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古都アンティグアにとんぼ返り。【ひょんなことからジャズ歌手に-グアテマラ編(3)】

グアテマラに到着してたった5日後に、私は街ごと世界遺産の街アンティグアで、唯一のジャズ歌手となった。そもそも私がトラを務めることになった、バナナの皮を踏んで転倒し骨折してしまったこのシンガーが、この街で唯一ジャズを歌うことを生業にしている人であったのだ。

ちなみに、トラというのは動物のトラではなく、音楽業界用語で代役のことを言う。エキストラのトラらしい。英語ではサブだ。演歌の大御所ではない。Substitute(サブスティテュート=代用、代役)のサブだ。

話はそれたが、私がグアテマラ到着初日に知り合ったジョンが経営しているバーで、アンティグア在住のアメリカ人であるブルース氏が、仕事前に一杯やるのが日課だった。この負傷してしまった気の毒なMr.バナナの皮が演奏していたのが、このブルース氏が経営するホテルのラウンジだったのだ。

その日ブルースは、『この歌手が負傷して帰国できないこと』、『街唯一のジャズライブが売りなのに、アンティグアには他にジャズを歌える人がいなくて困っていること』などをジョンに話した。ジョンがその数日前に会ったニューヨークからきたジャズ歌手のことをオーナーに話したところ、是非ともその歌手にお願いして来て貰ってくれ!となったのだ。そのニューヨークから来たジャズ歌手というのはもちろん私のことである。幸いメールアドレスを交換していたので、私に連絡がついたというわけだ。

Mr.バナナの皮は弾き語りという自分でピアノを弾いて歌うというスタイルの歌手だそうだ。私はピアノは弾かないからできません、と断ったのだが、だったらこれまた街で唯一のジャズピアニストに伴奏をしてもらうから大丈夫となり、大急ぎでアンティグアに向かうことになった。

アンティグアは街全体が世界遺産

早朝に、乗合ボートで湖を横切り、バスに乗り換え2時間半。
ライブ当日の昼過ぎに街に到着した。プチ留学中の私は、まさか歌の仕事をするなど思っていなかったので、譜面も衣装も持ってきていない。まずは、私の留守中にニューヨークの我が家に滞在していた友達に、譜面をとりあえず20曲分スキャンしてメールで送ってもらい、その日の宿の受付で印刷してもらった。それに目を通し、頭の中でざっとシミュレーションをして、自分の中の緊張感を高める。

衣装は街の古着屋でそれっぽいものを買った。どんな場所かもわからないので、どんな衣装が相応しいのかもわからず、当てずっぽうで、肩や鎖骨があらわになる膝上丈の黒いドレスと、ゴールドの思いっきり派手な、安いヒールを買った。肌の露出が多ければ多いほど、誰にも文句は言われないのは長年の経験から学んだことだ。

遺跡も現役の建物として使われていることも

そして、急いでその夜の演奏の舞台となるホテルへ向かった。
住宅街とも遺跡街とも言えぬ閑静な通りにある、目印だと言われたその緑のドアを開けた途端、私は思わずうゎーと声を上げた。

そのホテルは、夢のような美しい場所だった。
遺跡のような古い石造の建物の中にも外にも溢れんばかりの美しい植物が配置され、計算された薄暗いライティングが歴史の重みを演出するとともに、そこはかとなくモダンな空気を生み出している。たとえ5日間の田舎暮らしとはいえ、私の知っているグアテマラという国からは到底想像できない、心地よい魔法の楽園のような場所だったのだ。(但し、お金持ち限定。)

いろんなホテルやクラブで歌った経験がある私も、このお金持ち限定の楽園の美しさには不意打ちを食らった。なんと素敵な空間なの!これは私のジャズ歌手としての歴史上、最高の思い出の一夜になるのでは? なんならここで将来の再婚相手との出会いなんかもあったりして。露出の多いドレス選んで正解!あー、だったらニューヨークから一番似合うドレス持ってきたかったなと、一瞬で煩悩まみれになり、良い音楽を届けようと保ってきた緊張感などどこかへ消え去ってしまった。

旅がつれてきた不思議なご縁に高揚する気持ちを抑え、今夜の舞台である、これまた格調高いダイニングエリアに入っていく。こうして古都アンティグアでジャズ歌手としての怒涛の初日が始まるのであった。

閑静な住宅街にあるホテルの入り口。個人宅と間違えてしまいそうだがその中は。。。




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