バナナの皮を踏んですってんころりん!【ひょんなことからジャズ歌手に-グアテマラ編(2)】
バナナの皮を踏んですってんコロリンというのは、昭和のコントの定番だ。最初に映像化したのは、かの喜劇王チャップリンだそうで、なかなか由緒正しいギャグらしい。かといって、私は実際にバナナの皮を踏んで転倒した人になど、会った事もなければ、聞いた事もなかった。グアテマラに来るまでは。
アンティグアから西に80kmほど行ったところに、世界で一番美しい湖のひとつと言われるアティトラン湖はある。サンペドロ・ラ・ラグーナは、シャトルバスが到着するパナハッチェルという街の対岸にあり、乗り合いボートで渡る。
私はその村の小さな学校でスペイン語を学び、村で雑貨屋を営むグアテマラ人のご主人とマヤ族出身の奥さんのお宅で下宿生活を始めた。学校が事前に手配してくれていたのだ。
午前中は学校で授業を受け、午後はこの小さな港町を散策した。安価で質の良いスペイン語学校がいくつかあることで、外国人もたくさんいる。素朴だけど、意外にもインターナショナルな空気に溢れていた。美しい色使いの伝統的な織物をまとったマヤ族先住民と、若い外国人が行き交う不思議な雰囲気に、私は一瞬で恋に落ちた。
下宿先にはインターネット環境がなかった。船着場の近くにあるいい感じのカフェでメールチェックをすることにした。大きな焙煎機でローストされる豆のいい匂いに包まれて、思わず目ん玉むき出すほど美味しいコーヒーを飲みながら、グアテマラにきて初めてメールボックスを開く。
たくさん溜まったメールの中に、見覚えのない名前を見かけた。『誰だっけ?』と思いながら開けてみたら、あのアンティグアのバーのオーナー、ジョンからの短いメールだった。
『急で申し訳ないのですが、今週末にアンティグアに戻れませんか?近所のホテルで歌っているジャズ歌手が、隣国ベリーズで、バナナの皮を踏んで転倒し、骨折して帰国できなくなりました。オーナーに君の話をしたら今週末にこの歌手の代わりに演奏してもらえないかとのこと。連絡ください。』
『おおお!ついに見つけたぞ!バナナの皮踏んですってんコロリンした人!』と、妙に感動したのを覚えている。(って、そこかい!)
翌朝、アンティグアに向かうシャトルバスに乗るために、私はボートで湖を渡っていた。旅はいつもサプライズを連れてくる。朝の光がキラキラ反射する水面を眺めながら、この予期せぬ出来事に心が踊るのを抑えられなかった。
(次回へ続く)
(photo by マリ山紀信)
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