薬は飲みたくないけれど。(カウンセリングルームを開業した個人的な話13)
※カウンセリングルームの経営に役立つ普遍的な話は、個人的な話の後に書く予定です。
※この記事は目次に沿って書いています。
前回までに、職場の上司からのセクハラやパワハラ、また土壌として過労があり、キャパオーバーになったことを書きました。
周囲の人たちには概ね温かく接してもらい、初めての心療内科へ行き、薬を処方されたところまでお話を進めました。(約25年前の話です)
今思うと、私にとって殺人的な残業は3カ月くらい(それまでも月20時間以上は当たり前でしたが)、そこで病院に行き、定期的に通ったのが、3~4カ月あったか、なかったか、と記憶しています。
抗不安薬を処方され、1週間おき、2週間おきに通ううち、あとは自分の判断で不安な時に飲むとよいし、薬が無くなったらまた来て、という経過だったのではないかとぼんやり記憶しています。
言われたように、数週間は毎日飲んだと思います。
ただ、毎日じゃなくていいよ、と言われてからは、極力飲まないようにしていました。
人によるかもしれませんが、私はもともとあまり進んで薬を飲む方ではありませんでした。
抗不安薬の効果は、はっきりと感じたと思います。
あのおかしくなりそうな不安焦燥感は起きなくなりました。
飲むと気持ちも落ち着いていたと思います。
それから、段々軽快していき、最後にいくつかの感覚が残りました。
ひとつは、不安感。
文字通り、「不安」になる。ただそれだけなのです。
困るのが、「理由がない」ことでした。
何かをするに当たって不安になるのではなく、たとえば、仕事が終わって一人アパートに帰って食事をする。その頃から、なんだか嫌な感じがしてくる。そして、「不安だ」という感覚だけがやってくるのです。「何が」が抜けているのです。
そんな時、薬を飲むかどうか迷いました。特に現実的に困っていることはないのです。
なので、我慢することもあれば、耐えきれず飲んで、ほっとした気持ちになることもありました。
なぜ、迷ったのか……。
あの頃、自分がどれだけ知識を持っていたかわからないのですが、薬に慣れてしまうことを心配していたのは確かです。
それは、後々、「長期で服薬するのはよくない」と悪名高い種類の薬になるので、あながち間違ってはいない心配でした。
それから、一段一段の高さがとても低い階段を昇るように、少しずつ良くはなっていきました。
一時は、死にたいとは思わないけれど、「うつ病で死にたくなる人の気持ちってこんな感じか」と理解できるようになりましたし、何だか世の中と自分の間に分厚い透明な膜があるような、「離人感」に近いものも経験しました。
そんな感じの中、休職もせずなんとか通っていたのです。
そういう不思議な感覚が徐々に治まっていき、最後に残ったのが「億劫」という感覚でした。
これは当時買って読んだ本にも書いてありました。最後に残る症状だと。
以前だったら、ぱっと行動に移せていたことが、「面倒くさい」というか、意欲がわかないというか、よいしょっと気合を入れなければできないし、動いたところでそれを楽しめないのです。食べ物も美味しいとも感じない、砂を食べているような感覚でした。
そんな経過で、一時は「一応」よくなったものの、数年後、再発しました(うつ病の再発率は高いのです)。
経緯は全く別ですし、「うつ」という自覚もなかったのですが、医師の診断は「うつ病」でした。(前とは別の病院)
私は、医師に、悩んでいないし自覚もないけれど、うつ病なのでしょうか、そうだとしたら「仮面うつ病」のようなものでしょうか?と訊きました。
すると医師は「そうだ」と認め、今度は「抗うつ薬」というものを処方されました。
ところが、私は、それを一粒も飲めなかったのです。医師が出した薬を飲まないとどうなるか、次回どんなふうに顔を合わせればよいかわからず、本当に苦しくて苦しくて飲もうかどうしようかと布団の中でもがきながらも、飲めませんでした。
その頃には、「抗うつ薬」に対するネガティブな情報が耳に入っていたので怖くてしかたがなかったのです。
正直にそのことを医師に話したところ、「抗うつ薬」は外してくれ、「抗不安薬」のみで症状を調整してくれることになりました。
その代わり、最初の経験の時に出された抗不安薬よりも、作用の強い何種類かの薬を、数週間毎に変えながら、という医師としての腕前を見せてくれたのでした。
その時は、体の調子のほうが悪かったのですが(動機、息切れ、不定愁訴)、それらの薬を飲むと本当に体が楽になり、やっと「普通の人」になれた、と感じることができたのです。
とにかく、薬はよくないと思っていたので、その病院も自分でよくなった、と思ったタイミングで先生にそう告げて、早々に卒業してしまいました。もう、十分に離脱症状から逃れられない体になっていたとは知らずに……。
その後、抗不安薬を飲まなくなったことで、「自分は治った」と思い込みながらも、体の不調に悩まされました。私の場合は主に肩こりです。体の内側から発生するような硬さ、横隔膜が動いてくれず息が深く吸えないような感じがありました。当然、息苦しさを感じ、不調を我慢しながら生活をしなければなりませんでした。
多分、抗不安薬の筋弛緩作用が無くなって、反動で、筋肉の凝りが酷くなり、呼吸が浅くなっていたのだと思います。
とりあえず、私の薬とのつきあいの話はここまでにします。
(他の婦人科の持病もあり、キリがないので)。
言いたいことは、私は「薬を飲むのは嫌だ」と思っていたこと。
でも、飲まざるを得なかったこと。
他の人にアドバイスするとすれば、「必要な時に、必要な種類の薬を、必要な量飲むことは悪いことではない」ということです。
たとえば私のような理由のない不安感も、いろいろな不思議な感覚も、もう、自分ではコントロールできない体の症状なのであって、「心の持ちよう」で変えるのは難しい領域だからです。
私と同じように、精神科の薬を飲み始めるとやっかいだから飲みたくない、と思う方も多いかもしれませんが、恥ずかしいことでもなんでもありません。
ただ、他の病気も同じですが、薬の助けを借りながらも、薬以外でよくなる方法があるなら、できる範囲でかまわないのでそれらにも取り組んでいくほうがよいのではないかと思います。そうして、いつか薬を止めるのか、それともずっと薬とつきあっていくのかということも含めて、病と向き合うことになるのではないかと思います。
補足すると、この自分自身の体験も、心理カウンセラーとしての仕事には大変役に立ちました。
この経験がなければ、これだけ、「うつ」や「薬」や「精神の病気」に興味を持つことはなかったと思います。
何しろ、「億劫感」を抜け出して、初めて意欲を感じたのが、「うつ病について調べること」だったくらいでしたので。
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