一度ニューヨークでテイクアウトで頼んだ酢豚がこの野菜ゼロ、肉より衣のほうが多い酢豚と言うより酢衣といったほうが良いような料理で崩れ落ちたことがあったな・・。

その他にも典型的なアメリカの中華料理のメニューとして挙げられるのが「エッグ・フーヨン」「オレンジチキン」「モンゴリアンビーフ」「チョップスイ」などなど。どれもだいたいコーンスターチでとろみをつけた、ドロっとした感じなのが特徴でしょうか。

うちの両親のレストランでも出していたようですが、これはあくまでアメリカ人用、業務用として作っていただけで、家庭でこういう感じの甘めでドロっとした中華料理が出てくることはまず一切ありません。中華料理って脂っこいってイメージがあるかもしれませんが、それはあくまで店で出す中華料理で、普段の広東料理はもっとさっぱりしたものが多いかも。

でも何よりも、アメリカの中華料理の代表といえば「General Tso Chicken」じゃないでしょうか。衣をつけて揚げたナゲット状のチキンを、甘辛ソースで和えた料理です。

それにしても、General Tsoって一体誰やねん?その人が作った料理なのか?これはいったい、何料理?

このGeneral Tsoの謎を探るものすごく面白いドキュメンタリー「The Search for General Tso」がNetflixにあがっています。トレイラーはこちら。

実はGeneral Tsoとは、清の時代、太平天国の乱を平定した左宗棠という歴史上の人物。左宗棠が好きだった料理なのか?なんでこんな名前がついてるのか?クルーは、左宗棠の生まれ故郷である湖南に赴いたり、アメリカの有名な中華シェフやレストラン経営者などをインタビューしたりして調査をすすめていきます。

この映画から、中国からの移民がいかにフレキシブルに品を変え形を変え、中華料理を浸透させていったのか、そして企業の本部があって、チェーン店として広がっていったわけではないけれど、移民ネットワークを通じて、その独特のフォーマットやメニューが広がっていった様子がよくわかります。

思えば我が義両親も、今だって大して英語が得意でもないけれど、60年代に香港からやってきて、これまた縁もゆかりもない土地に店を開き、ほぼ年中無休で働いて、3人の子供を育てたわけだからたくましいよなあ。

そして大味でドロドロでおげーっと思ってしまうような中華でも、一般のアメリカ人にとっては、家族で中華料理を食べに行くというのが子供の頃の特別な思い出だったり、中華料理が一番身近な「外国料理」だったりするわけで、こればかりは、分断されつつあるアメリカといえども、どの土地に行っても変わらなかったりする。

自分と中華料理について、皆がそれぞれの思い出や愛情を持って語ったり、なんにもないようなど田舎の中華料理屋で、白人のジジババがベトベトの中華モドキ料理を食べながら、ここの中華が一番なんだ!と誇らしげに言っている姿を見ていたら、これはこれで素晴らしいじゃないか、もしかしたら中華料理は世界を救うんじゃないだろうか、という気までしてきたのでした。

日本のNetflixでこの映画が見られるかはわからないんですが、この映画を作った人が話しているTed Talkのビデオはこちら。15分位で、General Tso Chicken以外にもアメリカの中華のいろんな面白い話をしているので、ぜひ見てみて下さい。日本語字幕もついてます(動画の右下から設定可)

初めてこの映画を見たのはちょっと前なのですが、見た直後やはり当然ながらGeneral Tso Chikenが食べたくなり、近所の中華料理屋に駆け込みました。このメニューだけはどこにいっても必ず有るのが嬉しい。

このお店、内装もメニューもおそらく1950年ぐらいから変わってないんじゃないだろうか、という感じのクラシックな「アメリカの中華料理屋」さんです。昔のアメリカ映画で、タバコをがんがんくゆらせながら、悪いことの相談とかするシーンに出てきそう・・・。こんなレストランも今はもうあまり残っていないので、貴重です。

そしてこのGeneral Tso Chickenを最初に作ったシェフ、先週亡くなったそうで、ニュース記事になっていました。この人が最初にこの料理を考えたということを知っている人なんて、世の中にそんなにたくさんいるわけではないと思うけれど、こうやってひとつの食文化として、これからも食べ継がれていくんだろうなあ。

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